【トヨタ・セリカXX】ロングノーズのスタイルに惚れ込んで35年。夢の3台体制を満喫中
【ちょっとレトロなガレージ探訪記】限定・逆輸入・ノーマル…同じ車名でも違う顔。旧車と暮らす工夫と出会い懐かしさにあふれた昭和時代の旧車と、そこに惜しみない愛情を注ぎ続けるオーナーをピックアップ。当時ならではの特徴が反映されたデザインや装備類の他、トリビア的な要素にスポットを当てつつ、オーナー自己流のカーライフを紹介するこのコーナー。第6回目の今回は、3台のトヨタ・セリカXXを所有する山口県在住のバツマル下関さんのガレージにお邪魔してみました。
クルマに目覚めたのは大学への入学後
「子供の頃は鉄道ファンでした」
リトラクタブル式ヘッドライト(当時のメーカー広報資料にはライズアップ・ライトと記述)を点灯してもXXの男前ぶりは変わらず。ただ、純正ライトはあまりにも暗すぎるため、光源はLEDに変更されている
「高校生までは電車が好きで、暇を見つけては青春18きっぷを買って時刻表を片手にあちこち出掛ける“乗り鉄”でした。父親は自動車免許すら持っていなくて、家族での移動はバスやタクシー。クルマに興味を持つようになったのは大学に入ってしばらくしてからのことで、いわゆるマニアの方々と比べると、ずっと遅咲きですよ」
そんなバツマル下関さんの心境に変化をもたらしたクルマが、1981年に登場した2代目セリカXX(ダブルエックス)。リトラクタブルヘッドライトを備えたロングノーズの下には5か月先行して発売されたソアラに次いで採用された、 170馬力の直列6気筒DOHCエンジンを搭載(最上級グレード2800GT)。スタイルも優雅なノッチバックのソアラに対しスーパーカー然としたもので、若者はもちろん免許を持たない子供たちにまで、強烈なインパクトをもたらした。
「XXを欲しがっている先輩がいて、一緒に中古車店をまわったり、同級生の友人が所有していたXXの廉価グレードモデル(シングルカムエンジン)をたまに借りたりするうちに、“なるほど、カッコイイクルマだな”と感じるようになりました。ただ、フェンダーミラーがしっくりこなくて(笑)。これがドアミラーだったら欲しくなるかも、という気持ちが徐々に芽生えてきました」
それから数か月、バツマル下関さんの気持ちを揺るぎないものとさせたのが、1983年のマイナーチェンジで登場したセリカXXの後期モデル。スタイルの変更点は軽微なものだったが、フェンダーミラーからドアミラーに変わっただけで印象は別物に。すっかりファンになってしまったと、当時を振り返る。
「スタイルはもちろんですが、グレイス・ジョーンズがイメージキャラクターを務めたTVコマーシャルがめちゃくちゃカッコ良くて、“このクルマに乗りたい”と本気で思うようになりました。大学卒業後はしばらく静岡に住んでいましたが、中古車雑誌に載っていた東京のXX専門店で理想の条件にピッタリの一台が目に留まり、電車を乗り継いで見に行きました。価格は諸費用込みで100万円。社会人2年目にして、初めてのローンで購入しました」
こうして1991年、初の愛車となった後期型XX2000GTとの生活がスタート。購入から間もない時期に玉突き事故に巻き込まれたり、故郷の山口県に戻ってからも1999年の台風18号による水害で水没一歩手前の危機に瀕したりと、予期せぬ災難に遭ったものの、その都度復活。結婚後も手放すことなく2006年には大掛かりなレストア作業を施すなど、所有から10年以上の月日が過ぎてもXXへの愛着は揺るがず。さらに2012年には400台限定で1984年に発売されたブラックカラーのスーパー2000GT(ホワイトも同じく400台限定で設定)を増車。このクルマとの出会いをきっかけに、バツマル下関さんのカーライフは思わぬ方向へと広がりを見せていく。
2012年に増車された限定車、スーパー2000GT。「黒い塗装は汚れや埃などによる擦り傷が目立ちやすくて乗った後の手入れが大変なので、3台の中では一番稼働率が低めですね」と語るバツマル下関さんだが、たびたび長距離ツーリングにも連れ出し、購入時から7万km以上を走破している
補修用に取り寄せたパーツがきっかけで北海道へ
セリカXXの人気の根強さを改めて実感
