ふかわりょうの思い出をつなぐ、オフコースのカセットテープと夏休みの風景〈オフコース / 愛を止めないで〉
ふかわりょうが綴(つづ)る、心に染みる記憶をたどる「旅と音楽」エッセー
選曲・執筆を担当するのはお笑い芸人、ミュージシャン、DJ、エッセイストと多才ぶりを発揮する、ふかわりょうさん。今回は、お兄さんが好きだったというオフコースの音楽から、ご自身の思い出をしみじみと振り返っていただきました。
音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを4曲紹介します。
1. オフコース / 愛を止めないで
兄の部屋で、家族旅行で、いつもオフコースが流れていた
東京湾を貫くトンネルも、海に浮かぶ蛍もいない頃、港に漂う刺激臭に包まれる私の体内には、喜びと不安とが蠢いていた。お盆の帰省。フェリーに乗るのは嬉しいけれど、船酔いをするかもしれない。でも、これを越えれば夏のビーチが待っている。
父の運転する黄色いサニーが、鉄板を越え、大きな白い船に吸い込まれてゆく。油の臭いから逃げるように、ところどころ塗装の剥(は)げた細い階段を駆け上がる。ゴーンゴーンと鉄板を揺らして続々とやってくるクルマがカラフルなチューインガムのように並んでいる。霧笛を鳴らし、ゆっくりと港を離れるカーフェリー。私は、甲板の手すりにつかまって、船体の縁に戯れる白い泡を眺めていた。横須賀の久里浜から千葉県の金谷まで40分ほど。その日は天候に恵まれ、唇を変色させることなく、港が見えてきた。
祖父母のいる館山まで走る海沿いの道。三人兄弟の末っ子の私は、いつも後部座席の真ん中に座っていた。迫り来る山々は、地元の横浜で見るそれとは違い、山肌が露(あら)わになっている。荒削りでゴツゴツした鋸山(のこぎりやま)。効きの弱いクーラー。クルマの中はいつも優しい声が漂っていた。オフコースの曲。特に真ん中の兄は几帳面で、タイトルをレタリングし、雑誌の切り抜きなどを封入したオリジナルのカセットテープをケースに入れて持参していた。いつも兄の部屋は、オフコースの音が流れていた。
"君の人生がふたつに分かれてる
そのひとつがまっすぐにぼくの方へ
なだらかな明日への坂道を駆け登って
いきなり君を抱きしめよう"
まだ恋愛をしたことのない私の体内に、オフコースの音が注がれていった。
やがて、人を好きになり、手をつないだりするようになると、あの頃注入されていた音や言葉が共鳴し、改めて自分でも聴くようになった。
兄のようにうまくカスタマイズはできなかったけれど、レンタルCDを借りてカセットテープにダビングしたり、お小遣いをはたいてアルバムを買ったり。今は、頻繁に聴くわけではないけど、写真のアルバムを開くように、時々聴きたくなったり。聴くだけで、とびだす絵本のように、あの日の光景が蘇(よみがえ)るのは誰もが経験しているだろう。「愛を止めないで」を聴くと蘇る光景がいくつもある。外房の海の色。夏の匂い。写真もあまり残っていない、帰省の夏の記憶が、この中に詰まっている。
渋滞も激しかった。運転するわけではないのでそれほど苦じゃなかったけれど、記憶の中ではなぜか、キラキラと輝いている。
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ふかわりょう
1974年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学在学中の20歳でお笑い芸人としてデビュー。長髪に白いへア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。後の「あるあるネタ」の礎となる。以降、テレビ・ラジオほか、ROCKETMAN名義でのDJや執筆など、その活動は多岐にわたる。近著に『日本語界隈』(ポプラ社)、『スマホを置いて旅したら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)などがある。
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