「サ道」のルーツは松田優作にあり!? 作者タナカカツキさんがサウナに目覚めたきっかけとは?
タナカカツキ先生のサウナ論【前編】お笑い芸人から俳優、ミュージシャン、文化人まで幅広いジャンルの著名人が「今、とくに夢中になっている趣味」をテーマに、まさかと思うような意外な偏愛嗜好について論じます。 第12回はマンガ&エッセイ『サ道』の著者であり、日本サウナ・スパ協会が公式に任命した「サウナ大使」を務めるタナカカツキさんに、サウナと歩んできたご自身の足跡について語っていただきました。
昭和から平成、令和にいたるサウナブームとは?
現在大人気のサウナ。実はこれまでに二度ほどサウナブームがあったんです。
第一次サウナブームは私が生まれた頃(昭和40年代)に、日本国中に一斉にサウナができて、「サウナ、行こう」という言葉が流行するほどですが、残念ながらオイルショックによって廃れてしまったんです。
その後、バブル景気とともにサウナが盛り返して第二次サウナブームが来ます。当時、若かった私はレジャー施設に遊びに行ってボウリングをした後、その中に入っていた健康ランド、今で言うスーパー銭湯によく行っていました。
もちろんそこにもサウナはありましたが、おじさんたちがぎゅうぎゅう詰めになって汗をかいている。我慢大会をしてなにが楽しいんだろうと、まったく意味がわかりませんでした。
ただ当時、好きだった俳優の松田優作さんが「無類のサウナ好きで自宅にサウナを作った」というインタビューを読んだことがあったんです。いつか私にもサウナの魅力がわかるときがくるのだろうか? なんて思いつつも、まるで関係のない世界でした。
そんな私がどのようにサウナに出会ったかというと、2007年のある日のこと。当時はすでにコンピューターが発達してデスクトップですべてできるような時代で、コンピューターグラフィックスがおもしろくて、一日中、家で座って作業をしていました。
そのせいで血の巡りは悪くなるし、筋力も低下するようになり、眼精疲労からくる頭痛が起きたり、トイレでお尻を拭くときに肩をつってしまったりと、身体に異変を感じるようになっていたんです。
とくに首はひどくて横を向くこともできなくなって、朝、起きたらドライヤーで首を温めてから執筆するほどで、しまいには皮膚疾患まで出ました。今にして思えば血液中の毒素をデトックスできなくなっていたので、皮膚の表面に症状として現れるのは当然で、ボロボロな状態だったんです。
現在サウナ大使としてさまざまなサウナを体験するタナカカツキさんだが、昔はサウナに入る意味がわからなかったという。
サウナとの出会いはまるで神の啓示!?
そんなときにスポーツジムが近所にオープンしたんです。家から目と鼻の先にジムができるというのは運動しろという神様の啓示かなと思って、通ってみることにしました。
最初は器具を使ったトレーニングも新鮮で楽しめましたが、日常化して刺激もなくなってくるとすぐに飽きてしまって。そこで目先を変えようとプールで泳ぐことにして、ある日プールの奥にある、それまで壁だと思っていた木の扉が、実はサウナの入り口だったということに気づいたんです。
松田優作さんが自宅にサウナを作ったという頃の年齢にも近くなっていたので、今ならサウナの魅力がわかるかもしれないと思い入ってみると、オープン直後だったこともありサウナもきれいで木の香りも心地よい。平日の昼間に通っていたので人もいなくていつも貸し切り状態。あのおじさんたちがぎゅうぎゅう詰めのイメージとはほど遠いというだけで、サウナって気持ちいいかもと思いました。
それからジムのサウナに入ることが増えました。けれどまだ水風呂には入らず冷たいシャワーで汗を流す程度でした。水風呂なんて冷たすぎて入れるわけがないと無視していたんです。
ある日、浴槽のへりに腰をかけて休憩をしていたら、窓から差すキラキラした光と浴槽の湯気がいい感じで、とてもリラックスしていることに気づいて、サウナに繰り返し入ってみることにしました。
