運転も恋愛も知らない、宇多丸少年が憧れた〈ピチカート・ファイヴ / これは恋ではない〉
免許を持たないライムスター・宇多丸さんが語る音楽とクルマの深い関係
今月選曲を担当するのは、ライムスターの宇多丸さん。ラジオパーソナリティーや批評家としても人気を誇ります。運転免許を持っていない、という視点から選んでいただいたのは、若き日に憧れた苦い恋愛の一曲。
音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを4曲紹介します。
1. ピチカート・ファイヴ / これは恋ではない
免許はなくてもオープンワールドでドライブ!
僕は免許持ってないんですけど、この連載に登場する方はみんな運転されるんですよね……? あ、菊地(成孔)さんは免許持ってないんだ。曽我部(恵一)さんも最近取ったんですね。岡村(靖幸)ちゃんパターンだ。岡村ちゃんは運転すると歌詞が書けるようになるとアドバイスされて取ったけど、「運転に必死でそれどころじゃない」と言ってましたけどね。ただ、免許持ってなくても、「これは運転してる光景しか浮かばないな」という曲はありますよね。普段、一番音楽を聴くのは歩いてるときなんですけど、移動と音楽はやっぱり相性がいい。
僕の場合、ゲームをしながら音楽を聴くことも多いです。邪道なプレイではあるんですけど、慣れてきたらゲームの音声を消して、オープンワールドの中で大暴れしながら好きな音楽を流すという。PS1の初代『リッジレーサー』(プレイステーションを代表するレースゲームシリーズ)はプレステにCDを読み込ませることでゲーム中に自分の好きな音楽をかけられたんです。ドライブしながら音楽を聴くのは憧れというか、日常的にやってるつもりになってます。
というような前置きをしつつ、まず選んだのは田島貴男ボーカル期のピチカート・ファイヴ「これは恋ではない」。この曲が収録されているアルバム『Bellissima!』がリリースされたのは僕がちょうど大学に入る時期。このころ免許を取ろうかなと思ったんだけど、母に「クルマなんか持ってどうするの。悪いことにしか使わないでしょう」と言われて、それもそうだなと。
このアルバムは全体を通してなぜかドライブに合う曲が多い気がします。1曲目「惑星」からして、夜の高速道路に滑り出すようなテンポ感。歩くのでもなく、自転車でもない、クルマでしかない、という感じがするじゃないですか。これがクルマを持てる年齢になった僕にシンクロしたんでしょうね。
なかでも「これは恋ではない」はあまりにも好きな一曲。倦怠期というか、完全に終わりかけてるカップルが夜にドライブしている。別れを予感させる空気に助手席の女の子が泣いちゃうなか、ラジオからは「いとしのエリー」が流れる。すごく具体的な描写で、それ以外の解釈を許さない曲です。当時の僕はパートナーがいた経験もないし、免許もないから、二重の意味でこのシチュエーションにコミットしてないんですよ。でも、小西(康陽)さんが書く歌詞のペシミスティックな恋愛観への憧れもあったんだと思います。「恋愛で傷ついてみてえ! 」みたいな(笑)。
映画でも文学でも、フィクションとは自分では経験したくないものに触れることだと思っていて……。楽しい恋愛は実人生でするものだから、フィクションではその暗い側面とか、刹那的な部分を予行演習として摂取しておきたいというか。恋愛に限らず、すべてのジャンルがそうだと思うんです。痛快アクションだって、現実に起こるとしたら誰も007にはなりたくないですよ。ひどい目に遭い続けるんだから。
この曲の最後は田島さんの「ベイビー、ベイビー」という繰り返しで終わるんだけど、それが冷めた車内での主人公の心の叫びを表現してるように思える。これは音楽にしかできない表現だと思う。実際には何も喋ってないし、ただしらけたデートをして彼女を家に送っているだけなんだけど、その言葉にならないどうにもならなさを「ベイビー」で表すために音楽はあるんだなって。
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宇多丸さんがドライブ中に愛聴するアーティストの楽曲を紹介!
1曲目 運転も恋愛も知らない、宇多丸少年が憧れた〈ピチカート・ファイヴ / これは恋ではない〉
2曲目 3月12日(水)9:00公開予定!
3曲目 3月19日(水)9:00公開予定!
4曲目 3月26日(水)9:00公開予定!

宇多丸(ライムスター)
うたまる 1969年東京都生まれ。ヒップホップ・グループ「ライムスター」のラッパー、またTBSラジオ『アフター6ジャンクション 2』を担当するラジオパーソナリティー。1989年、大学在学中に「ライムスター」を結成。日本のヒップホップを最初期から開拓・牽引してきた立役者の一人。また2007年にTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』がスタートすると、趣向を凝らした特集や、愛と本音で語りつくす映画評コーナーが話題を集めて、2009年に第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。音楽、著書など作品多数。近作にライムスターアルバム『Open The Window』(2023)、同ツアーの映像作品『King of Stage at 日本武道館』(2024)ほか。
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