地獄蒸しで「食べる温泉」体験を! 大分鉄輪温泉グルメ旅
温泉天国別府を満喫するフルコースのツアー誰もが知る温泉スポットがいっぱいの、大分県別府市。その中でも鉄輪(かんなわ)温泉は、別府観光の中心的な場所で、町のいたるところで温泉が湧き、温泉から噴出する高温の蒸気熱を利用した「地獄蒸し」という調理法があると聞く。浸かるだけでなく食でも温泉の恵みを受けられる! なんて素敵な料理なのだろう……どうしても地獄蒸し料理を食べてみたい欲に掻き立てられ、いざっ! 鉄輪温泉へと旅立った。
高台から見た鉄輪温泉の町並み。湯けむりが常にもくもくと立ち昇っている ●湯けむり展望台/別府市鉄輪東8組(ロイヤルタウン大観山) Tel. 0977-21-1128(別府市観光課)
別府名所「べっぷ地獄めぐり」でいろいろな源泉を見学
地獄蒸しを食べる前に、まずは別府を代表する観光スポット「べっぷ地獄めぐり」へと繰り出した。地獄めぐりは全部で7つ(海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄、血の池地獄、龍巻地獄)あり、その中から国指定名勝の4か所と、鬼と地獄釜のオブジェがあって映える「かまど地獄」をピックアップして周ることに。鉄輪エリアに5つの地獄が集中し、それだけでも鉄輪の特別な環境が見て取れる。地獄ごと湧き出るお湯の色や成分、雰囲気がまったく違い、温泉が選び放題なわけだ。べっぷ地獄めぐりをしていくうちに、日本全国に温泉池は数あれど、これほど多種多彩な温泉があるのは別府、鉄輪以外にないと納得させられた。
地獄めぐりの途中ではあるけれど、小腹が減ったし地獄蒸し料理の初級編ということで抹茶蒸しまんじゅうをお味見。温泉の蒸気でほかほかに蒸し上がった熱々の蒸しまんじゅうは安定のおいしさだった。まんじゅうの中までしっとり、ふかふかの蒸し加減で、地獄蒸しへの期待が高まりいい感じ!
温泉街をぶらり散歩で鉄輪の歴史を知る
鉄輪温泉に着き、まずは徒歩で街を散歩してみた。目抜き通りの「いでゆ坂」は昔から湯治客を受け入れてきた旅館や共同浴場、足湯が軒を連ねる。道路の側溝を流れているのも温泉のお湯なので、湯気が立ち昇り「これぞ別府の風景」といった趣がある。不思議な景色にきょろきょろしながら、今夜泊まる大黒屋を目指した。
むし湯広場の「一遍(いっぺん)湯かけ上人像」の傍にある案内版によると、鉄輪温泉の歴史は長く鎌倉時代まで遡(さかのぼ)るという。全国を布教していた一遍上人が鉄輪を訪れた際、そこら中から温泉が湧き出し、熱湯が噴き出す地獄により村人たちが苦しめられていた。この荒れ狂う土地を一遍上人が祈り、鎮めたことから鉄輪温泉が開かれ、最後までどうしても治まらなかった地獄を利用して「むし湯」を創ったのだそうだ。一遍上人のおかげでむし湯をはじめとする貴重な温泉と湯治文化ができ上ったのだから驚きだ。
湯気で暖をとるのか、湯けむりが吹き上げるそばで日向ぼっこしている猫をよく見かけた
鉄輪の湯治文化を今に残す貸間旅館の大黒屋へ到着
蒸しまんじゅうで地獄蒸し料理へのテンションを上げ、散歩でおなかも減ってきて準備は万端。ようやく鉄輪温泉に来た目的でもある地獄窯を持つ大黒屋旅館へと到着した。貸間旅館という自炊しながら湯治ができる長期間滞在者向けの宿で、敷地内に地獄釜があり、自由に地獄蒸しを楽しむことができる。チェックインを済ませ、地獄蒸し用の食材付きプランを予約したので、さっそく地獄蒸しの準備に取り掛かった。
食べる温泉! 地獄蒸しは至高のグルメ体験だった