サウナに入って、木の香りがいいな、でも熱いな、冷たいシャワーを浴びて、浴槽に腰掛けて、窓のキラキラ素敵だな、身体が冷えてきたらまたサウナに入って……なんてことを繰り返していると「あれ? なんだかよくわからないけどこの気持ち良さはなんだ?」と。
そのときはサウナのせいだとは気づかず「きっとさっき食べたカレーシチューのスパイスのおかげだろう」と思いました。家に帰って「カレーシチュー スパイス」と検索してもわからない。それで次の日も同じようにサウナに入ってみたら昨日と同じような感覚になってきた。そこでようやく「サウナの気持ち良さとはこのことだったのか!」との思いに至ったんです。
どうしてこんなことになるのか。当時一緒にラジオ番組をやっていたマイナスイオンブームの先駆者である保健学博士の菅原明子先生に、サウナのことを聞いてみたんです。熱い、冷たいを繰り返すことは、交感神経と副交感神経を行ったり来たりすることになる。熱いときには血管が開き、冷たいところでは閉じている。その結果、ポンプ運動によって脳に大量の酸素が運ばれることで、アドレナリンやエンドルフィンといった脳内麻薬物質が出ている可能性があるという話でした。
それからはサウナと水風呂を何回繰り返せばトランス状態になるのかと自分の身体を使って実験を繰り返し、こういった体験をパッケージ化、たとえば昔読んだオルダス・ハクスリーの『知覚の扉』という幻覚剤によるサイケデリック体験の手記と考察の本のように、サウナをサイケデリック体験として料理できないかなと思うようになり、2009年に「daily vitamins(デイリービタミン)」というウェブマガジンで『サ道』という連載を始めることにしました。
タナカカツキさんがサウナの本質について記したという書籍『サ道』。
この連載と同時期にはSNSがブームでして、「サウナの気持ち良さってやばいですよね」というようなコメントをいただくようになりました。サウナ歴は20年以上のいわゆるサウナーと呼ばれる猛者たちとつながることができて、いろいろなことを教えていただく機会も増え、2011年には『サ道』を単行本としてリリース。2013年には日本サウナ・スパ協会公認のサウナ大使に任命され、2023年で10年目になります。
公式サウナ大使としての名刺も持っている。
日本のサウナは本場フィンランドとは別物!?
今では国内にとどまらず海外にも行くようになり、サウナの本場と言われるフィンランドでサウナ体験をするようにもなりました。そこで驚いたのは日本のサウナが特殊な状態にあるということです。
そもそも日本のサウナは温度で温まっているので皮膚がグリルされ、つらくてしんどいわりに身体の芯は冷えたまま。けれどフィンランドやサウナが盛んなヨーロッパ、たとえばドイツやオランダ、あとバルト三国などでは湿度で温まる蒸気浴なんです。ゆっくりと身体に浸透するので深部体温が上がります。
そして大きく違うのは外国では森、湖や川のそばにサウナを作るいわゆる自然体験で、日々の生活で気が休まらないときに、仕事も忘れ、文明から切り離されてサウナに入る。
これまで私を含む日本人は休むのが下手だと言われてきました。仕事を終え、家に帰ってもソファーでスマホを見てるとか。確かにこれでは脳は休まらないですよね。思考から離れて、身体が心地よい感覚に満たされるようなことをすること。そのためにサウナが必要だと思っていて、サウナがこれだけブームになったのは、ようやく日本人も休み方がわかってきたということなんだなと思っています。
次回はタナカカツキさんご自身のサウナの楽しみ方についてお伺いします。
タナカカツキ
たなか・かつき 漫画家。2011年『サ道』(パルコ出版)を刊行後、日本サウナ・スパ協会からサウナ大使に任命される。2019年に『サ道』がテレビドラマ化、サウナブームに火が付き、「ととのう」が流行語に。著書に『逆光の頃』『オッス! トン子ちゃん』、天久聖一との共著『バカドリル』などがある。カプセルトイ「コップのフチ子」の生みの親でもある。