トランスでも中毒でもない! サウナで「ととのう」とはどういうことか!?
タナカカツキ先生のサウナ論【後編】お笑い芸人から俳優、ミュージシャン、文化人まで幅広いジャンルの著名人が「今、とくに夢中になっている趣味」をテーマに、まさかと思うような意外な偏愛嗜好について論じます。 第12回はマンガ&エッセイ『サ道』の著者であり、日本サウナ・スパ協会が公式に任命した「サウナ大使」を務めるタナカカツキさんに、現在のサウナブームの解説とサウナの楽しみ方をご紹介いただきます。
サウナブームもついに「ととのう」時代へ!
前回は私とサウナの歴史についてお話をしましたが、今回は現在の第三次サウナブームについてお話ししたいと思います。
サウナ好きの間では、2012年くらいに今に続くブームの予兆が来ているのではないかと噂(うわさ)されるようになっていました。それが一般の方にも広まるようになったのは東京スポーツの「サウナブーム到来」という記事だったと思います。それを皮切りに次第にサウナに行く人も増え、サウナの楽しみについて方々で言われるようになり、そして「サウナイキタイ」というウェブサイトが立ち上がったことが大きかったと思います。
このサイトは自分がいる地点からいちばん近いサウナを教えてくれ、テレビのありなし、サウナのスペックでの検索が可能で、さらには施設ごとのレビューなども掲載されているため、一般の方がサウナを巡る楽しさを知るきっかけになりました。
また同じ頃、ストレスを減らし集中力を高めたりリラックスしたりと、頭の思考を整理するのに適していると言われるマインドフルネスのブームが来たんです。
このマインドフルネスの、日常的な業務から離れて心を落ち着かせ、静かに心を広げていこうという考え方はサウナと一致していたので、次第に「サウナは自分と向き合える」「サウナに入ることでパフォーマンスのアップが期待される」とメンタル面でビジネスパーソンにも広がるようになります。
第三次サウナブームで有名になった言葉に「ととのう」というものがありますが、これも時代に合っていましたね。これは元々サウナ愛好家である「濡れ頭巾ちゃん」が仲間内で使っていたもので、2015年に『サ道』をマンガにするときにピックアップさせてもらったんです。
それまでにもサウナの恍惚(こうこつ)感を表す言葉に「トランス」や「中毒」といった言葉はありましたが、ネガティブな要素もあってどうもしっくりこなかった。この「ととのう」という言葉は発明だと思っています。
2022年発行の『マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~』
気が付けばサウナで健康な毎日
この『マンガ サ道』が2019年にドラマにもなり一連のサウナブームが頂点に達した頃、毎日のようにサウナに通っていて、ふと気づけば体質が変わっていたんです。困っていた身体の湿疹がなくなっただけでなく、曲がらないほどだったひどい首凝りもまったくなくなった。そのとき、サウナの醍醐味(だいごみ)は一回一回のセッションではなくて、習慣化した後に訪れるものなんだということをしっかり実感したんです。振り返れば10年間、風邪をひいていないんですよね。
それから個人的にサウナの楽しみ方が変わっていきました。サウナに入って血を巡らし身体を温め、気持ちを緩めるようなことをサウナ以外にも日常的にできないかと思ったんです。
それは家にサウナを作るということではなく、簡単に言うと脳を元気にするということ。心の負荷をなくして生活をしていくことだと思っていて、これまでの今日はどこに行こうかな、何をしようかなと、気分が乗ったら仕事をしようなど、気分や感情にフォーカスを当てて仕事をしていたんですけど、それをやめて徹底的に時間を管理してルーティン化することにしたんです。
いちばん気持ちいい、快適かどうかだけで判断してスケジュールを組んで、朝は決まった時間に起きる、2、3週間繰り返して身体にどういった変化が起きるのかを続けていくと、驚いたことに仕上がる原稿の枚数が増えたんです。
毎日のやることを決めて、生活を固定していくと負荷が少なくなるので、脳が元気でいられる。そうするとずっと機嫌良くいられる。気分がいいと仕事のアイデアもバンバン出てくる。つまり脳は何かを決定するとき、ものすごく消費するということがわかったんです。
