その旧車、レンタルさせてください

トヨタ・スタウト(2代目)を奈良で試乗。内外ともに新車かのようなコンディション

自動車ライター・下野康史の旧車試乗記

下野康史
2024.05.28

文=下野康史/撮影=荒川正幸

2024.05.28

文=下野康史/撮影=荒川正幸

トヨタが1960年から1979年まで販売していたピックアップトラックのスタウト(2代目)に試乗。高度経済成長期まっただ中からオイルショックまで、大きく変貌していった当時の日本の津々浦々を走り回り、生活を支えてくれた車でした。そんなスタウトを自動車ライターの下野康史さんが奈良市の「まほろばミュージアム」で借り受け、走りをレポートします。

動態保存される“ミュージアムコンディション”のスタウトに試乗

旧車好きならぜひ訪れてみたい奈良の新名所が「まほろばミュージアム」である。カローラ、クラウン、セリカのいずれも初代モデルや、“ヨタハチ”ことスポーツ800をはじめ、古いトヨタ車に接することができる小さな自動車博物館だ。
今のところ10台ほどと小所帯だが、このミュージアムのすごさは“動態保存”であること。奈良トヨタのメカニックがレストアした展示車はすべてナンバー付きで、21世紀の路上にいつでもワープできる。この連載のテーマである“旧車レンタカー”ではないが、日本車の販売会社がここまで旧車にコミットしている例はほかにないだろう。
今回、まほろばミュージアムのなかでもひときわ異彩を放つ1967(昭和42)年式スタウトのハンドルを握らせてもらった。

スタウトの外観

奈良市のまほろばミュージアムで特別にお借りした1967年式のスタウト。連続ドラマ『北の国から』で、田中邦衛が演じる黒板五郎が愛車にしていたのも同型のスタウトだった。スリーサイズは全長4670mm×全幅1695mm×全高1750mmで、車両重量は1360kgだった。発売時の車両価格は61万5000円(東京での価格)
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スタウトのリア部分

車名であるスタウトは、英語の「stout(強い、頑丈な)」が由来
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60年近い車齢に対して、走行距離は非常に少ない

スタウトは1960~70年代に活躍したトヨタの小型トラックである。ハシゴ型フレームのフロント部にエンジンを搭載するボンネット型トラックという意味では、いま人気のハイラックスの先祖ともいえる。
このスタウトはもともとある宗教団体が長年、倉庫に保管していたものだったという。ボディーは運転席から前しかなく、北海道で見つけた錆だらけの荷台を修復して組み付けた。黒に塗り替えられていた外装色はオリジナルのブルーに戻した。走行距離はわずか500kmだったので、エンジンなどの機関には手がかからなかったが、燃料ホースやゴムキャップなどは経年劣化していたため、ホームセンターで代替品を探した。ステッカー類やリアの反射板やバンプラバーなどは、カタログの写真を見て自作した。

スタウトのインパネ

オプションのヒーターも非装備とシンプルなインテリア。ステアリング内側にある半円状のリングはホーンのスイッチ
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スタウトのシート

商用車だけあって、ビニールが張られたシートは非常に簡素だ。ベンチシートかつコラムシフトのため、3人で座ることができる
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コラムMTが当時流。ノンパワーのハンドルは据え切りでは重い

スタウトという車を間近で見るのは、筆者も初めてである。子どもの頃、ダイハツ・ミゼットやマツダの三輪トラックやトヨエースは見慣れていたが、このトラックは記憶にない。だから、ほかに比較する材料はないのだが、11か月かけてレストアされたスタウトは、内外観ともまさに新車そのものである。
93psを発生するエンジンはガソリンの2リッター4気筒OHV(5R型)。試乗前にすでに暖まっていたので、キーひとひねりでかかった。アイドリングは多少バラついているが、このあとも気難しいところはまったくなかった。
直径41cmの大きなハンドルの左側から4段コラムシフトのレバーが突き出している。74年に筆者が免許を取った時、教習所のセドリックが4段コラムだった。クラッチペダルはさして重くないが、ハンドルは重い。Uターン時の据え切りでは、腹筋も動員する必要がある。
4ナンバーの小型トラックといっても、ボディー全幅(1695mm)は小型車枠いっぱい。横並びで定員3名の室内はけっこう広い。その車室はラダーフレームの上に載っているので、座面やアイポイントも高めだ。サニートラックのような低さやコンパクト感はない。
おそらく世界で一番程度のいいスタウトである。なにかあったらコトなので、レストアチームのリーダー、奈良トヨタのKさんに同乗していただく。雨上がりの奈良市街を抜けて、若草山へ向かった。

世界で一番程度のいいスタウトで若草山へ。コンディションの素晴らしさは新車のよう

スタートしてすぐ、クラッチミートをミスってエンストしたが、それ以後はうまくいった。動き出せば、ハンドルは重くない。ただ、ステアリングギヤ比はスローで遊びも大きいから、ハンドル操作からは気が抜けない。ドラムブレーキの利きが甘いことをKさんは心配していたが、空荷なので、タウンスピードでとくに気になることはなかった。60年代の車だと、乗用車でももっと利かないブレーキがある。
最大積載量1750kgの空荷トラックだから、とくにパワー不足は感じない。ローのギア比が低く、発進時はすぐにエンジンが回りきってしまうため、変速操作は忙しいが、奈良市街の整然とした流れにフツーについていける。若草山に至る激坂ワインディングロードも、ビリビリいう感じの特徴的な排気音を立てながら、無事、上りきった。
このカタチのスタウトが登場したのは1960年である。運転してみると、エンジンも足まわりも、もちろん“昔のクルマ”には違いないが、機械のコンディションは素晴らしくて、限りなく新車に近いのではないかと思われた。トラックは働く車だから、ほとんどの場合、残らない。それを見事に復元した貴重なー台である。
若草山の山頂駐車場で、まほろばミュージアムがレストアしたもうー台の動態保存車に乗り換えた。その話はまた次回に。

スタウトのエンジン

排気量2リッターの5R型・直列4気筒OHVエンジンを搭載。荷物を満載する商用車らしいローギアードの設定も手伝って、若草山へのタイトな山道も難なく走り切った

スタウトが走る姿

試乗した際の積算距離は1,300km。60年間新車のまま、眠りから覚めたかのようなコンディションの良さに驚くばかりだった

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トヨタ・スポーツ800の試乗記はこちらから

下野康史

かばた・やすし 1955年、東京都生まれ。『カーグラフィック』など自動車専門誌の編集記者を経て、88年からフリーの自動車ライター。自動運転よりスポーツ自転車を好む。近著に『峠狩り 第二巻』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)など。

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