ホンダ・S800を新潟・三条で試乗。ひととき昭和にタイムスリップ #12
自動車ライター・下野康史の旧車試乗記ホンダが1966年から70年まで製造していたS800に試乗。“エスハチ”の愛称でも親しまれ、小さなボディに高性能なツインカムエンジンを搭載した精密機械のようなスポーツカーでした。そんなS800を自動車ライターの下野康史さんがレンタカーとして借り受け、走りをレポートします。
新潟・三条で60年代のスポーツカーを試乗できる
新潟県の三条市に「KYOWAクラシックカー&ライフステーション」という私設博物館がある。100台の車を始めとして、昭和のなつかしい工業製品を集めた、いわば“昭和のモノ博物館”である。そこで車の試乗もできると聞いて、訪ねてみた。
自動車博物館に居並ぶ車に乗ることができたら!? というのは車好きの夢かもしれない。事前予約制で、1台15分(3000円、JAF優待の場合は2750円
)、雨天は中止、自動車ディーラーでの試乗同様、ガイドの同乗という条件付きながら、試乗車として用意されていたのはホンダS800、トヨタ・スポーツ800、いすゞ117クーペの3台。今回は1960年代に登場した国産スポーツカー2台を借りて、つかの間の昭和タイムスリップを味わった。
ウインカーやワイパーの操作は英国車風
ホンダS800が発売されたのは1966(昭和41)年1月のこと。63年の10月にまずS500が登場し、64年3月にはS600が出た。今から60年も前の話だが、こんな短期間に次々と排気量の大きなモデルが出てくることを、当時の人はどう受け止めたのだろう、と思う一方、マーケティングよりエンジニアリングが際立つ“ホンダカラー”はこのころから発揮されていたのか、という気もする。
輸出市場も意識したS800はSシリーズとしては最もポピュラーなモデルで、70年まで生産された。リアにテールゲートを持つ“クーペ”もあったが、KYOWAの試乗車は一般的なオープンボディーで、登場年の66年式。つまりエスハチの“基本”ともいうべきモデルである。
すでにエンジンのかかっていた車に乗り込み、スタートする。ステアリングはノンパワーだが、さして重くない。クラッチペダルも重くない。ウインカーレバーはハンドルポストの左側に付いている。輸入車と同じだ。右側にレバーはなく、ワイパースイッチはダッシュボード中央にある。右ハンドルでも英国車流だ。初めて運転するなら、わかった人に同乗してもらうほうがたしかにいいだろう。
運転操作の動線の短さが、車との一体感を生む
791ccのエンジンは、この時代の国産車ではほかに例のない4気筒DOHC。各気筒に1個のキャブレターを備える4キャブで、70psの最高出力を8000rpmで発生する。今で言う“レベチ”な高回転高出力ユニットだった。だが、試乗車は、不慣れな人でもエンストさせることがないようアイドリング回転数を1800rpmに上げてあり、本来のエンジンフィールを味わうことはできなかった。
市販第一号のS500以来、Sシリーズは後輪をバイクのようにチェーンで駆動した。初期型ホンダSの技術的特徴のひとつである。一般的なプロペラシャフトに改められたのはS800時代に入ってからの66年5月。筆者もチェーン駆動は初体験だったので、たとえば発進時の音や挙動はどうなのか、興味があったが、アイドリングの音と振動にかき消されて、とくに違いを感じ取ることはできなかった。
だが、快晴のこの日は絶好のオープンカー日和。コンパクトなコクピットの中にいるだけで心地よかった。4段MTのシフトレバーは、カチッとした剛性感を持ち、短いストロークで確実に作動する。最新型シビック・タイプRのシフトフィールよりスポーティーかもしれない。しかも、小さなシフトノブを握ったまま、親指を伸ばせば、ハンドルにさわれる。それくらい運転操作の動線が短い。それが車との一体感を生んでいる。まさにスポーツカーである。
Sシリーズが生まれた60年代は本田宗一郎率いるホンダが初めてF1に参戦した時代でもあった。四輪車メーカーとして走り始めて間もない当時のホンダは、まさにレースをやるために市販車をつくっているような、フェラーリみたいな会社だった。実物のエスハチに触れると、あらためてそんなことにも思いを馳せることができる。
そうしたチャンスを与えてくれる「KYOWAクラシックカー&ライフステーション」とはどんな施設なのか、次回はもう1台の試乗車、トヨタ・スポーツ800の紹介と合わせてリポートします。
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下野康史
かばた・やすし 1955年、東京都生まれ。『カーグラフィック』など自動車専門誌の編集記者を経て、88年からフリーの自動車ライター。自動運転よりスポーツ自転車を好む。近著に『峠狩り 第二巻』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリより、ロードバイクが好き』(講談社文庫)など。