100年超の文化財から、激ヤバ異世界銭湯まで 銭湯図解 塩谷歩波の推し湯6選
日本全国の銭湯を『銭湯図解』(中央公論新社刊)として描いてきたイラストレーター・塩谷歩波さんに「銭湯への偏愛」を語っていただく今回の偏愛アカデミー。移り変わってきた自身の偏愛のかたちを語ってもらった前編に続き、後編では彼女が愛する銭湯たちを、彼女の図解とともに紹介してもらいました。
大正時代の建築を使った老舗銭湯、ベルサイユ宮殿を思わせるファンシーな銭湯、遊び心あふれる銭湯など。ひとクセある魅力的な銭湯を愛してやまない塩谷さんがほれ込んだ銭湯とは?
「キングオブ縁側」と本場サウナの至福銭湯
タカラ湯(東京都足立区)
まずはじめにご紹介するのは、今回の取材場所としても使わせていただいた、北千住にある「タカラ湯」さん。この銭湯最大の魅力といえば、「キングオブ縁側」と呼ばれる年季の入った縁側と、そこから楽しめる立派な日本庭園です!
ご主人の松本康一さんいわく、タカラ湯ができた1927年ごろ、このあたりには30軒もの銭湯が軒を連ねており、差別化を図るためにも日本庭園に力を入れはじめたそうです。
ツツジやアジサイ、モミジといった四季の木々や、色鮮やかな錦鯉(にしきごい)が泳ぐ池などが楽しめるこの庭は、男湯なら入りながら眺めることもでき、心地いいお湯とともに心身を癒やしてくれます。
庭園をのぞむ縁側では、女性もお風呂上がりに入ることができますし、テーブルや椅子もあるので家族や友人とゆったり休憩もできます。湯涼みに庭園を眺めながら牛乳やビールをぐびっと飲むのは、まさに至福の瞬間ですよ(笑)。
そんな100年近く続く老舗銭湯は、庭園だけでなくその造りも見事。年季の入った建具や入り口に掲げられた神社顔負けの彫刻、お寺と同じ造りだという脱衣所を見上げたときの格子状の格天井(ごうてんじょう)も見逃せません!
そしてもちろん、長年地元の人たちに愛され続けてきたタカラ湯は浴室もすごくきれいで、薬湯、ハーブ湯、赤外線風呂、超音波風呂などなど、いろいろな種類のお湯が楽しめます。
もし時間に余裕があるならば、日が昇っている時間に訪れるのがオススメ。というのも、日の光が差し込みゆらゆらと光が反射する水面を見ていると、まるで海の底にいるような気分を味わえるんです。
さらにうれしいのが、タカラ湯は老舗ながら、女湯にあるサウナがフィンランド大使館で使われていたものと同じサウナを現地から取り寄せた本格派であること。サウナが併設されている銭湯は数あれど、こんなに本格的なフィンランドサウナを設置している銭湯は、本当に貴重ですよね。
男湯では日本庭園、女湯ではフィンランドサウナと、ほかの銭湯にはない魅力が味わえますよ。
- タカラ湯
住所:東京都足立区千住元町27-1
TEL:03-3881-2660
HP:http://slowtime.net/takarayu/
営業時間:15:00〜23:00
定休日:金曜日
遊び心あふれるアットホームDIY銭湯
遊湯(広島県福山市)
次に紹介するのは、広島県・福山市にある「遊湯(ゆうゆ)」さん。お店づくりがとても丁寧な銭湯で、3代目のご主人が奥さんとともにDIYをしたり、オリジナルグッズをつくったり、まるで遊びの延長のようにお店づくりをしているのが魅力です。
月2回の目玉イベントであるおもちゃのアヒルが浴槽一面に浮かんでいるアヒル風呂や、入浴料のサブスクサービス、脱衣所のロッカーには番号に合わせたカープ選手のシールを貼っていたり。お二人の「あれをやりたい」「これをやりたい」というアイデアがぎゅっと詰め込まれている空間なんです。手作り感があふれていて、アットホームな雰囲気にまた癒やされるんですよね。
浴室にはジェットバスや電気風呂といった設備も完備していますが、なんといっても遊湯の名物は「暴君ミストサウナ」。これは普通のミストサウナとは違って、私が過去に経験した中でもダントツの蒸気量を誇るもの。まるでスコールを浴びているかのようなその勢いで、尋常じゃない量の汗をかくことができます。そして、ミストサウナで汗をかいたら、16℃の水風呂へ!
