最果タヒがドライブ中に思い浮かべる「私以外パラレルワールド」の感覚〈相対性理論 / ミス・パラレルワールド〉
詩人の最果タヒさんがドライブミュージックをテーマに思い入れのある4曲を紹介!今回選曲を担当するのは、詩人であり、かつ音楽への愛情が深く、[Alexandros]やLittle Glee Monsterなどへの作詞提供もある最果タヒさんです。1曲目は相対性理論の「ミス・パラレルワールド」。運転免許を持たない最果タヒさんが描く、ドライブ中に目まぐるしく移り変わる風景を、いつもと違った感覚で味わえるようになるエッセイをお楽しみください。 音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを紹介します。
【1曲目】
相対性理論 / ミス・パラレルワールド
私以外すべてがパラレルワールド
車は運転もしないし、乗るのは大抵タクシーかなと思う。タクシーから見る世界は、いつも世界というもののページをめくっていくような、そんな感覚になる。運転ができないということは、車窓から見える世界のスピードにいつもついていけないということで、ドライブに合うとされる爽快な曲が「ドライブに合う!」と思えたことがない。音楽を聴きながら、車窓を見るのは好きだけれど、どちらかと言えば淡々と時間が過ぎていく、そんな音楽が好きだ。
東京都心はパラレルパラレルパラレルパラレルパラレルパラレルワールド。
この話をいただいたときに最初に思い浮かんだのは相対性理論の「ミス・パラレルワールド」だった。車に乗っているといつだって、車の中の空間だけが私の現実でその外側は、別世界、パラレルワールドだと思う。本当はどこにも行けないのかもしれない。車が止まれば私の現実と外の世界は交差するけれど、そっちのほうが魔法みたいなことで、車に乗っているときだけ、私は自分の現実の純度を高めることができるのかもしれない。このほうが本当はずっと自然なのかも、とさえ思う。あんな不思議で、情報量が多すぎる世界にいつもは私もいるんだなって窓から世界を見ていて怖くなる。世界なんて、パラレルワールドくらいでいてくれたほうがいいよ。
走る車から見ていると、見えている景色全てが自分とは全然関係ないもののように感じる。東京の夜景なんて特にそうだ。カードを切っていくように、車窓から見える景色は変わるし、私はどの景色にも懐かしさも親しみも感じない。自分は車に乗らないであの中を歩くこともあるはずなのに、なんでそんな恐ろしいことをいつも平気でできているのだろう、と思う。どこに住んでいても、どこに帰っても、私はいつもほんのり「早く帰りたい」と思うけれど、そういえば、こうやって世界の景色から切り離されて、全てをパラレルワールドだと思いながら車で移動しているときだけは帰りたいと思わない。
もしかしたらさまざまな世界と、切り離されている車の中が私にとって「故郷」だったりするんだろうか、なんて思う日もあります。
最果タヒ1曲目 最果タヒがドライブ中に思い浮かべる「私以外パラレルワールド」の感覚〈相対性理論 / ミス・パラレルワールド〉
最果タヒ2曲目 最果タヒがナンバーガールを聴いて気付く映えない世界の刺激〈NUMBER GIRL / delayed brain〉
最果タヒ3曲目 タクシーは楽しい! 最果タヒが愛する非日常ドライブ〈吉澤嘉代子 / 地獄タクシー〉
最果タヒ4曲目 最果タヒが車酔いと宇多田ヒカルから思い返す古い記憶〈宇多田ヒカル / Time〉
最果タヒ
さいはて・たひ 1986年生まれ。詩人。中原中也賞、現代詩花椿賞などを受賞。主な詩集に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『天国と、とてつもない暇』『不死身のつもりの流れ星』などがある。最新刊は詩集の『落雷はすべてキス』。