雨天走行のイメージ
文=鈴木ケンイチ(日本自動車ジャーナリスト協会会員)

雨の下り坂カーブでの路外逸脱事故…濡れた路面の危険性

交通事故鑑定人、熊谷宗徳はこう見た
熊谷宗徳

元千葉県警察の捜査官で、現在は「交通事故調査解析事務所」の代表を務める交通事故鑑定人・熊谷宗徳氏が、注目された交通事故についてその背景や事故防止策について解説する連載の第2回。
2020年6月、雨の群馬県太田市金山町の県道にて死亡事故が発生した。カーブが連続する下り坂で、20代の男性ドライバーが運転するクルマがスリップ。路外逸脱して民家に突っ込み、就寝中の男性を死亡させたのだ。この事故から事故の背景と原因、そして事故防止に向けた対策を学ぶ。

目次
  • 写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
    本件は熊谷宗徳氏の見解であり、JAFの見解とは異なる場合があります。

雨の峠道の下りを制限速度以上で走り、曲がり切れなかった事故

2022年2月8日の読売新聞によると、群馬県太田市において、雨の中、民家にクルマが突っ込んで就寝中の男性が死亡した事故で、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死)に問われた20代男性の初公判が前橋地裁太田支部にて行われた。被告は起訴事実を認め、検察側は懲役4年を求刑し、公判は即日結審している。裁判で検察は、被告が趣味のドライブで現場を走り、カーブ進入時にアクセルを踏み込んだと指摘。制限速度である時速40㎞/hを34㎞も上回ったことでスリップをしており、「無謀な暴走行為で過失は重い」と主張した。

熊谷宗徳氏は、「太田市金山町の県道は、金山城址線と呼ばれる県道321号で、カーブや上り坂と下り坂が混在する峠道です。そうした道が雨で濡れていたのに、制限速度を大きく超過した時速73㎞で走行したため、曲がり切れずに路外に逸脱し、民家に突っ込んだようです」と分析する。

雨の道

たとえ通りなれた道でも、雨天時には条件が大きく変わることを知るべきだ(写真はイメージです)

路外逸脱の原因は、濡れた路面と速度超過にあった

熊谷氏は「この事故の第一の原因は、雨で濡れた路面である」と言う。「乾燥路面でのタイヤの滑りにくさを10とすれば、雨で濡れた路面の滑りにくさは6程度にまで低下してしまいます。たとえば、制限速度50~80㎞/hの首都高速では、雨天時の路外逸脱事故は晴天時に比べて7倍も発生しています」と言うのだ。制限速度が時速40㎞という、首都高速道路よりも制限速度の低い県道であれば、なおさら雨の影響は大きいということだろう。

そうした路面状況の悪化に加えて、「さらに問題となるのが速度超過です。下り坂の峠道のカーブでは、晴天時の乾燥路面でも制限速度を大幅に超えた時速70㎞では曲がり切れない可能性が高いでしょう。ましてや、雨で濡れた路面では曲がり切れません」と熊谷氏は指摘する。

雨の路面イメージ

雨天時のカーブは、わずかなスピード超過が大きな事故へとつながる危険をはらんでいる(写真はイメージです)

交通事故鑑定人・熊谷宗徳の見解

・下り坂での路外逸脱防止には、まず慎重に運転。エンジンブレーキも活用を

下り坂のカーブで、しかも滑りやすい路面でのスリップを防ぐには、まずは急加速や急ブレーキを避けるため、スピードを緩めて慎重な運転操作を。そのうえで、エンジンブレーキを活用することが重要だ。「安定した状態でクルマの速度を落とすには、余裕をもって、アクセルペダルから足を離す、シフトダウンするなど、エンジンブレーキを使いましょう。下り坂のカーブでブレーキを強く踏むと、逆に滑ってしまうことがあります。AT車であれば、ギアをD(ドライブ)のポジションから2速やBに変えましょう。エンジン音が大きくなって運転手に聞こえるくらいが、ちょうどいいでしょう」と熊谷氏はアドバイスする。

・走行を支えるのに重要なタイヤの点検を忘れずに

「クルマの走行性能で、非常に重要な部品がタイヤです」と熊谷氏は警鐘を鳴らす。タイヤに問題があると、走行性能が著しく低下してしまう。そうなれば、たとえ制限速度を守っていても、スリップしてしまうこともあるのだ。熊谷氏は、「点検は空気圧の確認と、目視となります。空気圧が規定値になっているのかを、ガソリンスタンドなどで確認しましょう。目視では、溝の深さが十分にあるのか、異物が刺さっていないか、タイヤのゴムにヒビ割れがないかなどを確認してください。ヒビ割れがあるようであれば、ゴムが経年劣化していますので、交換時期と思ってください」と言う。

道路ごとに定められる制限速度には理由がある

今回の事故に関して熊谷氏は「経験則的に、若い男性の事故は、速度超過のケースが多いように思えます。スピードにスリルを求めているのでしょう。速度超過の事故は重大事故になるケースも多いため、若い人ほど速度には気を付けてほしいですね」と言う。また、「制限速度には理由がある」とも。「太田市金山町の県道の制限速度が40㎞に定められているのには、都道府県公安委員会が道路の構造や周辺の環境を調査した上で、それ以上の速度では危険であると判断した、という意味合いがあります。また、市街地であれば、騒音の問題も。制限速度の本質を理解しましょう」と熊谷氏。

また、最新のクルマは、安全に走るための機能が備わっているが、熊谷氏は、「それも万能ではない」とも警告する。「たとえばブレーキのABSシステムは、タイヤがロックしないようにして、最後までハンドル操作ができるようにする機能です。滑りやすい路面で短く止まるためのものではありません。横滑り防止装置(ESC)も、衝突被害軽減ブレーキ(AEB)もすべて補助のための装置です。クルマがすべてをカバーしてくれるわけではありません。クルマの機能を過信しないようにしましょう」と言うのだ。

雨の下り坂は、熊谷氏のようなベテランドライバーであっても「やはり怖いですね」と言う。だからこそ、事前のタイヤの点検を行い、クルマの安全機能を過信せず、そしてエンジンブレーキも併用しながら、制限速度を守って慎重に走行することが重要なのだ。

熊谷宗徳

くまがい・むねのり 元千葉県警の交通事故捜査官で、現在は交通事故鑑定人として活躍している。1993年に市川警察署に配属され、交番勤務を経て交通課事故捜査係などに所属。1999年には巡査部長に昇任し、千葉県警第二機動隊水難救助隊にも所属した経験を持つ。現在は交通事故調査解析事務所の代表を務め、交通事故鑑定や事故現場の調査、ドライブレコーダー映像の解析などを行っている。また、テレビのニュース番組でのコメンテーターや、Yahoo!ニュースのエキスパートコメンテーターとしても活動している。

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