知人を通じてアメリカ、ウィスコンシン州からはるばる山口県へとやって来た1985年式セリカスープラ。購入時の車体色はホワイトだったが、ツートーンの北米専用色に全塗装されている。「塗装に際しては細かい塗り分け部分などについて、右ハンドルのセリカXXを同色で仕上げていた北海道の先輩に教えを乞いました」
奥様の寛大な配慮により手に入れることができたというブラックカラーのXXは走行距離4万km台、雨天未使用という素晴らしい状態。しかし、フロントには社外品のスポイラーが取り付けられていたためノーマルへの復旧を試みたところ、フロントフェンダー先端部のカバーが不足していることが判明。もちろん、生産終了から20年以上の時間が経過していることから純正部品はとっくに廃盤となっており、ネットオークションのサイトを丹念に探し続けた末に数か月後、ようやく発見。
パーツの出品者は北海道在住のXXオーナーで、連絡を取り合っているうちにすっかり意気投合。 「クルマがキレイに仕上がったら北海道まで見せに行きますよ」と、軽い気持ちで話したつもりが、その昔“乗り鉄”だった頃に培われた旅心に再び火がつき、北海道への遠征計画が発動。車両購入の翌年、有言実行を果たす。
「往路は京都までは自走で、そこからフェリーを使いました。岩見沢市で初めてお会いしたオーナーさんは私以上にXXを溺愛されている方で、“どうせ山口に戻るなら、本州のXX仲間を紹介しますよ”ということで、復路は仙台、山形、埼玉など各地をまわりながら自走で戻ることになりました」
この1週間におよぶ北海道遠征で、「世界が大きく変わりました」と語るバツマル下関さん。旅先で知り合ったXXオーナーたちからの勧めもあり、それまで特に必要性を感じていなかったというSNSにもこまめに投稿を始めたところ、交流の輪は日を追うごとに拡大。そんなつながりから生まれたのが、2013年から行なっているオーナーミーティング「セリカDay」。
「元々、山形のセリカオーナーさんが東北セリカDayとして行っていたもので、北海道遠征の帰路にお会いしたときから『西日本方面でも何かやってくれないか』と言われ続けていたんです。もちろんイベントの企画などまったくの未経験だったので、北九州の門司港で長年続けられている門司港レトロカーミーティングの主催者である春木さんにアドバイスをいただき、手探りでスタートさせました。開催は春、秋と年に2回のペースで、今年3月には第14回目を無事に終えることができました」
もはやセリカXXはなくてはならない生活の一部となったバツマル下関さん。セリカDayを立ち上げた同年には関東方面の仲間を通じ、長年の憧れの存在だったオーバーフェンダーを備えた北米輸出モデル、セリカスープラを購入。ノーマル車、限定車、輸出仕様車という夢の3台体制が実現する。
昇降式パレットを設置するため、天井の一部分を吹き抜けとした設計に。「8年前まで保管場所には散々苦労してきたので、建築士さんにはいろいろと無理を聞いていただき、XXのための空間作りに徹底的にこだわりました」
山口県の角島と北九州市の門司港の2か所で、年2回のペースで行われているセリカDay。写真は2026年3月15日の角島セリカDay。神奈川や京都など、遠方からの参加者も多く見受けられた
1日500〜600kmの行程は、ごく当たり前
走らせてこそ実感できるセリカXXの真価
向かって左側が1984年式、右側は1985年式。どちらも40年以上前のクルマとは思えない美観が保たれている。「左ハンドルのセリカスープラもとても気に入っていますが、一番はやはり最初に購入した白ですね。最近オイル消費が多くなっているのが気掛かりで、そろそろエンジンのオーバーホール時期かもしれません」
ガレージ内に収められた3台のXXは、どれも新車当時の鮮烈な印象を思い起こさせるほどピカピカに磨き上げられているが、バツマル下関さんは走行距離が増えることや、雨で車体が濡れることを嫌う保存・鑑賞優先型のコレクターではない。
「せっかく好きなクルマを持っているなら、乗らなきゃもったいないでしょ。数年前は新潟まで1日で1,000km走ったことがあるし、今でも500〜600km程度の“ショート”ドライブはごく普通。走行4万km台で購入した1台目のオドメーターは37万kmを超えてるし、アメリカからやって来たセリカスープラも私が走らせた分だけで7万マイル(約11万km)以上。やっぱり北海道の経験が大きくて、“あそこまで行けたんだから、関東・関西なんて余裕じゃないか”と思っちゃうんです。ただ、若い頃は長距離から戻った翌朝も普通に仕事をしていたけど、還暦となった現在ではさすがに翌日は休みを取るようになりました」
