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第10回日本カー・オブ・ザ・イヤー。1989年はトヨタ・セルシオを筆頭に高級車の黄金期のKV
構成=ダズ/文=高橋アキラ/イラスト=吉田たつちか

第10回日本カー・オブ・ザ・イヤーを振り返る。1989年はトヨタ・セルシオを筆頭に高級車の黄金期

元号が平成に変わったあの年は名車揃いだった第10回COTY1989年-1990年【前編】
高橋アキラ

1989年、日本はバブル景気の真っただ中。そんな時代に開催された第10回日本カー・オブ・ザ・イヤーは、後世に語り継がれる名車が揃った“ヴィンテージイヤー”でした。イヤーカーに輝いたのは、欧州高級車に挑んだトヨタ・セルシオ。今回はその受賞車と時代背景を、モータージャーナリスト・高橋アキラさんが振り返ります。

目次

ヴィンテージイヤーと呼ばれた1989年
バブル期ならではのクルマが多かった

トヨタ・セルシオのフロント

1989-1990年の日本カー・オブ・ザ・イヤーは、1988年11月から89年10月までに発売されたモデルが選考対象になる。この時代、日本はバブル経済による好景気で絶好調。日経平均株価が史上最高値を更新していく時代だったのだ。

この頃に投入されたクルマは、今でも後継モデルが残っているものが多く、たくさんの名車を輩出した「クルマのヴィンテージイヤー」だったと表現する人もいる。

日本カー・オブ・ザ・イヤーを振り返ると、1989-1990年のイヤーカーはトヨタ・セルシオが受賞している。北米での車名は「レクサス・LS400」。1989年のデトロイトショーでワールドプレミアされ、新しい高級車ブランドとしてレクサスが始まった。これが日本ではセルシオの名前でトヨタブランドからデビューしたのだ。

このセルシオは一世を風靡(ふうび)する。ライバルはメルセデス・ベンツのSクラス、BMW7シリーズなどで、これまでの日本車では届かないポジションのモデルをライバルとしていたのだ。そして驚くほどの静粛性の高さは絶賛され、メルセデスやBMWのように作動音を消さないクルマづくりとは一線を画したトヨタ独自の価値観でマーケットを刺激していくのだった。

僕の周囲でも社長と呼ばれる人が所有していたのはクラウンが多かったが、セルシオのデビュー以降、揃ってセルシオに乗り替えていったことを覚えている。それほど、これまでにない高級車であり、ステータス性が高かったわけだ。

このバブル景気は今の若い世代では想像がつかないだろうし、自分もバブル景気に乗っかっている意識はまったくなかった。しかし、私事で恐縮だが歴史を振り返ってみると、1988年はグアムとオーストラリアへ旅行し、89年は2回アメリカへ行き、カナダへも1回行っている。

90年もまた2回アメリカへ行っていた。仕事が絡んでいたとはいえ、バブル経済を匂わすには十分材料が揃っていて、海外取材が特別なものではなかった時代があったなぁと思い、まさにバブル世代じゃん! と言われてしまうような自分史なのかもしれない。

そして当時、BMW3シリーズは六本木のカローラと呼ばれ、六本木界隈では札束をヒラつかせてタクシーを止めた逸話は聞くものの、僕には実体験としてはない。3シリーズは僕にとっては高級車であり、タクシーが捕まらない時間帯に六本木に繰り出すこともない純粋な青年だったと思いたい。

受賞車両は欧米に対抗すべく作られた
日本屈指の高級車トヨタ・セルシオ

トヨタ・セルシオのフロント

全長はほぼ5mと当時としてはかなりのボリューム。堂々とした重厚感を感じさせる一方で、Cd値0.29と空力性能にも優れたデザインだった。サイドミラーは世界初の超音波雨滴除去ミラーが採用されていた

1989年10月、初代セルシオが登場。その1年前に日産がセドリック・グロリアよりもワンランク上の高級車としてシーマをデビューさせ、高級車市場は活気に満ちあふれていた時だ。セルシオは、「ワールド・ワイドに通用する世界トップレベルのハイ・パフォーマンス・ラグジュアリー・カーの創造」という基本コンセプトで作られ、世界を驚かせた。当時のカタログによれば、携わったエンジニアは1,400人。試作車の台数は450台。車重がわずか10g増加するごとに、対策が練られたとある。それほどまでにこだわって開発されたクルマだった。初代は1回のマイナーチェンジを経て1994年まで販売された。その後2代目、3代目と続き、2005年からは日本国内でもレクサスブランドの展開がはじまったことにより、「レクサス・LS」へと移り変わった。

トヨタ・セルシオのリア

当時トヨタの高級車といえばクラウンだったが、クラウンの最上位グレード、ハードトップの「ロイヤルサルーンG」が443万2000円だったのに対し、セルシオは最も安い「A仕様」でも455万円、最上位の「C仕様Fパッケージ」は620万円とかなりの高額だった

トヨタ・セルシオの内装

おおらかな曲線を取り入れた上質なインテリア。日本車初の自発光式メーターや、純正としては世界初のDATデッキなど、当時の最先端の技術、装備が盛り込まれていた

トヨタ・セルシオの内装

写真は「C仕様」に、4色から選べたオプションの本革シートを装備。シートは、コイルスプリング特性、クッションの座面形状などを徹底的に解析し、優れた座圧分布と振動特性を達成し、疲労の少ないシートを実現していた

トヨタ・セルシオのエンジン

デビュー当初のエンジンはV型8気筒の4Lエンジン。高性能・高効率・高静粛性を追い求め、たとえばベアリング部は高精度加工後、1µm単位まで測定してクリアランスを決めていた

トヨタ・セルシオ
SPECIFICATION
全長×全幅×全高:4995×1820×1400㎜
ホイールベース:2815㎜
車両重量:1750kg
駆動方式:FR
※上記はC仕様のスペックです
車両価格(発売当時・東京):455万円~620万円
販売期間:1989年~1994年


第10回COTYは、世界に通ずる高級車セルシオが受賞。当時の高級車ブームを牽引した。次回(1月12日公開予定)は、その他ノミネート車を紹介。さすがはヴィンテージイヤーと呼ばれた年。今でも名が残る名車が揃っている。

高橋アキラ

たかはし・あきら モータージャーナリスト、公益社団法人自動車技術会 モータースポーツ部門委員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、日本モータースポーツ記者会会員。やんちゃなチューニング全盛期の自動車専門誌編集者時代を経て、技術解説、試乗レポートなどに長けた真面目なジャーナリストに。Y30グロリアワゴン、マスタングなど愛車遍歴にはマニアックな車も多い。

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