1980年代の白い初代トヨタ・ソアラが緑豊かな背景の中を走行している
文=下野康史/撮影=荒川正幸

トヨタ・ソアラ(初代・MZ11型)の特選旧車レンタカーをドライブ。“ハイソカー”のさきがけは、今なおゴージャスだった #30

自動車ライター・下野康史の旧車レンタカー試乗記
下野康史

トヨタが1981 年に発売した、初代ソアラ(MZ11型)の特選旧車レンタカーに試乗。トヨタが高級パーソナルカー市場に初参入したモデルで、当時の若者にも人気となり、1980年代のハイソカーブームのきっかけとなった一台です。そんなソアラのレンタカーを自動車ライターの下野康史さんが借り受け、走りをレポートします。

目次

試乗コースはアウトバーンだった

ベージュのツートンカラーの初代ソアラ。前面に『SOARER』のエンブレムと日本のナンバープレート『19-85』が付いている

「Vintage Club by KINTO」でお借りした特選旧車レンタカーのソアラは1982年式で、グレードは専用本皮革バケットシート、テクニクス製オーディオなどを装備した2800GTリミテッド。車検証に記載された車両重量は1320kg。初代ソアラの登場時の価格は166万2000円~293万8000円だった
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初代ソアラのリアビュー。駐車場に停車中で、背景に黒い建物と緑の植栽

トヨタが、高級パーソナルカーに初参入したモデルが初代ソアラ。「今までの技術を超えた最高級スペシャリティーカー」として、卓越した動力性能と操縦性能、サルーンの快適性を併せ持った、スーパーグランツーリスモ(当時のプレスリリースより)としてデビューした
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日本車で初めて「ワールドクラス」をアピールしたクルマが、81年登場の初代ソアラだった。チーフエンジニア自ら、メルセデスのSLクーペやBMW6シリーズのようなドイツの高性能クーペに比肩するクルマをつくりたかったと語り、ジャーナリストをドイツに招いて試乗させたのも、日本車としては初めてだった。筆者も自動車専門誌の新米編集部員だった当時、編集長のカバン持ちとしてテストドライブに参加し、アウトバーンを2日間にわたって走り回った。

あれから44年、まさにエポックメイキングだった初代ソアラを、「わ」ナンバーで用意しているのは、この連載でおなじみの“Vintage Club by KINTO”である。新車と見まがう外観の旧車レンタカーは、82年10月初度登録の2800GTリミテッド。ソアラ初出の2.8リッター直列6気筒DOHCエンジンを積むシリーズ最上級モデルである。
2.8リッターだから、3ナンバーになる。しかし、ボディーは幅も長さも5ナンバーに収まっていた。それでも、現役当時、格違いの贅沢さを感じさせたのは、2ドアのクーペだったからだろう。振り返ってみると、初代ソアラは80年代から国産車にブームを巻き起こした“ハイソカー”の草分けだった。

3ナンバー車のハードルを下げる

初代トヨタ・ソアラの車内。茶色の革張りシート、クラシックなダッシュボードが特徴

直線的なインパネ。今ではコンパクトカーでも採用されるなど一般的な装備となった液晶メーターだが、当時は先進的な装備として受け止められていた。オーディオは非オリジナル
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初代トヨタ・ソアラの車内。茶色のレザーシートが特徴的で、前席と後席が見える

張りのある革で覆われたシート。新車と変わらないコンディションを保っている
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大きなドアを開けて中に入ると、ダッシュボードなどの内装色はワインレッド。黒があたりまえの時代に、これも画期的だった。さらに驚きだったのは、針で示すアナログメーターがひとつもないエレクトロニック・ディスプレイである。LEDや蛍光管を使ったデジタル計器類は現在も完全に作動する。

猛暑日でもよく効くオートエアコンの操作盤はタッチスイッチ。我が家の温水洗浄便座は15年近く使って、タッチスイッチが不調になり、「止」を押しても出続けてパニックに陥ることがあるのだが、ソアラのタッチスイッチは完動で、感動した。

ケルンで借り出した試乗車で速度無制限のアウトバーンを走ったときは、160~170km/hで巡航できる高速性能の高さと静粛性に驚かされたが、この日は豊田市近郊の一般道を走り、高速道路には上らなかった。 

4段ATの自動変速に任せて、空いたカントリーロードを走っていると、初代ソアラは今でも快適なハイソカーである。アクセルペダルもブレーキペダルも軽い。KINTO旧車レンタカーのトリセツに従って、“エンジンをいたわる走り方”をしていれば、170PSの2.8リッター直6ツインカムはビンビン自己主張してくるようなタイプではない。

3ナンバー車の税金が高かったこともあって、2リッターを超える大排気量エンジン車はフツーの人が気軽に手を出せるものではなかった。そのハードルをグッと下げたのが、5M-GEU型エンジンの大きな功績だったと思う。

初代ソアラのエンジンルーム。ヘッドカバーには『TOYOTA DOHC』の表記がある

直列6気筒・ツインカムの5M-GEU型エンジンは、排気量2759cc。最高出力170PSを発揮する
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“速さ”だけじゃない

緑豊かな背景をバックに走行中の白い初代トヨタ・ソアラ(MZ11)。1980年代のクラシックな日本製スポーツクーペ

80年代からタイムマシンで現代に送られてきたかのように、良好なコンディションだったソアラ。80年代のゴージャスな雰囲気を体験するにはうってつけのクルマだ

81年登場時の価格は、最上級の2800GTエクストラATで293万8000円。いちばん高いクラウンよりは10万円ほど高かったが、それでも“ニッキュッパ”を思わせるお値打ち価格で、ましてや当時のドイツ製高級高性能クーペに比べたら、3分の1くらいという“桁違い”の安さである。

ソアラのターゲットは大企業の部長クラス以上の高給サラリーマンと言われたが、フタを開けてみると、はるかに財布の軽い若年層にアピールして、若者たちがほかの支出を削ってでも憧れの高級車を手に入れようとした。それが“ハイソカーブーム”である。 

あらためていま見ると、直線基調の2ドアクーペボディーは、端正で静かなデザインである。上屋のピラー類は細い。そのせいか、ボディーの剛性感の高さはドイツ車ほどではなかった。

角型ヘッドランプの顔つきも小顔でおとなしい。フロントグリルがデンと構えていたりしない。しかもドイツで乗った試乗車は、イメージカラーだったブラウン系ツートーンで、シックな街並みに溶け込んでしまうのか、撮影していても、一度も声をかけられることがなかった。ドイツ人は“新車好き”が多いはずなのに。

だが、そのへんはあくまで日本人好みで差し支えなかった。初代ソアラは国内専用モデルで、輸出されることはなかった。ソアラが本格的な国際商品になるのは、曲線的なデザインに宗旨替えして、レクサス・ブランドでアメリカ進出を果たす3代目からである。初代ソアラは内弁慶なワールドクラスだったのだ。

・ソアラのスペック(登場時)
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4655×1695×1360mm
ホイールベース:2660mm
エンジン:5M-GEU型 直列6気筒 2759cc
エンジン最高出力:125 kW(170PS)/5600rpm
エンジン最大トルク:235N・m(24.0kgm)/4400rpm
トランスミッション:4速AT
サスペンション形式(前/後):ストラット/セミトレーリング
タイヤ:195/70R14

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#29 マツダ・RX-7(FD3S型)の試乗記はこちらから

下野康史

かばた・やすし 1955年、東京都生まれ。『カーグラフィック』など自動車専門誌の編集記者を経て、88年からフリーの自動車ライター。自動運転よりスポーツ自転車を好む。近著に『峠狩り 第二巻』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)など。

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