旧西中金駅から、猿投駅方面は遊歩道として歩くことができる
旧西中金駅から、猿投駅方面はレールが残っている。遊歩道として歩くことができ、竹林エリアはさまざまなコスプレ撮影に利用されるなど人気のスポットになっている
写真=徳永 茂 / 構成=高橋祐介

山あいに残る幻想的なレール跡、愛知県の名古屋鉄道三河線北側に残る山線の猿投駅から西中金駅の跡を巡る

各地に散らばる廃駅・廃線探訪

鉄道をこよなく愛するプロカメラマン・徳永茂さんによるオススメ廃線スポットを紹介! 今回は愛知県の知立(ちりゅう)市から南北に分岐する名鉄三河線の山線(やません)側をピックアップ。2004年に猿投(さなげ)駅から山側の区間が廃線となり、現在は旧三河広瀬駅と旧西中金(にしなかがね)駅は国指定文化財として管理されている。そんな生活路線から観光地として、新たな脚光を浴びている当時の路線をたどる。

目次

愛知県の海側と山側をつなぐ名古屋鉄道三河線

名鉄三河線の猿投駅は山線の終着駅として地元を支えている。さらに山側へと続くレールは現在も残ったままだ

名鉄三河線の猿投駅は山線の終着駅として地元を支えている。さらに山側へと続くレールは現在も残ったままだ

愛知県は古くから製造業や貿易など、物流の要となるエリア。明治22(1889)年に東京から神戸間の東海道線が開通したことで、人の移動、物流の拡大から各地で鉄道誘致が行われる。開通当初の東海道線の駅は愛知県内で17駅。この時、中央線の敷設地を巡って誘致のため多くの構想が生まれ、鉄道敷設が積極的に行われていた。

猿投駅から山側へ向かうレールはき電線が残っている場所も存在する

猿投駅から山側へ向かうレールはき電線が残っている場所も存在する

住宅街の間を通るレールは残っているが、架線は撤去されていた

住宅街の間を通るレールは残っているが、架線は撤去されていた

歩道化されていないレール跡も猿投駅周辺には残っている

歩道化されていないレール跡も猿投駅周辺には残っている

廃線から22年ほど経過しているが、保存状態はきれいだ

廃線から22年ほど経過しているが、保存状態はきれいだ

住宅街に近い箇所は一部が遊歩道化されている

住宅街に近い箇所は一部が遊歩道化されている

猿投駅から山側へ向かうレールはき電線が残っている場所も存在する

住宅街の間を通るレールは残っているが、架線は撤去されていた

歩道化されていないレール跡も猿投駅周辺には残っている

廃線から22年ほど経過しているが、保存状態はきれいだ

住宅街に近い箇所は一部が遊歩道化されている

名古屋鉄道三河線は、三河鉄道として大正3(1914)年に開業し、刈谷新駅から大浜港駅までを結ぶ路線からスタート。その後、南北へと延伸し昭和34(1959)年に名古屋本線と三河線の乗り換え駅となった知立駅の配線変更が行われ、スイッチバック形状で猿投方面の山地へ向かう山線と碧南(へきなん)方面の海側へ向かう海線(うみせん)で運用を分けることになった。現在は碧南駅から猿投駅の39.8kmの区間となる。今回紹介するエリアは2004年に廃止された猿投駅から旧西中金駅を結ぶ区間8.6kmの路線だ。路線上は三河御船(みかわみふね)駅、枝下(しだれ)駅、三河広瀬駅、西中金駅と4駅あり、そのほとんどが公園などの施設として活用されている。

旧三河御船駅はふれあい広場として、ホーム全体が再活用されている

旧三河御船駅はふれあい広場として、ホーム全体が再活用されている

散策にオススメな遊歩道化が進む三河線跡

猿投駅から先の西中金駅までの区間は、部分的に観光地や地域の公園として活用されている。現山線終着駅の猿投駅周辺には、線路部分はそのまま残っており、バラスト(砂利、破石)も敷かれたままだ。周辺は住宅地のため、歩道としても利用されているようだ。電柱も残っているが、電線はすべて撤去されていた。猿投駅から近い旧三河御船駅は現在、公園となっている。春には車両とともに撮影できたであろう、桜が咲くスポットも残る。

公園の敷地内にはレールもそのままに、休憩スポットとしてホームにはベンチが設置されている。駅名が記載された看板は撤去されている状態だ。近隣には駐車スペースはないので、注意が必要

東海環状自動車道の下には、橋梁(きょうりょう)が残る。遊歩道の突き当りに位置するが、入ることはできない

東海環状自動車道の下には、橋梁(きょうりょう)が残る。遊歩道の突き当りに位置するが、入ることはできない

旧三河御船駅から旧枝下駅までの線路は部分的だがバラストが埋められ、歩きやすい遊歩道として活用されている区間もある。道中には滝1号古墳や御舟石などの歴史スポットもあるので、時間が許す限り歩いてみるのもいいだろう。

