日本初の量産ミッドシップ! 初代トヨタ・MR2が“特別な存在”になった理由
ミッドシップの俊敏さを日常速度域で味わえた、80年代スポーツの新定番初代トヨタ・MR2(エムアールツー)は、日本で初めて量産ミッドシップを実現した革新的なスポーツカー。軽量ボディーと高回転エンジンが生む爽快な走りに加え、手の届く価格でミッドシップの魅力を広めた点が大きな特徴。当時の若者文化への影響も大きかった。
【1984年6月8日】
日本初の量産ミッドシップ、トヨタ「MR2」発売!
ミッドシップらしい低く引き締まったプロポーションに、角張ったラインが映える初代MR2。リアスポイラーが存在感を放っている。1986年のマイナーチェンジで4A-GELU型DOHCにスーパーチャージャーを装着し、ネット145PS/19.0kgmを発揮する高性能モデルを加えた
初代MR2の室内は、ドライバーを中心に据えた“コックピット感”が最大の特徴だ。低い着座位置と包み込むようなダッシュボード形状により、スポーツカーらしい一体感を強く味わえる。メーターは大径タコメーターを中心に配置し、操作系はすべて手の届く範囲に集約。コンパクトな車体ながら収納や実用性も確保されていた。写真はG-Limited(ECT-S)
1984年に登場した初代トヨタ・MR2(AW11型)は、日本の自動車史において特別な位置を占めるモデルである。
最大の特徴は、日本メーカーとして初めて“量産ミッドシップ(MR)”を実現したことだ。その開発の起点には、1979年に豊田英二社長(当時)が発した「常識では考えられないクルマを作れ」という檄(げき)があり、開発陣は新しいスポーツカー像を模索するなかでミッドシップレイアウトに行き着いた。
エンジンを車体中央に置くことで旋回性能と応答性は飛躍的に向上するが、冷却や整備性など量産車としての課題も多い。MR2はそれらを巧みに解決し、E80系カローラのコンポーネントを活用することで、手の届く価格で“誰もが扱えるミッドシップ”を成立させた。搭載された4A-GELU型1.6L DOHCは軽量ボディーとの相性が良く、ミッドシップの俊敏さを日常域から楽しめる点が高評価を得る。
社会的にもMR2の登場は大きな意味を持った。バブル期前夜の若者文化において、スポーツカーは自己表現の象徴であり、広告ではミッドシップという新しい価値観を強く印象づける表現が用いられ、多くの人々の記憶に残った。
モータースポーツでもワンメイクレースやジムカーナで活躍し、海外ではラリー仕様も開発されるなど、ミッドシップならではの俊敏さは多くのファンを魅了した。そこで得られたノウハウは後の2代目MR2(SW20型)にも受け継がれ、MR2シリーズ全体の評価を押し上げることとなった。
【AW11-WCMQF型 トヨタ・MR2 1600G-Limited(ECT-S)】
●全長×全幅×全高:3925×1665×1250mm ●ホイールベース:2320mm ●車両重量:980kg ●搭載エンジン:4A-GELU型(1587 cc 水冷直列4気筒DOHC)