インタビューMy Garage

漫画家・浦沢直樹の愛車遍歴 ミニ、BMW、ベンツ…連載作品に“リンク”した車選び

浦沢直樹がミニで駆ける! 描き下ろしイラストも公開中

2023.10.17

取材・文=佐藤直子(ENCOUNT)/撮影=荒川祐史

2023.10.17

取材・文=佐藤直子(ENCOUNT)/撮影=荒川祐史

これまで『YAWARA!』『MONSTER』『20世紀少年』など、数々のヒット作を世に送り出してきた漫画家・浦沢直樹さんは、現在も最新作『あさドラ!』を連載中。国内だけにとどまらず、海外にも浦沢作品ファンは数多く、これまで世界累計発行部数は1億4000万部を超える人気を誇ります。ボブ・ディランの大ファンでミュージシャンとしても活動する一方、大の車好きとしても知られています。

バラエティーに富んだ作品の中には、舞台となる国や時代背景に合わせてさまざまな種類の車が登場しますが、それらには浦沢さんの愛車遍歴と絶妙なつながりがあるようです。今回は、車はもちろん、車を運転する時間をこよなく大切にする浦沢さんに、漫画の歴史にも触れながら、車について大いに語っていただきました。

描き下ろしイラスト

本邦初公開! 今回のインタビューに際し、描き下ろしていただいたミニで駆ける浦沢さんのイラスト。カッコいい!

原点はトヨタ2000GTのミニカー

――作品の中にもいろいろな車が登場しますが、浦沢さんにとって最初の車の思い出を教えてください。

僕らの時代はトヨタ2000GTの時代。いまだに小学2、3年生のときに買ってもらったミニカーを大事に取ってありますよ。『20世紀少年』に出てきます。それまでの時代から、ちょうど車の形が変わった時期なんですよね。1970年に大阪万博があって、そこで世界が一変した感じがします。

――トヨタ2000GTは新時代の象徴だった。

そう。そしてやっぱり、白なんですよね、あの時代は。スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』が1968年公開なんですけど、それまでロケットは銀色で作られていたんですって。それがある日、NASAを視察したキューブリックがロケ現場に飛んで帰ってきて「銀じゃない、白だ。これからは白になる!」って白が使われるようになった。だから、大阪万博でも銀はあまりなくて、太陽の塔とか基本は白なんです。それが10歳くらいのときでした。

――子供の頃から車は身近な存在でしたか。

父親が車に乗るようになって、僕も早めに19歳になる前には免許を取りました。あの頃はみんな、18歳になると免許を取るもんだと思っていた。移動手段としてバイクと車、そういうものを持たざる者は男じゃない、みたいな雰囲気がありましたね(笑)。

椅子に座る浦沢氏

――最初に買った車は何でしたか。

免許を取り立ての頃は父親の車を借りていたんですけど、漫画を描き始めてお金ができて、最初に買ったのはホンダ・プレリュードですね。メタリックなグレーだったかな。あの車はカッコよかったなぁ。車体が異様に低くてペターンとしててね。スーッと振動もなく、地を這うように静かに走っていましたね。

――プレリュードを選ばれた理由は。

当時、一番カッコよかったんじゃないかな。ホンダが最先端な時代でしたから。街を走っているのを見て「カッコいいな、あの車」って思っていました。

――自分の車を持つとワクワクしますよね。

やっぱり父親に「貸して」って言わないで済むのがいい(笑)。聞けば「ダメだ、その日は乗るんだから」みたいになるわけじゃないですか。自分の車を持つっていうのは、なんかこう、許可がいらない世界っていうか、そういう感覚がありました。東京の場合、今はあまり車を持つ社会ではなくなりましたけど、あの感覚、一段一段ステップアップして大人になっていく感じって大事な気がしますよね。それなりの責任も負わされて、心構えみたいなものが生まれるというか。

