羊を助けようとするふかわりょう
文=ふかわりょう / 編集=神保勇揮 / イラスト=本 秀康

ふかわりょうが羊を助ける、アイスランドの旅の終わりに聴く音楽〈Chicane / No Ordinary Morning〉

ふかわりょうが綴(つづ)る、心に染みる過去をたどる「旅と音楽」エッセー
ふかわりょう

選曲・執筆を担当するのはお笑い芸人、ミュージシャン、DJ、エッセイストと多才ぶりを発揮する、ふかわりょうさん。今回は、何度も訪れたというアイスランドでの羊との触れ合い、その旅で刻まれた印象深い音楽の思い出について書いていただきました。

音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを4曲紹介します。

目次

3. Chicane / No Ordinary Morning

「地球」を実感するためのドライブ旅

旅に音楽を持っていくのは、道中で聴いている音にその場所の光景が吹き込まれるから。

私がはじめてアイスランドを訪れたのは2007年。当時、「エコ」だとか「不都合な真実」という言葉が飛び交い、「地球のため」と口にする前に地球そのものを実感したくなった私が目を向けたのが、北緯63~66度の島だった。

いざ足を踏み入れてみれば、剥(む)き出しになった山肌、ひたすら続く大地、今まで出会ったことのない景観が迫り、観光名所に行かなくても、地球を実感させてくれた。また、数十mもの高さまで噴き上がる間欠泉や、露(あら)わになったプレートの端を目の前にすると、地球が生きているとすら感じられた。

そうしてすっかり魅了された私の意識に変化が見られたのは2009年(もしくは翌々年の)、3度目に訪れたとき。牧草地帯で陽光を浴びる羊たちの群れが、きらきらと輝いていた。それ以来、羊ばかりにレンズを向けるようになった。

群れを見かけては「おーい」と声を掛ける。すると、草を食んでいる羊たちが一斉に振り向く。どんなに遠くにいても、声が風に乗って、崖の上の羊たちに届く。ピタッと止まって、円を描くように口を動かす仕草。そんな光景を見ているうち、心の中に入り込んだのだろう。それからは、羊に会うために訪れるようになった。

この島には、リングロードという環状の道路があり、ぐるっと一周することができる。天候はコロコロ変わり、青空が広がっていたかと思えば、目の前に綿菓子のような白雲が立ちはだかったり、いきなり雨が降り出したり。内陸部は、道が舗装されておらず、河川も自由に向きを変える。大きな滝にも柵はなく、すべて自己判断で行動しなくてはならない。自然への畏怖。

いつものように運転席から声を放っていると、一頭だけ仰向(あおむ)けになっている羊がいた。群れの中で足をバタバタと揺らしている。半分泥まみれになった白のSUV車から駆け寄ると、周囲の羊たちは一斉に起き上がり、仰向けになった羊だけが牧草地に残された。

「苦しいのだろうか」

私は、大地に溺れる羊を見下ろしていた。

枝のように細い足を躱(かわ)しながらしゃがむと、口から吐き出す呻(うめ)き声が顔にぶつかる。私はどうしたらいいのかわからないまま両腕を滑り込ませると、何度か揺さぶって、羊をひっくり返した。すると、ヨタヨタと地面の起伏に足を持っていかれながらも、仲間を待つ群れの中に戻った。

調べると、羊は一度ひっくり返ると自力では起き上がれず、喉にガスが溜まって窒息死してしまうことを知った。それから、アイスランドを訪れるたびに、溺れる羊を助けるようになった。手遅れだったときもあった。地面に肋骨が埋まっていることもあった。

ある夜、私は白い息を吐きながら、冷たい地面に背中をつけていた。仰向けになった私の目には、漆黒の夜空で踊るノーザンライトが映っていた。耳にはイヤホンをはめ、カメラで収められない光を、音に閉じ込めていた。この曲のおかげで、私は、いつでもオーロラを眺めることができる。

旅の最終日に泊まる場所は決まっていた。ブルー・ラグーンという水色の温泉地から程近い宿泊施設。夜中に部屋の電話が鳴り、ホテルスタッフからノーザンライト・コールをしてもらったこともある。

空港まで送ってもらう夜明け前。白いワゴン車に揺られ、イヤホンからはイギリスのアーティスト、Chicaneの「No Ordinary Morning」が流れている。青白い空に浮かぶオレンジ色の灯りが大きくなってきた。

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ふかわりょう

1974年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学在学中の20歳でお笑い芸人としてデビュー。長髪に白いへア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。後の「あるあるネタ」の礎となる。以降、テレビ・ラジオほか、ROCKETMAN名義でのDJや執筆など、その活動は多岐にわたる。近著に『日本語界隈』(ポプラ社)、『スマホを置いて旅したら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)などがある。

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