さらにバツマル下関さんの心強い相棒役として忘れてはならないのが奥様。これまでの増車に次ぐ増車を温かい目で容認(笑)してきたばかりか、各地で行われるオフ会イベントなどで「ぜひ、白と黒の両方を見せてほしい」という依頼があった際には車両の運搬要員としても活躍。当のご本人は「クルマにはまったく興味がないです」と語るが、普段使用しているダイハツ・ムーヴは新車から27年間乗り続けてきたもので、ご主人の影響から“旧いクルマを大切にしたい”という感覚がいつしか身に付いたようだ。
全国に広がるたくさんの仲間たち、理解のある奥様と、充実したXXライフを謳歌しているバツマル下関さんだが、35年もの間、他に目移りするようなクルマはなかったのか? と尋ねたところ、しばらくの沈黙後、「ちょっと、思い付かないですね」とキッパリ。確かに電装系のマイナートラブルやメーカーによる供給が終了した部品の確保など、苦労する面も多々あるが、このクルマの魅力の前には、それらは小さな問題に過ぎないようだ。
「正直、最初の1台を買ったときにはまさかここまで長く所有するなんて、自分でも想像もしていませんでしたけどネ。いつか世の中が変わって、“もう内燃機関車は乗っちゃダメ”という日が来るまでは乗り続けていると思います」
<セリカXXにまつわるトリビア的ポイント 初級編>
外観上における前期・後期の違い
前期型
後期型
前期型
後期型
黒ボディが1981年7月〜1983年7月頃まで販売された前期型。白ボディが1983年8月以降の後期型。フロントではウインカーがバンパーサイドまでまわり込んだ形状となったことで、モール部分のウインカーが消滅。エアダムの造形も大型化された。フロント以上に前期・後期の違いが顕著なのがリアで、テールランプのデザインが変更となった他、前期では車体色を問わずブラック塗装仕上げとなっていたリアゲート/バンパーが車体色で塗装されることとなった。
<セリカXXにまつわるトリビア的ポイント 上級編>
後期にも2種類のドアミラー形状が存在!
1983年8月の発売初期モデル
1984年10月の改良型
ランプ形状やリアゲートの塗装の違いについては旧車に詳しい方であれば常識とも言えるものだが、こちらはちょっとマニアック。後期型から待望のドアミラーが採用されたXXだが、1983年8月の発売初期モデル(写真左)ではミラー本体に前方から力が加わると後方に倒れ掛かった後、ステー内部のスプリングの反力で元の位置に戻る構造となっているのに対し、1984年10月の改良型では手動で完全に折り畳まれる可倒式となり、本体サイズもひと回り大型化された。
鉄道ファンだったはずのバツマル下関さんを、クルマ趣味の世界へと引き込むきっかけをもたらしたセリカXX。その後、苦楽を乗り越えながら35年という時が過ぎ去り、今では生涯の友と呼べるほどかけがえのないものに。力強い6気筒ツインカムエンジンのサウンドを奏でながら、全国の同志たちとの親交を深めるための旅は、まだまだ続きそうです。
このコーナーではこれからも時代の流れに色褪せることなく、鮮やかな輝きを放ち続ける昭和世代のクルマたちとのカーライフを満喫されている方々を紹介していきたいと思います。
トヨタが1981年から1986年まで販売していたセリカXX(2代目)に試乗。スペシャルティカーであるセリカ リフトバックに6気筒のエンジンを搭載、同時期にデビューした初代「ソアラ」の姉妹車と位置付けられていました。
そんなセリカXXを自動車ライターの下野康史さんが借り受け、走りをレポートします。
高橋陽介
たかはし・ようすけ 雑誌・ウェブを中心に執筆をしている自動車専門のフリーライター。子供の頃からの車好きが高じ、九州ローカルのカー雑誌出版社の編集を経て、フリーに。新車情報はもちろん、カスタムやチューニング、レース、旧車などあらゆるジャンルに関心を寄せる。自身の愛車遍歴は2ドア・マニュアルのスポーツタイプに偏りがち。現愛車は98年式の996型ポルシェ911カレラ。