自転車とヘルメットは安全の新常識。着用していて救われる命がある
令和5(2023)年4月1日に施行された改正道路交通法により、自転車に乗る人のヘルメット着用が全年齢で『努力義務』となった。しかし、罰則が伴うものならばともかく、罰則のない努力義務と言われても「はい、わかりました」と素直に着用する人は残念ながら少ない。「髪形が崩れる」「恥ずかしい」などという声も聞かれるが、その裏に潜むのは「自分は事故に遭わないから大丈夫」「事故なんて他人事(ひとごと)」などという何の根拠もない自信ではないだろうか。
自転車に乗った男性が車と出会い頭に衝突
2020年4月中旬のある晴れた日の午後、愛知県北西部で一件の事故が発生した。現場は、片側1車線の県道とセンターラインのない市道が交差する信号も横断歩道もない交差点。県道を北進していた普通乗用車と市道を西進していた自転車が出会い頭に衝突したのである。車と自転車の出会い頭衝突と聞くと悲惨な死亡事故を思い浮かべてしまうが、被害は骨折などのケガのみ。この奇跡を生んだのは、自転車利用者が着用していたヘルメットだった。
「信号のない交差点で、市道側に『止まれ』の標識と路面表示、停止線が設置されていました。また、県道を走る車側から見て交差点の手前両側に建物があり、交差する市道の見通しは悪かった。つまり、自転車に一時停止の義務があり、県道を走る車にも注意義務があったなかで、両車は出会い頭に衝突。規制速度の時速40㎞前後で走行していた車にノーブレーキで衝突された、自転車に乗っていた70歳代前半の男性は、頭部をフロントガラスに激突させた後、アスファルトに右半身を叩きつけられました。もし男性がヘルメットを着用していなかったら、過去の事故例から考えて、死亡していたとしても何ら不思議のないケースでした」(愛知県警交通総務課・伊藤康二課長補佐)
事故により自転車が大破したのはもちろん、車のフロントガラスもひび割れていたといい、物損被害だけを見ても決して軽微な事故でなかったことは容易に想像できる。ヘルメットで九死に一生を得た高齢男性のAさんによれば、事故のことはほとんど覚えておらず、まさに目が覚めたら病院のベッドの上だったという。
事故の1年ほど前、健康診断でメタボと指摘されたAさんは、自宅から会社までの片道約6㎞の通勤手段を車から自転車に変えた。
「長い距離を乗るにはママチャリでは大変だし、スポーツタイプの自転車がいいだろうと考え、通勤や買い物などの普段使いから運動にも適しているとされるクロスバイクを購入しました。この際にロードバイクで転倒事故を起こして大けがを負った著名人のニュースを思い出して、ヘルメットをかぶったほうが安全だろうと、ネットで探してスポーティなものを購入しました」(Aさん)
その後、雨の日以外はクロスバイクで通勤し続けたAさんだったが、ヘルメット着用については、面倒くさい、暑いなどと思ってかぶらない日も少なくなかったという。
「事故の2日前、会社の若い子が自転車で転倒してひざをケガしたと聞き、自分も危ないかもとすぐに百円ショップでひざサポーターを購入し、それと同時にヘルメットも必ずかぶったほうがいいなと思ったのですが、これが幸いしました」(Aさん)
事故の当日、Aさんが思い出せるのは、強い向かい風の中必死にペダルをこいでいたところ信号のない交差点に差し掛かり、前方に黒い車が一時停止していたこと。いい風よけになると車の真後ろで止まろうとした瞬間、車が発進。それを見たAさんは普段は行う一時停止をすることなく、そのまま車の後を追いかけるように交差点内へと進入したという。
「覚えているのはここまで。この後、左から来ていた車の存在も、衝突したこともまったく記憶にありません。医師の説明によれば、まず衝突時に左側の肋骨が7、8本折れましたがフロントガラスに突っ込んだ頭部に異常はなく、右半身をアスファルトに叩きつけられたときに右の頰が陥没して手術を受けましたが、ヘルメットのおかげでこの程度で済んだようです。それから、右ひざも打撲していたのですが、ひざサポーターがボロボロになりながらも助けになってくれたみたいです」(Aさん)
ヘルメットを着用しないと致死率は2倍以上に
警察庁の調べによれば、2018年から昨年までの5年間で、全国で発生した自転車乗用中の事故で亡くなった人の約6割が頭部に致命傷を負っていた。また、ヘルメットを着用していなかった人の致死率は、着用していた人に比べ、約2.1倍も高くなっている。
愛知県では、今回の改正道交法より1年半も早く、『自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例』により全年齢でのヘルメット着用の努力義務を導入し、ヘルメットの大切さを県民にアピールし続けてきたという。
「22年7月に行った県政世論調査の結果では、自転車利用者の5.6%が『必ず着用している』、9.9%が『着用していないときもある』と回答しており、今回の改正道交法の施行で着用率がさらにアップすることを期待しております」(交通総務課交通事故対策室・秋元公志課長補佐)
なお、ヘルメットはただかぶればいいというものではない。自分に合ったものを選び、正しい着用の仕方を身に付けることが肝要だ。