偏愛アカデミー

「窮屈な日常を吹っ飛ばすワインの力」ヒャダイン先生のワイン論

ヒャダイン
2022.05.21

文=ヒャダイン

2022.05.21

文=ヒャダイン

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お笑い芸人から俳優、ミュージシャン、文化人まで幅広いジャンルの著名人が、「今、とくに夢中になっている趣味」をテーマに、まさかと思うような意外な偏愛嗜好について論じます。

第2回の後編は、音楽クリエイターのヒャダインさんの大好きなワインを巡る旅。アルゼンチンのメンドーサでの思い出について書いていただきました。
前編はこちらから


ワインの味=海外旅行の味

「ワインと同じ量の水を飲みなさい」

その美しいアルゼンチン女性ガイドは私に言ったのだ。
「いいこと、ケン。ワインと同じ量の水を飲みなさい。そうすれば一日中飲んでも酔っぱらったりはしないわ」

はて。なぜ和訳になるとこういう文体もしくは口調になるんでしょうね。さて。今回のテーマはワイン、ということで2020年の1月3日にアルゼンチンのメンドーサというワインで有名な土地で私が現地の女性にもらった言葉から始めました。私はお酒全般が好きで、なんでもござれなのですが、なかでもワインは思い入れ込みでトップに入るほど好きなアルコールです。私のコロナ前までの趣味は海外旅行。最低でも年に1回は海外へと旅していました。その際飛行機の中や旅先でワインが出てくることが多く、ワインの味=海外旅行の味、すなわち非日常の味となったんですね。自宅に小さいながらもワインセラーを購入し、行ったことがある国のワインを夜中に飲む日常です。

朝からワイナリーでウェルカム白ワイン。早速感動です。

朝からワイナリーでウェルカム白ワイン。早速感動です。

ワインと旅はセットのようなものですが、そのなかでも思い出深いのが先述のアルゼンチン。10日間の南米ひとり旅行、ペルーのリマやクスコ、そしてマチュピチュ遺跡を楽しんだ後のプランとして「ボリビア・ウユニ塩湖に行く」か「南極氷河ツアー」か「アルゼンチンワイナリー訪問」の3つを挙げたのですが、なにしろマチュピチュでの日々、高山ゆえにお酒を飲むことが高山病を悪化させるとのことで控えていたので、圧倒的なワイン不足! 海外でお酒を飲めないなんてありえない! と考えてワイナリー訪問に決定。首都ブエノスアイレスから飛行機で着いたメンドーサの1月は夏。大変に暑く、そして日本の夏とは真逆でカラッカラに乾燥していました。
温度計では40度近くいっていたのですが、体感はそこまで不快ではない。「ああ、これがワインをおいしく育ててくれるんだな」と感心しつつ現地ガイドの女性と合流。終始英語での会話ですが人間、覚悟を決めたらなんとかなるもんです。

ワイナリーの庭。ぶどうが生い茂って非常に美しい。

ワイナリーの庭。ぶどうが生い茂って非常に美しい。

ワイン畑のぶどうを接写。気温が約40度でさすがに焦げるかと思いました。

ワイン畑のぶどうを接写。気温が約40度でさすがに焦げるかと思いました。

そこからのワイン体験は私の価値観を変えるものばかりでした。まず朝イチに到着したワイナリー。美術館かと思うようなモダンな内装と、大変にクラシックな庭園。庭園にはもちろんぶどうが生い茂っています。ワイン用のぶどうはデザート用とは違って赤も白も粒が小さく、ヤングコーンのでっかい版みたいなイメージでしょうか。メンドーサの朝日に照らされた穏やかな庭園でまず白ワインを一杯。え!? こんな朝早くからいいの!? 今日は一日いろんなワイナリーを巡るのに酔っ払わないかしら、なんてマゴマゴしていたら先ほどの言葉。”The same wine, the same water.”そう言って水のデキャンタを渡してくれました。以下和訳ですが「メンドーサの人間はそうやって飲むように小さい頃から言われてるの。私も6歳から飲んでるわ」と幾許(いくばく)か衝撃的な発言も。しかしそうやって飲むと確かに酔わない。それどころかワインの味を毎回新鮮に楽しむことができます。

