いすゞ117クーペ。クルマって、素晴らしい! という気持ちを初めて教えてくれた無二の存在
ちょっとレトロなガレージ探訪記懐かしさあふれる昭和世代の旧車をピックアップ。当時ならではの味わい深いデザインや装備、トリビア的な要素にスポットを当てつつ、オーナー自己流のカーライフをご紹介します。
第1回はいすゞ・117クーペとの偶然の出会いによって車に対する考え方はもちろん、生活スタイルまで激変したという、鹿児島県在住のオーナーのガレージにお邪魔しました。
車名やメーカー名を知らないにも関わらず
一瞬で心を鷲掴みにした2ドアクーペ
見る人を惹きつける魔法のような力を持ったいすゞ・117クーペのスタイル。取材時にも、風景撮影のため通りかかった若者から「何ていう車ですか? 素敵ですね、写真撮っていいですか?」と声をかけられた
いすゞ117・クーペと出会う前まで、クルマに全く興味は無かったという鹿児島県在住の北園さんに、転機が訪れたのは大学生だった15年前。きっかけとなった場所は、友人たちと買い物に立ち寄ったホームセンターの駐車場だった。
「駐車場の片隅にきれいな曲線を持った黒いクルマが止まっていました。当時の私はクルマに全く興味が無くて、それがどこのメーカーの何というクルマなのか全くわからなかったのに、なぜか一瞬で心を奪われたんです」
それまでクルマといえば、単に移動するための交通手段としか見ていなかった北園さんだが、その黒い車体の前から離れることができない。持ち主が戻って来たら詳しい話を聞かせてもらおうと、買い物は友人たちに任せ、1時間半にわたってその場でじっとオーナーの戻りを待った。
しかし、いくら待っても持ち主は現れず、諦めて帰宅。すぐにケータイで撮った写真を頼りに『黒・2ドア・曲線』とネットで検索したところ、いすゞという国産メーカーの117クーペというクルマであることが判明。同時に、今まで感じたことが無かった “このクルマに乗りたい!”という熱い思いが猛烈にこみ上げて来たと、当時を振り返る。
「古いクルマなので探し方が分からず、ネットで見つけたオーナーズクラブの方に連絡を取り、色々と相談してみましたが、大学生が工面できる予算では条件が合わず断念。それから数か月後、雑誌で予算内ギリギリの車両を見つけ、夜行バスで東京まで実車確認に向かいました。当時私は祖母から譲り受けた普通の4ドアセダンに乗っていて、117クーペに関する知識は皆無。そんな素人でもわかるくらい実車はボロボロの状態でしたが、直せばなんとかなるだろうと、とにかく“早く乗りたい”という一心で即決しました」
こうして手に入れたグリーンの1975年式117クーペは、片道40kmという毎日の通勤から性能テストを兼ねてチャレンジしたサーキット走行など、10年間で20万kmもの距離を走破。その間、“ありとあらゆる場所が壊れました(笑)”と語る北園さんだが、途中で手放すことや他車へ目移りは一度も起こらなかったという。
15年前に初めて手に入れた117クーペは、量産丸目と呼ばれる中期型のXTグレード。標準の1.8Lシングルカムエンジンは走行20万kmを超えた辺りで修復不能のトラブルが発生。現在は上級グレード用のDOHCエンジンへの載せ替え作業が進められている
それどころか、117クーペという存在への関心度は増す一方で、今から7年前には憧れの存在だった1969年式の通称“ハンドメイドモデル”を増車。メインカーの75年式XTがエンジンの換装作業中のため、代役として日々の相棒役を務めている。ちなみに初期型のハンドメイドと言えば希少なコレクターズカーとしても知られる存在だが、北園さんは雨の日も風の日も、特に身構えることなく普段使いをしている。
「好きで買ったクルマだから、乗らなきゃもったいないでしょ? 飛ばさなくても、のんびり走らせているだけで楽しいです。仕事でクタクタに疲れても、帰り道にハンドルを握ったら即、リラックス。オフ会やイベントなどたまに長距離にも出ますが、広島あたりまでは普通。愛知まで行くと、ちょっとだけきついかな?と思う程度です」
かつては世の中のカーマニアたちを“何でそこまで夢中になれるの?”と、どこか醒めた感覚で眺めていたはずが、今や自他共に認める重度のカーマニアとなった北園さん。とはいえ、その興味の対象はあくまで117クーペに限られ、仮に高級車やスーパーカーなどと交換の話を持ちかけられたとしても、応じるつもりは全く無い。