――確かに、大人の階段を上がる感覚はありましたね。プレリュードには何年くらい乗っていたんですか。

どのくらいだろう……。実はそこから怒濤のように忙しくなっちゃって、何をどうしていたのかよく覚えていないんですよ(苦笑)。月6本締切があって、140枚くらい原稿を描く生活が20年ほど続いて、その間の記憶が曖昧になってしまい、いつ何に乗っていたのかもよくわからない。いろいろ買ったんですけど、乗る時間がなくてバッテリーもよく上がってました。なのに2台持ちとかね(笑)。そうそう、バッテリーが上がってしまったときとか、大雪でにっちもさっちもいかなくなったときとか、よくJAFさんのお世話になっていましたよ。

『MASTERキートン』のときはミニクーパー、『MONSTER』のときはベンツに

執筆する浦沢氏

――凄まじい生活ですね……。作品に登場する車と愛車遍歴はリンクしていますか。

それはありますね。ちょうど漫画で使いたかった車を買って、そのモデルにするとか。自分で乗りたい車を買うというより、「このキャラクターはこの車に乗っているんじゃないかな。だから、これを買おう」という感じでした。だから、『MASTERキートン』の頃にはミニクーパーに乗っていたんですよ。

――1988年スタートの作品でした。

ルパン三世のフィアット500みたいな小さい車が欲しかったんです。当時はやっぱりミニクーパーがみんなの憧れ。ブリティッシュ・モーター・コーポレーションっていうイギリスの町工場みたいな会社が作る、手作り感のある車でね。当時のミニクーパーはすごいんですよ。リクライニングがなくて椅子の形のまま前に倒れるから、床に隙間みたいなのがあって、走っていると通り過ぎる地面が見える(笑)。しかも、イギリスの風土に合わせて作ってあるから、日本の蒸し暑い夏は合わないみたいで、すぐオーバーヒートしちゃうしね。

――愛嬌のある車ですね。「キートン=ミニクーパー」のイメージは広く定着しています。

キートンが乗る車としていいな、と思って買ったんですけど、イギリスの風情を出したかったんでしょうね。ただ、ジャガーじゃないですよ、キートンは。アストンマーティンだと「007」だから、また全然違うキートンになっちゃうし(笑)。

  • キートンは日英の血を引き、イギリス陸軍の特殊空挺部隊SAS出身。

――確かに、イギリス製でも車種が変わるとキャラクターまで変わりそうです。

登場人物が乗っている車の趣味は、そのキャラクターとリンクしますよ。それはすごくあると思います。たとえば『YAWARA!』の風祭(進之介)さんみたいなお坊ちゃまが出てくると、その当時のお坊ちゃま風の人が乗っている車になる。この時はBMWを買いました。1990年頃で苦み走った顔つきのカッコいいBMWで、首都高でカーブを曲がりながら車線変更をすると、まるで測ったかのようにミリ単位でシュパッと車間に入る。横振れなんか一切しない、あれはいい車でした。残念ながら、怒濤の20年間の真っただ中で車種は覚えていないんだけど(笑)。

――その20年間はご自身が乗りたい車というより、漫画のキャラクターありきだったんですね。

『MONSTER』を描いているときは、ドイツが舞台なのでベンツとかいろいろなドイツ車に乗っていたし、自分が好きで買っているわけではなかった可能性はありますね。「これ買おうかな。どうしようかな」って自分の乗りたい車をウキウキワクワクしながら買ったのは、ずいぶん後になってから。2000年頃にベンツのSUVを買ったときかな。ただ、漫画を振り返ってみると、このSUVが『MASTERキートン』でも『MONSTER』でもチョロチョロッと出てくる。「あぁ、前から興味あったんだな」って(笑)。

――ご自身の作品を振り返ると、愛車遍歴を思い出せる(笑)。

そうですね(笑)。少し話は逸れて漫画の歴史になりますけど、僕らが子供の頃の漫画家さんたちは、車と言えば車輪が4つあってヘッドライトが2つあるものを描いていたんです。そこに革命を起こしたのが、アニメーションの『ルパン三世』。最初はフィアット500じゃなくてメルセデスのSSKに乗っているんですよね。そして銃はワルサーP38。昔の漫画では銃もL字型に曲がった黒いものだったのが、『ルパン三世』で資料に対する関心がまったく変わった。これは(作画監督の)大塚康生さんが細かいディテールも忠実に描くという企画書を書いたところから始まっている。宮崎駿さんの師匠にあたる方ですが、そこから随分と漫画やアニメーションの世界観が変わりました。