その後本格的にワイナリーの中に入り、製造工程などの説明を受けたりワインの飲み比べをしたり。その際ワイナリーの方から「まずは香りを楽しんでほしいんだ。グラスを回して十分空気を入れたら口に含んでほしい。おっと、飲み込むのはまだ早いぜ。鼻に抜ける香りを十分に楽しんだら飲み込んで酸味を楽しむ。そして忘れちゃいけねえ。後から追ってくる香りを堪能してくれよな」と説明を受け、実際そうやったら一つひとつのワインの味の違いがはっきりとわかる! 楽しい! ワインって楽しい! とはいえトータルで10杯以上飲むので一口飲んで吐き出す用の容器も用意されていました。周りのツアー客はチロっと飲んでペペペっと吐く人がほとんど。しかし私は水と一緒に飲んでいるので平気平気。そもそも貧乏根性がえげつないので、せっかくもらったワインを吐き出すなんてもったいなくてできなかったですねえ。

え? オリーブオイルって飲めるの?

その後昼食で寄ったレストランも兼ワイナリーで、 おいしい食事と共にいろんなワインを試飲できたのですが、そこがすばらしいのがオリーブオイル製造所でもある、ということ。高温低湿の環境はそりゃオリーブ栽培にもぴったりですよね。オリーブ畑や工場を見学させてもらった後は待ってました、食べ比べ。バゲットを片手に比べるのかな、なんて思っていたらまさかの飲み比べ。小さい容器に入ったオリーブオイルを飲め、と言うのです。うえええ。油を直飲みって気持ち悪い〜なんて思っていたら店員さんが「おやおや。今まで君が飲んでいただろうオリーブオイルと一緒にしてもらったら困るよ。本当に良くて新鮮なものは直飲みした方がおいしさがわかるってものさ」と説いてくるので、ええい! ごくん。う、うまい! まろやか! そしてピリリと辛い! 鼻に広がるオリーブの濃厚な香りは今でも忘れることができません。一番気に入ったオイルのボトルをお買い上げ。ワイナリーでもそこそこ買っているので荷物が瓶だらけ。幸せな重さではあるけど、まあ重い。

オリーブオイルの飲み比べ。グラスもなにもかもおしゃれ!

オリーブオイルの飲み比べ。グラスもなにもかもおしゃれ!

レストランで食べたパスタ。本当においしい!ここでもオリーブオイルを飲み比べ。

レストランで食べたパスタ。本当においしい! ここでもオリーブオイルを飲み比べ。

かくして合計4軒のワイナリーを巡って終了。あとはメンドーサの街をぶらぶらしていたんですが、ブエノスアイレスでは「スマホで写真を撮るときはサッと出してスッとしまって! じゃないと速攻で盗まれるわよ!」と言われるくらいの治安だったのに比べてメンドーサの穏やかさたるや。街はほどよく都会でレストランもカフェも多数。公園も出店だらけでお祭りのように賑(にぎ)わっています。そしておどろくべきは日の長さ。22時にやっと夕暮れ模様。そして夕方から下弦の月が上空に見えるという南半球ならではの天体ショー。公園のステージみたいなところで催(もよお)されていたマジックショーをただぼんやり見たり、ステーキハウスに入って赤ワインをまた飲んだりと、大変ゆったりとした夜を楽しみました。

その後帰国してからコロナ禍に突入するわけですが、メンドーサでのワイン体験はこの窮屈(きゅうくつ)な日常を少し華やかにしてくれました。いまだにワインの品種による味の違いや、産地のこととかもよくわかっていません。高いワインと安いワインの違いもわからないバカ舌でございます。しかしワインのコルクを開けて、グラスに注いで空気を入れるように回して、あの日のように舌でゴロゴロと回して香りを楽しんでから飲むと色とりどりの花に包まれたような気持ちになるのです。息が詰まりそうな現実も上手くいかないあれこれも花に包まれて昇華する。そしておつまみは、チーズとナッツと自分で作った肉料理と。そして何よりも忘れてはいけない! 「同じ量の水」を。

ああああああ海外行きてえ!!! ストレス溜まるわーーーー!!!!!

ヒャダイン

音楽クリエイター。1980年大阪府生まれ。本名 前山田健一。3歳でピアノを始め、音楽キャリアをスタート。京都大学卒業後、本格的な作家活動を開始。さまざまなアーティストに楽曲提供を行い、自身もタレントとして活動。「musicるTV」「久保みねヒャダこじらせナイト」「サウナを愛でたい」「おはよう朝日です」などテレビのレギュラー多数。

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