約100℃の熱い湯気がもくもくと上がる地獄窯に食材を入れると、蒸し上がるのはあっという間。ぼーっとしている暇はない! ほかほかの食材を地獄釜から取り出し、食堂でさっそくいただいた。
まずは温泉玉子。殻を割ると、黄金色の黄身がころんと姿を現す。見るからにむちっとした食感が想像できる最高の仕上がりだ。調味料で岩塩と辛味タレをおすすめされたけれど、何もつけなくてもほんのり塩味がしていける。素材の味が満ちているような滋味があり、これが地獄蒸しのパワーなのだろうかと感動する。
ブロッコリーは蕾(つぼみ)がふっくら茎はホクホク、さつまいもはねっとりとしていて、おにぎりはお米がもちっとしておこわのような食感に。地獄蒸しはどんな食材からも旨みを120%引き出す、ミラクルな調理法なんじゃないだろうか。油を使わずヘルシーなので体に負荷がなくエネルギーが取り入れられる気がするし、湯治=療養食のような味気無さはまったくない。地獄蒸しに適した食材はかなり豊富で海鮮、肉まん、ちまきなどなどいろいろ試す楽しみもあるだろう。調理の楽しさと食材の旨みが相乗効果を生む、食べる温泉「地獄蒸し」はいままでにない至高のグルメ体験だった。
温泉のルーツと伝わる「鉄輪むし湯」でデトックス
地獄蒸しをいただいた後、ひと休みをして宿から3分もしない場所にあるむし湯を訪れた。温泉のルーツとされる「鉄輪むし湯」は、石菖(せきしょう)という薬草が床一面に敷き詰められた蒸し風呂に入ることで、デトックスができる温泉療法だ。石室内は常に50~60℃に保たれていて、通常のサウナよりも温度設定が低く、石室に入ったときはそこまで熱さは感じない。石菖の上に寝転んで、目を瞑ると、石菖のハーブのような香りに包まれてリラックスする。どれほどの時間が経っただろう……。体感で5分くらい経つと、腕や顔の毛穴から玉のような汗が吹き出してきて、全身が汗まみれに。8分経つと一度、外の係りの女性が「8分経ちましたが、出ますか?」と声をかけてくれるので、出るか、延長(2分)するか返事をする。まだ汗が出そうだし、気持ちがよいので延長して10分で蒸し湯を出た。併設された温泉で汗を流し、むし湯体験は完了! というわけだ。身体が芯から温まり、毛穴から悪いものがデトックスされたようなすっきり感もありとてもよい気分だ。
石菖は菖蒲の仲間の薬草で、香りが強く、物忘れ、ボケ、神経痛、躁鬱などのメンタルヘルスを安定させる癒やしの効果があるそうだ。
「薬草、漢方薬として用いられる石菖は、清流沿いの岩場にしか生えない植物で確保が大変なんです。毎月1回、石室に敷いている石菖の葉を丸ごと入れ替え、メンテナンスをしています」と語るのは、鉄輪むし湯を管理する川野敏宏さん。
石菖の確保はむし湯を継続していくうえでとても重要な仕事なのだと、刈り取った石菖を貯蔵している小屋を見せて教えてくれた。ここは市営の公衆浴場だが、管理は地元のまちづくり団体の人たちが担っている。何度か経営危機や石昌の確保が困難なときがあったけれど、そのたびに鉄輪の地元の人たちが力を合わせて存続のために奔走したのだそう。一遍上人が造ったむし湯は、鉄輪の人たちが守ってきた湯治文化の宝物のようなものなのだ。
別府の街のパン屋、友永パン屋で朝食を
翌日は、別府市内にある友永パン屋へ朝食のパンを買いに行った。レトロな店構えと豊富なパンのラインアップ、おいしくお手頃な価格で評判が高く、前々から行きたかったパン屋さんだ。お店の住所を地図で探しながら進むと、すでに行列ができていて場所がわかった。看板に書かれた大正5年創業と「友永パン屋」の文字がかわいらしい。