レールや勾配標識なども残っている。遊歩道を下り線路跡を追うと、踏切跡も残っていた

地元住民の手によって訪れる人が絶えない旧枝下駅

線路上を自由に移動できるトロッコが置かれたままになっている

住民の手によって線路上を自由に移動できるトロッコが置かれたままになっている

県道11号と矢作(やはぎ)川が隣接する枝下町に入ると、旧枝下駅は「わくわく広場」として、地元住民によって管理されている。矢作川の河川エリアも広く、自然を感じられる場所だ。その中でも、レールを活用した地元住民による自作のトロッコが目をひく。手押しで可動し、線路を自由に移動し、周辺の散策に利用されている。駅のホームはそのまま残っており、春頃にしだれ桜が咲き誇る。

広場の入り口は広く、すぐ目の前に旧枝下駅のホームが見える。犬走り(いぬばしり)と呼ばれるホーム下の空間に下りるための階段も用意されていた。トロッコ走行区間は100m以上あり、除草されている区間は移動可能だ

旧枝下駅から県道11号を山側へ進み、県道350号との交差地点から矢作川を渡ると見えるのが旧三河広瀬駅だ。このホームはすでに国指定文化財となっている。矢作川に沿ったレールに合わせてゆるやかなカーブを描いたコンクリート製のプラットフォームだ。

旧三河広瀬駅のホームは1線しかないが、40mの長さを確保している

三河広瀬駅のホームは1線しかないが、40mの長さを確保している

秋には紅葉した木々も楽しめる景勝地としても人気がある。駅舎はカフェとしても活用され、五平餅やみたらし団子などを提供している。また野菜の直売なども実施している

旧三河広瀬駅を過ぎると矢作川から外れ、さらに山あいへ入ると、橋梁跡が広域農道沿いに現れる

三河広瀬駅を過ぎると矢作川から外れ、さらに山あいへ入ると、橋梁跡が広域農道沿いに現れる

旧三河広瀬駅を過ぎ、当時の線路沿いをたどる。旧西中金駅までの間は短い山あいのトンネルや道路をまたぐ橋梁などが存在していたが、老朽化のために撤去されている。一部の橋梁は観光スポットとして残っている。橋梁跡に上がることもできるが、十分に注意が必要だ。竹林の中にある線路跡は幻想的ではあるが、湿地のため腐食も目立つ。20年たらずで枕木も埋まってしまう状況だ。

竹林の中に現れるレール跡。メンテナンス等はされていないので、歩行には注意しよう。トンネルもあるが、崩落の危険もあるため入ることはできない

田園風景にか囲まれたのどかな旧西中金駅

国道153号は、紅葉の名所である香嵐渓(こうらんけい)へのルートとして利用される道だ。そんな道沿いに旧西中金駅が残っている。こちらも国指定有形文化財として登録されている。駅舎もコンパクトで、かわいらしいものだ。現在は地域交流の場として駐車場や路線の遊歩道化が進められ「西中金ふれあいステーション」として活用されている。田んぼが広がる風景とも相まって、今では人気の撮影スポットとなっている。

旧西中金駅の線路側は遊歩道の起点だ。公衆トイレも設置されている

旧西中金駅の線路側は遊歩道の起点だ。公衆トイレも設置されている

旧西中金駅は整地されているため、線路側も遊歩道として整備されている。土日には駅のホームも休憩スポットとしてカフェ営業を行っているようだ

遊歩道を旧三河広瀬駅方面に歩いていくと、幻想的な竹林にかこまれた路線が広がっている。当時のままのレールが残り、電線こそ撤去されているが柱などはそのまま。現在はコスプレ撮影などでもこの幻想的な世界観を背景にして撮影したいと人気のエリアになっているそうだ。さらに奥に進むとトンネルがあるが、こちらは入ることができないので注意しておこう。また、竹林の入り口にはイノシシよけの柵があるので、柵の戸締まりに注意が必要だ。

竹林の中に廃線になった趣深い景色が広がる。遊歩道としての整地がされていないので、歩行には注意しよう

竹林の中に廃線になった趣深い景色が広がる。遊歩道としての整地がされていないので、歩行には注意しよう

等間隔で残された電柱や、踏切跡などが当時の風景を思い出させる。まるで映画の『スタンド・バイ・ミー』のような世界観だ

今回訪れた名古屋鉄道三河線の猿投駅から旧西中金駅は、モータリゼーションが進み、維持ができなくなってしまったことで廃線となった区間だ。当時走行していた車両はすでにほとんどが売却され、ミャンマーなどに輸送されてしまっている。しかし、地元住民の協力によって、風光明媚(ふうこうめいび)な観光スポットとして生まれ変わらせようという活動も盛んだ。路線上の旧駅のほとんどが県道に沿っているため、香嵐渓などへ向かう途中のスポットとして楽しんでみてはどうだろう。

今回訪れた廃線の場所はMAPで確認を

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