タクシーは楽しい! 最果タヒが愛する非日常ドライブ〈吉澤嘉代子 / 地獄タクシー〉
詩人の最果タヒさんがドライブミュージックをテーマに思い入れのある4曲を紹介!
詩人の最果タヒさんが選ぶ3曲目は、シンガーソングライターの吉澤嘉代子さんによる、一風変わった「タクシー」ソング。他の交通機関よりもちょっとお高い手段だからこそ、人によっては何歳になってもソワソワ、ワクワクしてしまうタクシー乗車の魅力を語ります。 音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを紹介します。
【3曲目】
吉澤嘉代子 / 地獄タクシー
非現実と現実のはざまにあるお祭りとしての音楽
タクシーは最高! 交通費としては高い部類だけど! でも、タクシーにはドラマがある! 私にはドラマがなくても、タクシーそのものにはドラマがあって、タクシーに乗るだけで現実がひび割れて、違うものに変わる。ストレスだとか日常の退屈だとかそういう重たいものを一撃で粉砕するような非日常がタクシーにはある。大人になっても、急いでいるとか疲れ果てているとかそんな理由でしか乗らなくなっても、それでもタクシーに乗った瞬間の、乗っちゃったー! やったぁ! みたいな気持ちは忘れたくない。
こんな細やかな、たとえばカーテンだとかランチョンマットにあるレースがとても凝っている作りをしているとか、そういう慣れてしまったり、日常に対するやる気を失ったらなんとも思わなくなってしまいそうな日常の内側にある「非日常」のことを(タクシーも多分この仲間だ)、人は簡単に見失うけれど、そういうものを、少し強めのフラッシュで写真を撮るみたいに光で掘り起こすことが、音楽にはできるのだ。たとえば吉澤嘉代子さんの「地獄タクシー」はそんな曲。タクシーを舞台に描かれる物語も私は好きだけれど、「タクシー」という単語で韻を踏むこと、タクシーそのものへの高揚感がどんどん積み上がるようなメロディが私は大好き。吉澤さんの音楽は、音楽そのものが生活や日常の起爆剤になる点に対していつもとてもポジティブな気がする。
歌はファンタジーでありフィクションであるとも言えるけど、それを聞く人を生活や肉体から引き離すことはできないもので(音楽を聴いていても目には自分の部屋や生活圏内のものがずっと見えているし、音楽を聴く「私」という存在はなんにも変わらないから)、どんなに非現実的でもその非現実は現実から浮くことはできず、むしろ現実と共にある。きっと、近所のお祭りのようなもの。吉澤さんの音楽はその「祭り」であることに、むしろとても夢を感じさせてくれる。単なる非現実で現実を忘れさせてくれることよりも、現実のつい忘れてしまいそうな小さな高揚感に、いつまでもリズムとメロディを与え、それを非現実の夢に繋げてくれる。吉澤さんの歌が私は好きだけど、それは「吉澤さんの歌がある私の生活が好き」ということとイコールなのだ。
タクシーは最高! もう乗っちゃえ! ……乗っちゃったぁ〜! 大人みたい!(もうとっくに大人だが?)みたいな気持ちのときに絶対に聴きたい曲だ。でも本当は、タクシーに乗った瞬間にタクシーのラジオから流れてきてほしい。そしたら本当に地獄行きに変更されそうで、最高だ。
最果タヒ1曲目 最果タヒがドライブ中に思い浮かべる「私以外パラレルワールド」の感覚〈相対性理論 / ミス・パラレルワールド〉
最果タヒ2曲目 最果タヒがナンバーガールを聴いて気付く映えない世界の刺激〈NUMBER GIRL / delayed brain〉
最果タヒ3曲目 タクシーは楽しい! 最果タヒが愛する非日常ドライブ〈吉澤嘉代子 / 地獄タクシー〉
最果タヒ4曲目 最果タヒが車酔いと宇多田ヒカルから思い返す古い記憶〈宇多田ヒカル / Time〉

最果タヒ
さいはて・たひ 1986年生まれ。詩人。中原中也賞、現代詩花椿賞などを受賞。主な詩集に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『天国と、とてつもない暇』『不死身のつもりの流れ星』などがある。最新刊は詩集の『落雷はすべてキス』。
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