――確かに『ルパン三世』はディテールが細かい。

ワルサーP38のボルトアクションだったり、薬莢(やっきょう)が飛ぶところであったり。車もドリフトした時にどちら側の車輪が沈むとか、そういうことをちゃんと描くようになってきたんです。『ルパン三世』の1話目は衝撃的でしたね。「うわ、時代が変わった」って思いました。

――浦沢さんも作品の中でのディテールにこだわりをお持ちですよね。

車のメカニック的なところはもちろん、登場人物のファッションもそうだし、いろいろなところに飛び火していくんですよね。

安全運転に集中するとき、アイデアがひらめく

インタビューに応じる浦沢氏

――なるほど。ちなみに、怒濤の日々を過ごされていた頃はあまりドライブに出掛ける時間もなかったのでは。

我々はいつも部屋の中で、白い紙の上に脳内に浮かぶ画像を描こうとするじゃないですか。ずっとそれをやっていると、いつしか二次元の世界に入ってしまうんですよ。だから、仕事の途中で車に乗って出掛けることで、高さや奥行きのある三次元の世界が立ち現れる。二次元の白い紙を相手にどうしても固まりがちな脳みそをほぐしてくれるので、車に乗っているときにいろいろなアイデアがひらめくことがあるんです。

――いい気分転換になると。

そうなんです。漫画の最初の設計図にあたるネームを描く作業をするとき、割と遠くのファミレスまで行くことがあるんですけど、それは車を運転する時間が作れるからなんです。ハンドルを持てば安全運転に集中するでしょ。そうすると、漫画を作ることに拘束されていた脳みそは、漫画のスイッチを完全にオフにしなくてはいけない。それがすごくいいんですよ。運転に集中している間も脳は動いているから、赤信号で止まっているときに突然、ずっと考えて考えて浮かばなかったことが「あっ!」なんて湧いてきて(笑)。三谷幸喜さんはお風呂から上がって、タオルで髪の毛を乾かしている時にフワーッと浮かぶことが多いって言ってました。僕の場合は車が非常に有効ですね。

あと、テレビやラジオに出演するとき、以前はタクシーやハイヤーを使わせていただいていたんです。でも、収録が終わった後、帰りの車で後部座席に座って、過ぎゆく夜の街明かりを見ていると、ものすごく反省モードに入っちゃう(笑)。「あの返しは違うだろ……」「なんであの時この言葉が出なかったんだ……」って考え始めて、家に着く頃にはドンヨリ(笑)。だから、10年以上前から自分で運転して行くようになりました。そうすると、安全運転を心掛けるから、今日あったことをいい具合に忘れていって反省会が起こらない。これはいいわって(笑)。

音楽もやっているので、その日に録音したラフミックスを車で流しながら帰って、カーオーディオではどういう風に聞こえるのか、いろいろシミュレーションすることもあります。音楽と風景はすごく重要な結びつきがあるので。あとは、ライブやラジオ収録前の声出し空間としても最適ですね。

――浦沢さんにとって運転中の車内は面白い空間になっていますね。安全運転を心掛けると思いがけない効果も生まれますし(笑)。

オールマイティですよ。本当に大事な空間です。今はとにかく車の運転に集中しなさいっていうことで、脳内からいろいろな煩わしいことが一旦横にドンッとどかされる。これはオススメですよ。グズグズ悩んでいることがあったら、とにかく安全運転を心掛けてドライブしてごらんなさい、遠くのファミレスまで行ってごらんなさいよ、と。そうすると、なんだかスッと抜けることがありますから。

――ところで、どのくらい遠くのファミレスまで出掛けるのでしょう。

都内からだったら神奈川に行ったり、アクアラインを走って千葉まで行ったりします。僕、実は方向音痴なんですよ。すぐに南も北もわからなくなっちゃう(笑)。こうやって遠くまで出掛けられるのはナビゲーションのおかげです。ナビゲーションがない時代は半径何㎞という狭い範囲で生きていたけれど、ナビゲーションのおかげで怖がらずに外に出られるようになりました。2000年代になってますます車で活発に移動するようになったのは、おそらくそれが理由です。今はベンツで種類の違うものを2台持ちしていますけど、どちらもナビゲーションに「この辺まで連れてって」と言って設定すると、いい感じの所まで連れていってくれます(笑)。

