ふかわりょうが両親とのドライブ旅行で絶対にかける、珠玉の音楽〈パーシー・フェイス・オーケストラ / 夏の日の恋〉
ふかわりょうが綴(つづ)る、心に染みる記憶をたどる「旅と音楽」エッセー
選曲・執筆を担当するのはお笑い芸人、ミュージシャン、DJ、エッセイストと多才ぶりを発揮する、ふかわりょうさん。今回は、ご両親との湯河原温泉へのドライブ旅行と、その際に必ずかけるという「いつもの音楽」について書いていただきました。
音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを4曲紹介します。
2. パーシー・フェイス・オーケストラ / 夏の日の恋
湯河原への温泉旅行、親子3人だけの静かな時間
車窓が青く染まると、ハンドルを握る私は、勇気を出して口にする。
「いつものCDあるけど、かける?」
すると、後部座席から、おお聴こうかという言葉が返ってきた。
かつては後部座席の真ん中に座っていた私も、免許を取得し、やがて自分のクルマを運転するようになった。最初に購入したのはトヨタのハイラックスサーフ。都市型SUVがはやっていたのだけれど、周囲の反応は微妙だった。そんなある日、街中で見掛けたフォルクスワーゲンのニュービートルに一目惚れ。やってきた左ハンドルの黄色いクルマとの生活が始まった。そこに、アメ車の真っ黒なダッジバンが加わり、両親、そして兄家族と旅行に行くこともあった。ルームミラーに映っていた甥や姪たちも成長し、勢揃いするのが難しくなると、両親と3人で行く機会が増えた。奥久慈、河口湖、修善寺。中でも湯河原は何度も訪れた。
横浜市港北区の実家から第三京浜都筑インターに乗り、数年前にできた港北ジャンクション経由で東名へ。厚木で小田原厚木道路に入り、両脇に広がる平塚の平野を越え、小田原のパーキングで休憩。晴れていれば富士山がポッカリと浮かんでいる。
黄色いみかんを積んだクルマは、やがて海にぶつかる丁字路を右折。右手にみかん畑、左に広大な海を眺めながら何度かトンネルを抜けると、サーファーたちが浮かぶ、湯河原の浜。
どこかに立ち寄ることもなく、蛇行する狭い坂道を上ると、宿の看板が見えてきた。畳が香る中、仲居さんの相手を両親に委ね、私は浴衣を持ってすぐ温泉に向かう。まだ誰もいない露天風呂で深く息を漏らすひととき。かつて一緒に入っていた甥っ子も、もう20歳。
部屋に戻った浴衣の私と入れ替わるように両親2人が温泉に向かうと、フロントから届けてもらった氷山からいくつか角張った氷をグラスに放り込み、途中で調達した曽我梅林の梅酒を注ぐ。両親が戻ってくるまで、川のせせらぎを感じながら、開いた本に目を落とす。
結婚して60年になる両親と、一人暮らしを続ける私の間に、料理長自慢の品がやってくる。尽きない会話、ことに時事問題や昔の話になると、父は饒舌(じょうぜつ)になる。木桶の氷の上で酒瓶が横になっている。
畳の上に並んだ布団の上で、壁の照明スイッチをパチパチしている音を耳にする。川の字になって目を瞑(つむ)りながら、夜中、誰かがトイレに向かう物音が聞こえてきたり。
翌日は、町立美術館や万葉公園を散策。ちぼりのスイーツを載せて湯河原の街から小田原へ向かう。そんな両親との旅行で欠かせないものがあった。パーシー・フェイス・オーケストラのアルバム。これを必ずクルマに積んでおく。
「夏の日の恋」はおそらく誰もが耳にしたことがあるだろう。海沿いのドライブにぴったりの曲だ。父のゴーサインを合図に、銀色のドーナツをデッキに食べさせると、流麗な音色があふれてきた。パーシー・フェイス楽団が奏でる珠玉のナンバーは、映画音楽が多い。ブルー・ムーン、雨にぬれても、バリ・ハイ。メロディーを口ずさむ、父の声が聞こえてきた。
もう25年ほどDJを続けているが、旅行中の車内で曲を流すときが最も緊張する。タイミングや音量を誤ると、「ちょっと音量下げてくれ」と言われてしまうから。
大学でタンゴサークルに所属し、ピアノやバイオリンも弾く父。よく家で練習していたが、今は楽器に触ることもなくなった。
「これ何の映画だっけ?」
母の声が聞こえる。
脳内のスクリーンには何が映っているのだろう。海面に反射する光と戯れるサーファーたち。『いそしぎ』のテーマ曲「The Shadow of Your Smile」が流れ始めた。
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ふかわりょう
1974年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学在学中の20歳でお笑い芸人としてデビュー。長髪に白いへア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。後の「あるあるネタ」の礎となる。以降、テレビ・ラジオほか、ROCKETMAN名義でのDJや執筆など、その活動は多岐にわたる。近著に『日本語界隈』(ポプラ社)、『スマホを置いて旅したら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)などがある。
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