文=佐藤アケミ

駐車場精算機での踏み間違い事故…無自覚の危険性と防止策

交通事故鑑定人、熊谷宗徳はこう見た
熊谷宗徳

元千葉県警察の捜査官で、現在は「交通事故調査解析事務所」の代表を務める交通事故鑑定人・熊谷宗徳氏が、注目された交通事故についてその背景や事故防止策について解説する新連載。
2019年5月、千葉県市原市の公園で、痛ましい事故が発生した。保育園児らが遊んでいた公園にスピードを出したクルマが進入し、保育士が負傷。原因は、65歳の男性が駐車場から出庫する際、精算機の前でブレーキと間違えてアクセルを踏み込んだことだ。この事故から、駐車場におけるアクセル踏み間違い事故の実態、背景にある原因の一端、そして事故防止に向けた対策を学ぶ。

目次
  • 写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
    本件は熊谷宗徳氏の見解であり、JAFの見解とは異なる場合があります。

駐車場精算機でアクセルを誤って踏み込んでしまった事故

2020年2月14日配信の産経新聞によると、千葉県市原市内の公園にクルマで突っ込み、保育士の女性(30)にけがを負わせたとして、自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)の罪に問われ、被告は起訴内容を認めている。検察側は禁錮1年2月を求刑し、弁護側は運転免許証の返納を情状酌量の理由としていた。
https://www.sankei.com/article/20200214-M5UUXEZIOBLZXL6IQQOPOGFP5U/
熊谷宗徳氏は、この事故の現場を実際に調査したという。そして、鑑定人としての経験から、「駐車場出口で料金を支払う際にアクセルを誤って踏み込んでしまった事故だ。出口の先には6mほどの道路があり、そこから20mほど先は公園になっている。公園の砂場には段差があったが、車はその段差まで乗り上げてしまっていることから、かなりのスピードが出ていたと考えられる」と分析する。

料金所

普段から問題なく使用している駐車場精算機でも、わずかな操作ミスで大きな事故へとつながることも

踏み間違えの一因は「がに股」の場合も? 無自覚のうちに変わる体形、反応速度、視野

熊谷氏は、「駐車場は事故が頻発する場所の一つ」と断言する。駐車場内では、発進、停止、方向転換など短時間の間に複雑な操作が求められることが、その原因だ。また、今回の事故で加害者となった人物の年齢は65歳。この年齢は前期高齢者とされ、認知機能や身体機能、とくに視力や聴力の低下によって駐車場での事故リスクが高まっていた恐れも考えられる。

一般的に、緊急時などの反応速度は、加齢に伴い低下するといい、危険を察知してからブレーキを踏むまでの時間が長くなることで、緊急時の事故につながるリスクが高まるという。熊谷氏によると「『危ない!』と思ったとき、若年者と高齢者が(回避のために)ブレーキやアクセルを踏む反応速度には違いがあります。たとえば、速度40kmで走っていても若者が約0.7秒前後でブレーキを踏むのに対し、高齢者の場合は、過去の判例でも1秒や1.2秒だったという結果があります。その差、約0.5秒は、時速40kmのスピードが出ていたとすると、5m、6mといった走行距離になる」と指摘する。また高齢者の場合、体が硬くなったり、体形が変わったりすることで無自覚のうちに運転姿勢をキープすることが難しくなったことが、結果として操作ミスにつながることも考えられる。

さらに熊谷氏は、「高齢になると、筋力の低下などが原因で、運転姿勢がいわゆる『がに股』になりやすい」と指摘する。膝や足先が外側を向く「がに股」になることで、ブレーキペダルに足を置いていても、足先がアクセルペダルに接近。とっさにブレーキを踏まなければならない事態で踏み間違いが起こる危険性が想定される。さらにアクセルやブレーキを踏む感覚が鈍くなることも、踏み間違いや操作ミスを引き起こす原因となることが想定される。

駐車場のほか、高速道路の料金所も危険な場所の一つだという。ETCを利用せず、料金を支払うために車を寄せる際、視野の低下や認識力の衰えから態勢を崩し、事故につながるケースが後を絶たないという。ドライブスルーも同様に、車を寄せる動作が負担となる場合があるようだ。

ただ、今回は高齢者が事故を起こしてしまったケースだが、どんな年齢層でも、不慣れな駐車場や急いでいる状況などでは、同様の事故を起こす危険性がある。心理的な要因も見過ごせない。予期せぬ事態に遭遇するとパニックに陥り、適切な対応ができなくなることがある。自分の運転技術を過信したり危険な状況を軽視したりすることも事故につながる。後続車にあおられたり時間に追われたりすることで焦って運転し事故につながることもある。

「がに股」ブレーキのイメージ

下肢の筋肉の衰えや関節の硬化などが原因で膝関節が外側に開く、通称「がに股」になると、つま先が外側を向き、無自覚のうちにペダル操作に悪影響が出る危険性が

交通事故鑑定人・熊谷宗徳の見解

・事故防止の対策は「クルマを停止したら必ずギアをパーキングに」

駐車場でのアクセル踏み間違い事故を防ぐためにはまず、車を停止したら、必ずギアをパーキング(P)に入れる習慣を徹底する。とくに、料金所やコインパーキングでの精算時など一定時間の停車が見込まれる場合は、パーキングに入れることで、誤発進を防ぐことができる。また、アクセルとブレーキを踏み間違えないよう、丁寧に操作することはもちろん、駐車場など細かい操作が必要な場所では、特に発進時はじんわりと慎重にアクセルを踏み込むように心がけたい。

・正しい運転姿勢は安全の一歩…メーカーでは膝の開きを防止する商品も

「膝が開いてしまう『がに股』については、市販のサポートクッションを活用し、正しい運転指定を保つことも有効」と熊谷氏は話す。膝が開いてしまう状態を横から支えることで正しい姿勢に抑えてくれるという商品で、運転席に設置することで事故を抑止する一助となるそうだ。

運転への過信と安全意識の重要性「私の調査では、クルマの誤作動が理由の事故は1回もありません」

駐車場でのアクセル踏み間違い事故は、高齢者だけでなく、すべての運転者に起こりうる事故だ。これまで安全運転を徹底的に心がけてきた運転者であっても、その経験が過信となり、事故につながるケースもあるという。熊谷氏は「事故を防止するためには、運転者自身の安全意識の向上、運転技能の維持、安全運転支援技術の活用など、幅広く対策を講じる必要がある」と強調。そして「事故をブレーキ等の誤作動だと主張するドライバーがいるが、少なくとも私の調査では、クルマの誤作動を理由に事故になったというケースは、これまで1回もない」とも語る。「過信」と「慣れ」は事故につながると自覚することが、安全運転への第一歩となる。

熊谷宗徳

くまがい・むねのり 元千葉県警の交通事故捜査官で、現在は交通事故鑑定人として活躍している。1993年に市川警察署に配属され、交番勤務を経て交通課事故捜査係などに所属。1999年には巡査部長に昇任し、千葉県第二機動隊水難救助隊にも所属した経験を持つ。現在は交通事故調査解析事務所の代表を務め、交通事故鑑定や事故現場の調査、ドライブレコーダー映像の解析などを行っている。また、テレビのニュース番組でのコメンテーターや、Yahoo!ニュースのエキスパートコメンテーターとしても活動している。

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