――車との生活を満喫なさっていますね。

車があるとないとでは、だいぶ違う社会生活を送っているだろうと思いますね。横浜の裏通りにある中古レコード屋に買い出しに行ったり、ハッと思い立ってIKEAまで家具を買いに行ったり。もしかしたら、車で過ごす時間がなければ、生まれていない作品があったかもしれない。「今は安全運転に集中しなさい」っていう時間が、どれだけ漫画を描くことに集中するストレスを外してくれているか。車を運転するためのオンがもたらす、漫画からの集中を外すオフの効果は本当に大きいので。車内でかける音楽は自分でプレイリストを作ったり、1万曲以上入ったiPodクラシックをシャッフル再生したりして、「お、センスいいなぁ」なんて思ったり(笑)。車で過ごす時間は、僕にとって欠かせないものですね。

ギターを持った浦沢氏

浦沢直樹さんがドライブで聴きたい5曲

  • Keith Richards「Make No Mistake」
    アメリカ南部のハイ・スタジオで録音されたハイ・サウンドを敬愛を込めてローリング・ストーンズのキース・リチャーズが再現。キースのソロは夜のドライブにピッタリです。
  • The Doobie Brothers「It Keeps Running'」
    学生時代、バンドリハーサルの後、疲れた体でメンバーの車に揺られていた夕暮れ時、カーステレオからこの曲が流れてきました。「それがお前を駆り立てる」、バンドに夢中だった日々を思い出します。
  • Brad Mehldau「When it Rains」
    鬱陶しい雨の日も、車でドライブしていれば、とても雰囲気あるひと時となります。ましてやこんな曲がかかったりしたら、なんだか得した気分になります。
  • Petula Clark「Down Town」
    5歳の頃から1番のお気に入りの曲です。街にみんなが楽しみにくり出している中、車で走っている時にこの曲が流れると、なんだか切ない気持ちで胸いっぱいになります 。
  • 米光美保「恋は流星 SHOOTING STAR OF LOVE」
    昨今のシティポップブームとして再評価著しい米光美保さんの楽曲です。私もその流れで知ったのですが、なぜ当時こんな素晴らしい楽曲に気づかなかったのか…。今や夜の高速ドライブに欠かせません。

(クリックすると、音楽配信サービスSpotifyで楽曲の一部を試聴できます。)

JAF会員限定 浦沢直樹さん直筆サインプレゼント

サインを持った浦沢氏

浦沢直樹さん直筆の「インタビュー My Garage」特製サイン色紙を、抽選で3名様にプレゼントします。
・プレゼント内容:浦沢直樹さん直筆特製サイン色紙
・応募方法:下記応募フォームをクリックしてログインIDとパスワードを入力。
※応募にあたってはJAFマイページと同じID・パスワードでのログインが必要です。
・当選者数:3名(発表は発送をもって代えさせていただきます)
・応募締切:2023年11月17日



応募期間は終了しました。

※オークションサイト、フリマアプリなどでの転売を禁止します。

浦沢直樹

うらさわ・なおき 1960年1月2日、東京都出身。1983年に「BETA!!」でデビュー。代表作に『MASTERキートン』『YAWARA!』『MONSTER』『Happy!』『20世紀少年』などがある。現在は最新作『あさドラ!』を「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて連載中。これまでに小学館漫画賞を3度、手塚治虫文化賞マンガ大賞を2度受賞した他、海外の漫画祭でも受賞歴を持つ。世界累計発行部数は1億4000万部を超え、2021年から作品の電子書籍配信をスタートさせた。さらにNetflixシリーズ「PLUTO」が10月26日より世界独占配信開始。ボブ・ディランの大ファンとしても知られ、ミュージシャンとしても精力的に活動。来年には新アルバムを発売する予定。

この記事をシェア

この記事はいかがでしたか?

関連する記事Related Articles