わたしのドライブミュージック

最果タヒが車酔いと宇多田ヒカルから思い返す古い記憶〈宇多田ヒカル / Time〉

詩人の最果タヒさんがドライブミュージックをテーマに思い入れのある4曲を紹介!

最果タヒ
2024.02.26

文=最果タヒ / 編集=神保勇揮 / イラスト=若林 萌

2024.02.26

文=最果タヒ / 編集=神保勇揮 / イラスト=若林 萌

1年点検を受けると、だれにでもチャンス

詩人の最果タヒさんが選ぶ4曲目は、宇多田ヒカルが2020年にリリースしたシングル曲。小学生時代のドライブ体験と結びつく宇多田ヒカルの思い出から、自分の変わってしまった感覚、変わらなかった感覚、その両方の愛し方を語ります。

音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを紹介します。

【4曲目】
宇多田ヒカル / Time

私だけの足跡のある人生

小さなころ、車にあまり乗らなかった。家に車がなかったのもあるし、昔は私の車酔いがひどくて、家族が避けていたのもある。だからか車に乗ると今でも、自分が大人になった実感というか、子供の世界ではないところに辿り着いたような感覚になるのだ。

宇多田ヒカルは私が子供のころにとても好きになったミュージシャンで、それこそ車に少しも乗れなかった小学生の時期が彼女のデビューしたタイミングだった。今になって、車の中で彼女の歌声を聴いていると、私は自分がどれほど変わっても、どこかでは子供のころの細胞が残っていて、当時の自分のままで今の状況をちゃんと感じ取っているはずだと信じることができる。不思議だけれど、どれほど変わったかよりも、昔の私が残っている、と思えたほうがそれまで生きてきた時間の重さがはっきりと感じ取れるんだ。変わっていった自分だけを見ても、まるで別人として生まれ変わったような感覚になる。過去の細胞がまだ自分にはあると思うたびに、自分は変わりきれてないと思うたび、それでも見える景色が全く違うことに、人生の分厚さみたいなものを感じて、そんな分厚さはいつもさほど怖くはなくて、ふかふかの布団のように柔らかなものに思える。そこに飛び込んで眠るように、心地よさを感じている。

ずっと好きでいられるものがあることも嬉しいし、昔は好きだったけれどもう少しも好きじゃないものがある、というのも嬉しい。私は宇多田ヒカルの歌はずっと好きで、そして車は苦手だったけど今はむしろ好きになった。好きなものも苦手なものも、自分の人生にとっては雪面に残していく足跡のようなものだ。どこから来たのかを忘れずにいるために必要なもの。どこから来たのかなんて忘れても生きていけるけれど、自分がいる場所のことすら、足跡が見えなくなるとわからなくなる気がする。いつまでも、自分がここにいることを感じるために、私はずっと生きてきて、その時々の私はいろんなことを感じて、何かを好きになったり嫌いになったりしてきたのかもしれない。宇多田ヒカルの歌を車の中で聴いていると、そんなことを考えてしまう。別に全ての人生が好きなシーンで埋め尽くされているわけではなくて、むしろ叫びたくなるくらい恥ずかしいことがたくさんあったけれど、今の私には私の「人生」が必要で。現在地を知るために、私はずっと地図を描いてきているんだ。

そんなことを実感できるのは幸福だ。人によっては故郷を歩いて好きだった場所を再訪する時間とか、昔買ってもらったぬいぐるみをいつまでも大切にすることで得ている感覚なのかもしれない。私にとっては宇多田ヒカルの歌がそれで、そして車に揺られている時間、自分の地図を広げて、広げて、としているうちに、想像よりずっと大きくて詳細な地図が目の前に現れる。そんな日は過去も、それから未来も、明るい日差しに照らされたようにとてもよく見える。

最果タヒさんのプレイリスト

最果タヒ

さいはて・たひ 1986年生まれ。詩人。中原中也賞、現代詩花椿賞などを受賞。主な詩集に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『天国と、とてつもない暇』『不死身のつもりの流れ星』などがある。最新刊は詩集の『落雷はすべてキス』。

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