暴君の猛威にさらされた後、大きなガラスブロックの窓が設置された休憩所で休んでいると、じんわりと心地よさに満たされてきます。お風呂の温かさと手づくりの温かさ、その両方が感じられる銭湯です。
- 遊湯
住所:広島県福山市今津町4-8-4
TEL:084-934-1003
HP:https://yuyu-esthetic.jp/bathyuyu
定休日:月曜日
営業時間:15:00〜22:00
100年の歴史に惚れる銭湯
一乃湯(三重県伊賀市)
「とにかくかっこいい!」 そんな銭湯を求めるなら、三重県・伊賀市にある「一乃湯」がおすすめです。多くの銭湯マニアがオススメするこの銭湯。名物でもある入り口に設置されたピンクのネオンサインから、すでにただ者じゃない雰囲気があふれていますよね。
大正時代に建てられた建物は、石柱門と唐破風屋根の本館が国の登録有形文化財に登録されているんです。建物の中にいるだけで、歴史を感じる味わい深い空気に思わずほれぼれしてしまいます。
浴室に入ると、まず目を奪われるのが色とりどりのタイルたち。動物やバラの絵が描かれていたり、湯船によってタイルの種類が変わっていたり。見ているだけでも楽しい気持ちに。また、深めの湯船や足を伸ばせる浅い湯船など、お風呂のバリエーションも豊富で、好きなだけ湯船を往復でき大満足です。
そのほかにも、オリジナルの手ぬぐいや下駄、無添加せっけんの切り売りといった銭湯ならではのグッズや、町を巻き込んだイベントなども一乃湯の魅力。東京からだとすこし遠い場所ですが、「いま一乃湯では何が起こっているんだろう?」と、距離をいとわず何度でも足を運びたくなってしまう銭湯ですね。
塩谷歩波『銭湯図解』(中央公論新社)より
- 一乃湯
住所:三重県伊賀市上野西日南町1762
TEL:0595-21-1126
HP:http://ichinoyuiga.com/
定休日:木曜日
営業時間:15:00〜22:00
計算し尽くされた癒やしの銭湯
大蔵湯(東京都町田市)
私が銭湯にハマるきっかけになった「光明泉」のリニューアルも手掛けた温浴施設専門の建築家・今井健太郎さん。続いて紹介する「大蔵湯」は、その今井さんが2016年にリニューアルを手掛けた銭湯です。
とはいえ、この「大蔵湯」。最大の魅力は、最近改装されたとは思えないほど落ち着いた雰囲気と渋い重厚感。脱衣所ひとつとっても、木製のロッカーや民藝家具、ござが敷かれた床はまるでずっと前からそこにあったかのようなたたずまいです。ピカピカで新しいのに、すんなりと身体になじんでくる不思議な銭湯ですね。市街地からも離れているので、まるで田舎の温泉街に来たような気分も味わえます。
きれいな番台を通って脱衣所の扉を開けると、目に飛び込んでくるのは横山大観の『朝陽霊峰』をモチーフにしたタイル絵。10mm角の細かなタイルで描かれた、雲海にそびえ立つ富士山に圧倒されます。
肝心のお風呂は、44℃の熱めの湯、42℃のぬるめの湯、そして18℃の水風呂の3種類。この温度差が絶妙で、3種類のお風呂とは思えない満足感を得られます。ジェット風呂や泡風呂といった設備はなくシンプルながら静かな癒やしの空間が広がり、計算し尽くされているのに自然な心地よさを味わえる銭湯ですね。
塩谷歩波『銭湯図解』(中央公論新社)より
- 大蔵湯
住所:東京都町田市木曽町522
TEL:042-723-5664
HP:http://ookurayu.com
定休日:金曜日
営業時間:14:00~23:00
昭和レトロの「魔窟」異世界銭湯
大黒湯(東京都渋谷区)
代々木上原にある「大黒湯」は、昭和レトロの極みのような銭湯。コインランドリーを抜けて銭湯に入ると、駅から徒歩3分の一等地に、これまで見たことない異世界が広がっていて、銭湯マニアの間から「魔窟」と呼ばれているのも理解できます。
勇気を出してこの「魔窟」に足を踏み入れましょう。番台には加山雄三のサイン、千代の富士の写真などが所狭しと飾られています。そして、脱衣所に入ると目に飛び込んでくるのは、壁や棚に飾られたイラスト、ポスター、サイン、置物、ぬいぐるみ……。入り口からここまで、その情報量の多さに圧倒されっぱなしです。さらに浴室では大音量の昭和歌謡が。銭湯の隅から隅まで、混沌(こんとん)とした異世界に迷いこんだような気分を味わえますよ(笑)。
そんな「ネタ」的な味わいを醸しつつも、しっかりとお風呂でも楽しませてくれるのが大黒湯の魅力。電気風呂の浴槽につかりながら楽しめるミストサウナや、LEDが設置された浴槽、ジェットバスも気持ちいい!