「お客様がたくさん買ってくださるので、常に出来たてのよい状態のパンが出せるのがおいしさの秘訣でしょうか。あんこやクリームは全部自家製で、10人ほどの職人で手作りしています」と4代目店主の友永悠太郎さん。
今風のパン屋に感じられる気取ったところがなく、素朴な味でほとんどのパンが100円台で買える。どれも丁寧に作られたパンは、建物も含めてずっと変わらずに残してほしい味だ。近所に友永パン屋のある人が心底羨ましい。
別府名物の竹瓦温泉の砂湯にチャレンジ
ディープな竹瓦小路アーケードを歩く。ネオンサインのスナックや場末の居酒屋がひしめき合うこの一帯は昭和な情緒が漂い、独特の雰囲気がある。そこを抜けると、別府で行きたかったスポットのひとつ、竹瓦温泉の木造建築が姿を表した。
とことん温泉を楽しみ、変わり種温泉を制覇するには、竹瓦温泉砂湯を外すわけにはいかない。天井の高いロビーを通り過ぎ、砂湯のある浴室の暖簾をくぐった。浴衣に着替えると、砂で満たされた浴槽がある大広間に通され、砂の上に寝そべったそばから温かい砂がずんずんと体にかけられていく。温かい砂は思っていたよりずっと重たく、ぴくりとも身動きが取れない。最初こそ少し焦ったけれど、砂の圧で温泉の成分がじわじわと体にしみ込んでいくのだろう、と健康効果を信じて砂の重みに耐えてじっと待った。唯一動かすことのできる目で高い天井を見上げ、ちょっとシュールな状況を楽しみ、砂湯を満喫。重たい砂から脱出したときの解放感と、砂をお湯で流し落として浴槽に浸かったときに出た「あぁ~いい湯だぁ……」という心の叫び。これが砂湯の醍醐味なんだろう。砂湯の後にお隣の普通浴の温泉に入ってしっかりと温まった。普通浴の温泉は地元の人たちも利用していて、よりローカルな雰囲気が楽しめる。特別だけど、特別ではない。温泉が日常に根差しているのが別府の街なのだ。
旅の終わりは、昭和な喫茶店で余韻を楽しむ
竹瓦温泉を後にして、ランチで立ち寄った「おしゃれ小屋」というレストラン。ノスタルジックな雰囲気が漂う、別府のローカルなお店だ。
食事はハンバーグやオムライス、グラタンなどの定番洋食メニューが多く、パフェやクレープとデザートも充実していて地元の人が息抜きにやってくる喫茶店といった風情がある。お店のおすすめ、ナポリタンを注文した。
「自家製のデミグラスソースとケチャップで味付けしたスパゲッティーと、鉄板の下に玉子焼きを敷くのがおしゃれ小屋オリジナルのスタイルです。店内のインテリアは1978年の創業当初から変えていないので、古い昭和の雰囲気があるのでしょう」と店主の長野宏美さんは語る。ナポリタンはトマトの甘みと旨みがしっかりとスパゲティーに焼き付けられていておいしかった。
昭和で時が止まったようなレトロな喫茶店でナポリタンを食べ、別府の街の余韻に浸った。
鉄輪温泉、別府と有名な温泉地を訪れた旅だったが、いかにも観光地的なこれ見よがし感や強引な近代化がされていなくて、興醒めすることがなかった。流行り廃りのサイクルが早い観光地にあって、これほどありのままに街の雰囲気が守られているのは貴重だ。おもてなしが善とされる世の中で、適度に放っておいてくれる「いい距離感」もじんわりと心地よかった。気楽がいちばん! 旅人は自由に、マイペースに温泉の恵みに与り、元気をもらって帰っていく。また近いうちに来て、別の温泉に行ってみたい。なにせ別府には数えきれないほどの温泉があるのだから。