もう何年も朝は4時に起きて昼まで仕事をするというルーティンで過ごしています。その中には筋トレとかストレッチとかヨガも入ってきますが、12時でデスクワークは終了して、そこからサウナ室に行って……午後から人と会ったり、打ち合わせをするようにしています。そうすると不思議なことに疲れなくなった。休息をしないでよくなってきたことで、だらだらと寝ている時間も減っていったんです。
もちろん私は専門家ではないので正確なエビデンスをお伝えすることはできませんが、これこそが「ととのう」ことだと思っています。
サウナで体を温めた後、冷たい川に入るというフィンランドのサウナスタイル「アバント」を体験するタナカカツキさん。
人生を変えるようなサウナ文化を渋谷で起こしたい
私にとってサウナがなんだったのかなと振り返ってみると、サウナ巡りの楽しみもあるけれども、自分の生活を省みる機会を与えてくれたものだと思います。サウナに入ってリラックスしたときに、改めてストレスのある生活をしていたと感じる。俯瞰(ふかん)的なものの見方をすることによって、自分の生活にテコ入れをしてアップデートできるんです。
そして最近、サウナ施設をプロデュースしました。これまでにもいくつかお話はいただいていましたが、サウナ大使が一つの施設をプロデュースするのは違うと思ってお断りしていたんです。
プロデュースを引き受けたのは、ずっと『マンガ サ道』を連載していて、そろそろサウナの中のことを知りたいなと思っていたこと、それともう一つは場所です。渋谷にサウナを作ると東急不動産さんから聞いたときにおもしろいなと。実は日本にフィンランド式の本格サウナが最初にできたのは渋谷だった。それなのに現在の渋谷はサウナ不毛の地と言われているんです。
さらに私の出す本は渋谷のパルコブックセンターでしか売れないと言われるほど、渋谷文化の恩恵を受けた。渋谷にかわいがってもらった人間なので、この渋谷という地に新しい文化の提案をしたいと思い、プロデュースさせていただきました。
タナカカツキさんプロデュースのサウナ「SAUNAS」では、アウフグースやサウンドシステムを搭載したサウナ室、セルフロウリュなど、趣向を凝らした9つのサウナが楽しめる。
この渋谷SAUNAS(サウナス)はどういう施設かというと、ひとときの気休めではなく、ここに来たら人生が変わるというくらいの体験ができる場所だと思っています。
昔は当たり前にあったのに、今の私たちの生活にごっそりなくなってしまったものというのが「感覚の世界」だと思っています。たとえば香り。昔はお櫃(ひつ)からご飯のいい匂いがして、脳がそろそろ食事だと感じる。そういう五感が刺激されることが少なくなってきた。
私は画家の岡本太郎が好きなんですが、彼の野生、生命感がビシビシくるのは、自分が都市生活者として生きてきて「野生の自然感」というか、自然の一部である自分というのを完全に置き去りにしてきたからこそ、岡本太郎の画集や言葉がガンガン響くわけです。
若い人は生まれたときからインターネットがあって、スマホ見て、ゲームをやっている。人工的な光をうっすら浴び続けているということです。悪影響がないとは言えない。それにきっと虫が嫌いな人も多いだろうし、土まみれになることもなくて、雑菌は徹底的に排除された除菌の世界に住んでいる。
こうなってしまうと、いよいよ人間的に痩せ細っていくと思うんです。それならば田舎暮らしをすればいいのかというとそれはまた話が違う。私もコンピューターを使って作業をしたり、テクノロジーによって生活が変わっていくことも大好きなので、都市の中にいながら人間本来の感覚の世界に誘いたいと思っているんです。
昔はどこにもあった森の役目のようなものをSAUNASで数時間ほど体験することで、これまでの生活をちょっとでも変えるきっかけになれたらと思っています。それこそが私がサウナからいただいたことなので。
タナカカツキ
たなか・かつき 漫画家。2011年『サ道』(パルコ出版)を刊行後、日本サウナ・スパ協会からサウナ大使に任命される。2019年に『サ道』がテレビドラマ化、サウナブームに火が付き、「ととのう」が流行語に。著書に『逆光の頃』『オッス! トン子ちゃん』、天久聖一との共著『バカドリル』などがある。カプセルトイ「コップのフチ子」の生みの親でもある。