トヨタ・カローラ(初代)に奈良で試乗。60年代のAT車は普段使いできそう #15
自動車ライター・下野康史の旧車試乗記トヨタが1966年から1970年まで販売していた初代カローラに試乗。ライバル車だった日産・サニーとともに大衆車の真打ち的な存在となり、モータリゼーションの立役者となりました。そんなカローラを自動車ライターの下野康史さんが奈良市の「まほろばミュージアム」で借り受け、走りをレポートします。
そろそろ還暦を迎えるものの、かくしゃくとしたコンディションの一台
奈良トヨタの小さな自動車博物館「まほろばミュージアム」から2台の展示車両を借りて、若草山のてっぺんまで走った。激坂のワインディングロードを無事、登りきった1967(昭和42)年式トヨタ・スタウトから乗り替えたのは、やはり67年式の初代カローラである。
人間なら還暦間近のオトシだが、こちらも内外装は新車と見まがう。この車は2016年にレストアされたもので、もともと程度のいい、“走れる状態”だったという。それでも、塗装はやり直し、内装はシートや天井を張り替えた。エンジンはヘッドガスケットがダメで、海外から部品を取り寄せた。この年式となると、もちろんトヨタにももう部品はない。
カローラが登場したのは66年。レストアが完成すると、カローラ生誕50周年を記念したイベントで、和歌山まで約100kmを走った。それくらいコンディションのいい個体だが、この日も撮影機材とカメラマンを乗せて、スタウトを先導した。57年前の車にまさか“カメラカー”をやってもらえるとは思わなかった。
2速ATながら、“オートマ”のありがたみはひとしお
初代カローラに乗るのは初めてである。しかもこの車は、当時としては珍しい“オートマ”だ。筆者が免許を取った74年でも、自動車学校の教習車はすべてMT車だった。だから、免許を取ってすぐ、知人の持つ日産グロリアのAT車を運転した時は、緊張した。
“トヨグライド”と呼ばれる初代カローラのATは、前進2速である。21世紀の最新型ATには8速や10速もあるのだから、今昔の差は大きい。だが、フロアセレクターを“D”に入れて走り出すと、感激した。なにしろそれまではスタウトのコラム4段MTやクラッチペダルと“格闘”とまでは言わないが、注力してきたのである。右足ひとつでスーッと動き出すオートマのありがたみはひとしおだった。実際、半世紀前は仕事でトラックのスタウト、マイカーはオートマのカローラ、という人がいたはずだ。その人は毎回この感激を味わっていたに違いない。
2速ATは滑らか。エンジンパワーは過不足ない
エンジンは1.1リッターの4気筒OHV。60psのパワーは過不足なく、流れのいい奈良の市街地でも引け目を感じることはなかった。2速ATだから、エンジン回転数は上がりがちだが、タウンスピードだと回転フィールは思いのほか滑らかで静かだ。気になるような変速ショックもない。1速と2速のあいだで自動変速するだけだから、そもそもショックの出る機会が少ないし。
こちらもステアリングはパワーアシスト無しだが、走っていればハンドルは軽い。握りの細いステアリングホイールも軽さを演出する。スタウトのように、据え切りの重さで顔が歪むようなことはない。
4輪ドラムブレーキをいたわって、若草山からの下りではLレンジ(1速)に入れ、エンジンブレーキを多用した。それでも、麓に下りると、ブレーキパッドの焼けるニオイがかすかに漂ってきた。なつかしいニオイだ。古さを感じさせたところといえば、それくらいである。
驚くばかりの“機械的な偏差値の高さ”
わずか10kmほどの試乗だったが、初代カローラの機械的偏差値の高さに驚かされた。まほろばミュージアムには、ほかに62年式クラウン、62年式コロナ、66年式トヨタ・スポーツ800、新しいところでは、80年代の初代MR2や90年代の初代スープラも動態保存展示されている。
レストアグループのリーダーKさんに、「このなかでもらえるとしたら、どれにしますか?」と聞いたら、初代カローラと答えた。同級生(同じ歳)ということもあるが、なによりフツーに乗れるところがいいという。
まほろばミュージアムの車は、奈良県内のイベントなどでお呼びがかかれば、自走していく。レストア作業は県内のトヨタディーラーから毎回、有志10人ほどを集めて行われる。旧車のレストアは経験値がものをいう。そうして、古い車を直す技術を伝承していくのが奈良トヨタの目指すところだという。
「まほろば」とは、「すばらしい場所、住みやすい場所」という意味だ。古都、奈良が古い車のまほろばになればおもしろい。
排気量1077㏄から60馬力を発生するK型エンジンを搭載する。「プラス100㏄の余裕」という有名なキャッチコピーで、先行してデビューしたサニーなどのライバル車に対抗した
まもなく還暦を迎えるカローラだが、レストア後日本一周を無事すませるなど、21世紀の交通環境でも不安を抱かせないコンディションだった
下野康史
かばた・やすし 1955年、東京都生まれ。『カーグラフィック』など自動車専門誌の編集記者を経て、88年からフリーの自動車ライター。自動運転よりスポーツ自転車を好む。近著に『峠狩り 第二巻』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)など。