めちゃくちゃ熱いカラカラ系のサウナと、打たせ水で冷やされた水風呂のコントラストも、サウナ好きにはたまらない。混沌としながらも、隅々まで掃除が行き届いた「魔窟」は癒やし効果も抜群です。
塩谷歩波『銭湯図解』(中央公論新社)より
- 大黒湯
住所:東京都渋谷区西原3-24-5
TEL:03-3485-1701
定休日:第1・第3 水曜日
営業時間:15:00〜25:30(日曜日12:00〜25:30)
宮殿さながら豪華絢爛ベルサイユ銭湯
クアパレス(千葉県船橋市)
ラストはどこにしようかなあ……。せっかくなのでちょっと攻めた銭湯も! クアパレスっていう銭湯なんですけど、いろいろな意味で日本一“ヤバい”銭湯なんです。
千葉県・船橋市にあるこの銭湯、まず外観からすでにすごいんです! 店先に白い彫刻が並び、ピンクの装飾があしらわれた建物は、まるでベルサイユ宮殿かトリックアート美術館のよう……。ひと目ではとても、銭湯とは思えませんよね(笑)。
中に入ってみると、きらびやかなシャンデリア、パステルカラーの壁紙、裸体像など、脱衣所にもお風呂場にも豪華なデコレーションが施されていて、ただただ圧倒されるばかり。けど、その空間につかっていると、不思議なことに、だんだんとこのファンシーさに魅力を感じてきてしまうんです。
と、エンタメ感にあふれた銭湯ですが、お風呂のクオリティも決してあなどるなかれ。薬湯、ジャグジー、電気風呂、と種類も豊富で、5馬力(!?)のジェットバスは、身体が吹き飛ばされるほど強烈!
サウナは通常の高温サウナと中温サウナの2種類が用意され、水風呂もしっかりと冷えています。脱衣所には1席ずつ区切られたパウダールームもあり、お風呂上がりにゆったりとお化粧できるのも女性にはうれしいですよね。エンタメと遊び心にあふれながらも、ただのエンタメだけに終わらない圧倒的な快適さ。ひと癖もふた癖もあるけど、大好きな銭湯ですね。
塩谷歩波『銭湯図解』(中央公論新社)より
- クアパレス
住所:千葉県船橋市薬円台4-20-9
TEL:047-466-3313
定休日:月曜日(祝日営業、月曜日が祝日の場合は翌火曜日が休み)
営業時間:15:00〜23:30
少なくなったとはいえ、全国にはおよそ1800軒の銭湯があるといわれています。その多くが、土地土地で数十年間地元の人々の心と体を癒やし続けてきた老舗です。近所だけど行ったことのない銭湯や、旅やお仕事、あるいはドライブの途中で見つけた銭湯。人生をほぐしてもらった塩谷さんのように、お湯につかれば少しだけ、明日が変わるかもしれません。今回ご紹介いただいた銭湯も参考に、ぜひ自分の推し湯を見つけてみてくださいね。
塩谷歩波(えんや・ほなみ)
1990年生まれ。画家。早稲田大学大学院(建築専攻)を修了後、有名設計事務所に勤めるも体調を崩し、休職中に通い始めた銭湯に救われた。SNS上で発表した銭湯のイラスト「銭湯図解」が話題を呼び、2014年に中央公論新社より同タイトルの書籍を発刊。2020年に小杉湯を卒業した現在は、画家としてレストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。TBSテレビ『情熱大陸』、NHKドキュメンタリー『人生デザイン U-29』など、数多くのメディアに取り上げられ、2023年公開の映画『湯道』では、物語の舞台となる「まるきん温泉」の図解を担当した。好きな水風呂の温度は16℃。