文=最果タヒ / 編集=神保勇揮 / イラスト=若林 萌

最果タヒがナンバーガールを聴いて気付く映えない世界の刺激〈NUMBER GIRL / delayed brain〉

詩人の最果タヒさんがドライブミュージックをテーマに思い入れのある4曲を紹介!
最果タヒ

詩人の最果タヒさんが選ぶ2曲目は、2022年に再解散したNUMBER GIRLの楽曲。「こんがらがってる In my brain」という歌詞のリフレインが印象的な同曲から、生暖かい、少しぼんやりしがちな春のドライブにおける刺激、面白さの感じ取り方を教わったといいます。 音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを紹介します。

目次

【2曲目】
NUMBER GIRL / delayed brain

ここは生活横断車道

映えない世界のほうが好きで、彩度の低い別に奇麗ではない花の写真とか、好きだ。気だるい春の温もりとか、中途半端な光とか。車窓から見えるものも、夜景や象徴的なランドマークなんかもそれなりに好きだが、別になんてことはない景色が流れてきては去る時間が私は好き。生ぬるい世界の生ぬるさの中で息をして、それが人生であるということに、私はむしろこんなとき、とても刺激を感じる。映えてしまえば、その見た目で満足しておしまいだけど、そうでないときどこまでも目に流れ込む景色になんとか興味を持ちたくて、集中力が高まっていくのを感じる。ちょっとした変な看板とか、歩いている人の持っている鞄(かばん)が派手なこととか、そんなことが一つずつ気になっていって、いつもなら気にしないそれらを目で追っていく。そういう無数の生活の底なしの情報に、五感まるごとで飛び込んでいってしまう時間。

車から普通の街並みを見るのが好きです。普通ってなんなのかわからないけれど、でも、誰かの部屋の中を見せてもらったそんな日と同じくらい、車で走って、街を眺めているだけなのに、知らない誰かの内面を垣間見てしまった気がすることはある。それに、どきどきする、どきどきすることがいつもとても嬉しい。

「delayed brain」をそんな日は聴きたくなります。もともと昔から、春になると必ずこの曲を聴いていた。それは、きゅっと脳が冷やされてどうやってもセンチメンタルに振り切っていた冬から、生ぬるい春に急に放り出されて、極端な気持ち以外にも「私の感情」はあるんだということに面食らう季節に、この曲はとてもよく合うからだった。コントラストを強めなくても、生っぽさには生っぽさの面白さと刺激があり、むしろ生っぽいからこそ何もかもを切り捨てられず、全ての情報が頭に入ってくる。そんな生命に紐づいていながら、生きる人が鈍感になりやすいタイプの「鮮烈さ」を、そのまま拾い上げてそのままかっこいい音楽にしたような、そんな感触の曲だと思っている。

ドライブのための選曲のお話をいただいたとき、最初に思ったのが、車窓から何度も見ていた「スルーしてきた無数のなんてことはない景色」が私は実は結構好きだ、ということだった。知らない街の、チェーン店が並んでいるだけの駅前の道とか、古い遊具が少しだけある公園とか、サラリーマンがただ歩いているだけのビジネス街とか。私は好き。好きだったみたい。この曲を聴きたい、と選んでから、この曲を聴きながら見たい景色を連想したとき、ずっと完全に忘れていた、過去に出会った「なんてことはない景色」が頭の中にどんどん蘇(よみがえ)ってきた。きっと、覚えておくほどではなかったんだけど、でも、どれも好きだったな。どれもが本当は私にいろんなものを残して行って、でもそのことに生活に慣れている私は気付かなかった。音楽があれば、それらの鮮やかさが急に際立って感じられる。少しの塩で野菜の味がひきたつ、みたいなことかなぁ。昔、祖母の家に行くまでのバスから見る景色が好きだったんだけど(なんの変哲もなくて)、あのバスに乗って、この曲を今の私は聴きたいって思う。

最果タヒ

さいはて・たひ 1986年生まれ。詩人。中原中也賞、現代詩花椿賞などを受賞。主な詩集に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『天国と、とてつもない暇』『不死身のつもりの流れ星』などがある。最新刊は詩集の『落雷はすべてキス』。

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