一時停止標識のイメージ
文=鈴木ケンイチ(日本自動車ジャーナリスト協会会員) ※写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。

見通しの悪い交差点での一時停止無視…標識が設置されている場所の危険性

交通事故鑑定人、熊谷宗徳はこう見た
熊谷宗徳

元千葉県警察の捜査官で、現在は「交通事故調査解析事務所」の代表を務める交通事故鑑定人・熊谷宗徳氏が、注目された交通事故についてその背景や事故防止策について解説する連載。
2015年3月、介護タクシーとトラックによる衝突事故が発生し、タクシーに同乗していた女性1人の死亡を含む6名が死傷した。見通しの悪い交差点で、介護タクシーが一時停止標識を無視して交差点に進入したのだ。介護タクシーのドライバーは二種免許を持つ、れっきとしたプロのドライバーであるが、それでも痛ましい事故を起こしている。いったいなぜ事故が起きてしまったのか? そして、どうすれば事故を避けられるのかを事故鑑定人が解説する。

目次

考え事をしながらの運転で、一時停止標識を見落とした

見通しの悪い交差点

※写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。

2015年3月17日、山形県山形市の交差点で、介護タクシーが一時停止標識を無視して交差点に進入し、交差点内で出会い頭にトラックと衝突。同乗の女性(当時93歳)を死亡させ、他5名に重軽傷を負わせることとなった。裁判において検察は「見通しの悪い交差点で、考え事をしながら一時停止標識を無視して進入した」と指摘し、禁錮1年2か月を求刑した。被告となった介護タクシーのドライバーは、起訴事実を認めたため、裁判は即日結審している。ちなみに、弁護側は「被害者側も処罰は望んでおらず、被告は真摯に反省している」とも説明していた。

標識を見落としてしまう原因は
集中力の低下、脇見運転かも

「介護タクシーを運転していたのは、普通自動車免許二種を保有し、介護職員初任者研修を受けたプロのドライバーです。そんなプロでも、考え事をしながらの運転は一時停止標識を見落としてしまうほど集中力が落ちることを意味します」と熊谷氏は指摘する。一方で、「介護業界も人手不足ですから、もしかすると介助スタッフが足りていなかったのかもしれません。被害者側が処分を望んでいないということは、仕事熱心なドライバーだったのでしょう。本当に悲しい事故です」とも言う。警察官の経験もある熊谷氏は「見通しの悪い交差点は、やはり事故が多いもの。警察官時代に取り締まりをしていると、そういう事故の多いところこそ、一時停止標識を見落としてしまうクルマが多いように思えました」とも言う。

この事故で重要なのは、「考え事をしながらの運転」の危険だ。「運転に集中していれば、一時停止標識を見落とすことはありません。ところが、一時停止標識は、真正面ではなく、道路の左端に設置されることがほとんどで、考え事などで集中力が落ちると、見落としてしまう可能性が高まります。私自身も、運転中に考え事をしてしまい、ハッと我に返ったとき、いつも注意している危険ポイントを通過していた後だったこともあります」と熊谷氏は注意を促す。

また、もうひとつ一時停止標識を見落とす理由として「脇見」もある。「考え事と同様に、運転の集中を妨げるのが、脇見です。以前は、タバコに火をつけたり、高速道路の料金を支払って領収書をしまったりすることで脇見することが多かったようですが、近年は、スマートフォンを見ながらの運転が増えています」と熊谷氏は警告する。

ながら運転のイメージ

※写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。

交通事故鑑定人・熊谷宗徳の見解

・一時停止標識があるのは「そこが危険だから」

交差点の手前に一時停止標識があるのは、「そこが危険だから」という意味がある。警察庁の交通規制基準によると一時停止の標識を設置するのは「原則として次のいずれかに該当する交差点又はその手前の直近」として、「 1. 屈折、勾配、道路工作物等により左右の見通しがきかない交差点」、「2. 多岐交差点等その形状が複雑な交差点 」、「3. 出会い頭等の交通事故が発生するおそれのある交差点 」、「4. その他交差点の優先関係を明確にする必要がある交差点」とあり、いずれも事故が起こりうる危険性が高い場所に設置されている。また、停止線に関しても、他車両が交差点から曲がってくることを考慮して手前に引いていたりするなど、停止線が引かれている場所にも意味があるのだ。「だからこそ、一時停止標識のある見通しの悪い交差点では、停止線の手前で一時停止した上で、左右道路から他車両がこないかを見て、安全であることを確認する注意義務があります」と熊谷氏は警告する。

・運転中に考え事をしない準備を

考え事で注意力が落ちると、運転のプロであっても、一時停止の標識を見落とす可能性がある。それだけ考え事をしながら運転することは危険なのだ。そこで熊谷氏は、「そうならないためには、やはり運転に集中できる環境づくりが重要です。気になることは、運転する前に済ませておきましょう。荷物があれば、走行中に動かないように、しっかりと事前に固定するなど、車内環境を整えることが大切です。目的地に向かうまでの経路も、走り出す前に決めておきましょう」とアドバイスする。

・スマートフォンの設定を確認しよう

近年の脇見の原因の多くが、普及の進んだスマートフォンにある。もちろん、運転中にスマートフォンを注視したり、操作するのは道路交通法違反だ。携帯電話使用中に交通の危険を生じさせた場合であれば、違反点数は6点で免許停止。事故が起こらずとも、運転中に手で保持して通話などをしたり、画面を注視したりするだけでも違反点数は3点となる。「もちろん、運転中にはスマートフォンをはじめ電子機器類の電源をオフにし、運転に集中するのが大前提。もし走行中にやむを得ず通話する必要があるのであれば、出発前にBluetooth接続などハンズフリーで操作できるような設定をしておきましょう」と熊谷氏。

一時停止標識の重要度、考え事と脇見の危険を理解しよう

交差点は交通事故が最も多く発生する場所だ。危険だからこそ、一時停止の標識が設置されている。ところが、そんな重要な標識であるにもかかわらず、一時停止標識を見落としてしまうことがある。その理由は「考え事による集中力の低下」と「脇見」の2つだ。

「一時停止標識の重要度」と「考え事と脇見の危険性」、この2点を理解することが事故防止に重要なこととなる。

熊谷宗徳

くまがい・むねのり 元千葉県警の交通事故捜査官で、現在は交通事故鑑定人として活躍している。1993年に市川警察署に配属され、交番勤務を経て交通課事故捜査係などに所属。1999年には巡査部長に昇任し、千葉県警第二機動隊水難救助隊にも所属した経験を持つ。現在は交通事故調査解析事務所の代表を務め、交通事故鑑定や事故現場の調査、ドライブレコーダー映像の解析などを行っている。また、テレビのニュース番組でのコメンテーターや、Yahoo!ニュースのエキスパートコメンテーターとしても活動している。

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