「スーパーカーなんて自分で面倒を見られないし、維持するだけの資金力も無いです。僕の中でクルマと言えば、これしか考えられません。繰り返しになりますが、15年前のホームセンターの駐車場での出会いがすべて。あれさえ無かったら、きっと幸せで真っ当な人生だったでしょうね(笑)。ホント、いつかどこかで、あの時のオーナーさんに出会えたら、“あなたのせいですよ”と言いたいです」。
エンジン換装中の「メインカー」の奥の1973年式XCは、予期せず増車することとなった1台。「遊び半分でネットオークションに入札したら、3日後に“おめでとうございます。あなたが落札者です”との通知が。正直、焦りまくりましたが、これも何かの縁。いつか時間を見つけて、手を入れて行こうと思っています」
これまで15年かけて集めて来たエンブレム。最も入手に苦労したのは左下、1979年12月に角型ヘッドライトの後期モデルのラインナップに追加された、2.2リッターディーゼルエンジン搭載のXD用とのこと
117クーペのスタイルの中でも、斜め後方からの眺めが最もお気に入りと語る北園さん。デザインを手掛けたのはカロッツェリア・ギア社時代のジウジアーロであることは車好きなら誰もが知る話だが、同氏がベルトーネに在籍時、ベルトーネがデザインを手がけたフィアット・ディーノとの近似性も117クーペ乗りの間では一つの話題となっている。「私もずっと気になっていて、仕事でイタリアを訪れた時、スケジュールを工面してミラノのアルファロメオ博物館にフィアット・ディーノを見に行きました。ホント、似てる! と思いましたね」
ハンドメイドの中でもさらに希少とされる初期年式(1968、69年)、通称“タイプ1モデル”を惜しげも無く日常の足として使う北園さん。航空機の整備士という仕事柄、機械作業は手慣れたもの。「いすゞは旧車部品の供給体制がしっかりしていて、今でもゴム、シール類などの純正部品が手に入ります。素晴らしいメーカーだと思います」
【トリビア的ポイント その1】
一台一台、異なる本木目柄
インパネに台湾楠のリアルウッドが用いられていたハンドメイドモデル。北園さん曰く、ウッドの上に貼られた保護用フィルムの劣化で美観が損なわれても、フィルムを剥がしてクリアニスを吹き、磨きをかけることで木目の風合いが蘇るという。本木目ゆえに柄の個体差があり、「根元側に近いものの方が、よりきれい」とのこと
【トリビア的ポイント その2】
今でも実動! ヂーゼル機器製クーラー
オプション装備のクーラーはヂーゼル機器(現:ボッシュ・ジャパン)製。操作スイッチはシフトレバーの後方に位置する。オート/マニュアルを選択するトグルスイッチは現代のオートエアコンのような温度設定用ではなく、クーラーコンプレッサー用クラッチのON/OFF用
【トリビア的ポイント その3】
三角窓の開閉時には優しく手を添えて
初期型の三角窓は、円型のダイヤルを回して開閉する。ダイヤルの動きを三角窓へと伝えるギアはプラスチック製で、材質の経年劣化により破損の恐れがあるため(交換部品も入手困難)、操作の際にはそっと手を添えて窓の動きを補助する。これが初期型117クーペ乗りの定番の作法とのこと(中期型からは金属製のレバー式に変更)
【トリビア的ポイント その4】
複数箇所で見受けられる唐獅子
117クーペの特徴の一つが唐獅子エンブレム(写真右)。フロントグリルのセンター、フェンダーサイド、ステアリングのセンター部、シートベルトのバックル部、取扱説明書の冒頭部など複数箇所で見受けられる
117クーペとの出会いをきっかけに、生活環境が激変したという、ユニークかつ独自路線のカーライフを満喫中の北園さん。今後も昭和世代のクルマに、深いこだわりと惜しみない愛情を注ぎ続ける人々を探して行きたいと思います。
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高橋陽介
たかはし・ようすけ 雑誌・ウェブを中心に執筆をしている自動車専門のフリーライター。子供の頃からの車好きが高じ、九州ローカルのカー雑誌出版社の編集を経て、フリーに。新車情報はもちろん、カスタムやチューニング、レース、旧車などあらゆるジャンルに精通。自身の愛車遍歴はスポーツカーに偏りがち。現愛車は98年式の996型ポルシェ911カレラ。