聞き手・構成=張江浩司 / 編集=神保勇揮(FINDERS編集部)/ イラスト=若林 萌

名越康文が称える天才、矢野顕子が生み出す豊かな「ゆらぎ」〈矢野顕子+TIN PAN Part Ⅱ / ひとつだけ〉

精神科医の名越康文さんが、とっておきのドライブソング4曲を紹介!
名越康文

音楽好きの著名人たちが、月替わりで自動車やドライブにまつわる音楽との思い出とともに至高のドライブミュージックを紹介します。 今月お届けする4曲の選曲を担当するのは、テレビ・ラジオ出演、文筆業、そして自身のバンド活動など多方面で活躍する精神科医の名越康文さんです。

4曲目
〈矢野顕子+TIN PAN Part Ⅱ / ひとつだけ〉

両極に振れず、余白に入り込んでドライブする

この曲は矢野顕子と忌野清志郎がデュエットするバージョンがあるんですが(『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』『はじめてのやのあきこ』に収録)、僕が清志郎のライブを観られたのは1回だけ、確か住之江競艇場の水上ライブでした。彼の歌声をちゃんと聴きはじめたのは、彼が亡くなったあとなんです。というのも、僕自身がボイストレーニングに通うようになって初めて、清志郎の声がどれだけ美しいのか理解できたからです。伸びやかで野性的で、まさにロックのための声です。

にわか清志郎ファンになって、いろいろ音源を漁っていたらこの曲に出会いました。もう、ヤラれたというか、シビレタというか。こんな曲を作れたら死んでもいい(笑)。同じ時期に井上陽水と安全地帯のコラボ曲「夏の終りのハーモニー」にもハマって、この2曲ばっかり聴いてました。でも、ドライブには「ひとつだけ」のほうが合うかな。

音が澄んでいるから運転中の雑音にも溶け込むし、サビの「離れている時でも私のこと 忘れないでいてほしいの ねぇおねがい」という部分でピアノもリズミックに、歌声はどんどんエモーショナルになって、最後に音楽の頂へと聴く者を連れて行ってくれます。

矢野顕子という人は音楽的に凄まじい天才で、だから何をやるにもちょっと遊びがあって、ホップしてますよね。決して真顔になりきらないというか、どこか衒(てら)いや照れがある。清志郎も照れの塊ですよ。そういった遊びの要素がドライブに合うのかもしれない。

世界三大テノールの一人、ルチアーノ・パヴァロッティとスティーヴィー・ワンダーのデュエット「Peace Wanted Just To Be Free」もものすごい名曲なんですが、ちょっと圧が強すぎてドライブには向きません(笑)。ヌケ感というか、自分が入り込めるような想像の余地があるのがいいんです。「ゆらぎ」ですね。今はそういった「ゆらぎ」を感じる音楽が少ないように思います。完全にBGMになってしまうか、情報量がギチギチに詰め込まれているか、両極端になっている。

1970年代くらいの、完璧ではないけど限りない味わいがある音楽が、やっぱり好きなんです。若い世代にそういった曲を「新しい音楽」として新鮮に受け取ってもらえたら、それ以上の喜びはありません。

名越康文さんのプレイリスト

名越康文

なこし・やすふみ 1960年奈良県生まれ。精神科医、ミュージシャン。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪精神医療センターにて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、99年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍中。「名越康文シークレットトークYouTube分室」も好評。夜間飛行よりメールマガジン「生きるための対話https://yakan-hiko.com/nakoshi.html」、通信講座「名越式性格分類ゼミ(通信講座版)https://nakoshisemi.yakan-hiko.com/」配信中。

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