幸せって何だろう

小山薫堂 幸せの閾値

小山薫堂
2022.07.20
2022.07.20
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「幸せって何だろう」は、小説家、エッセイスト、俳優、タレントなど、さまざまな分野の方にご自身の「幸せ」についての考え方や、日々の生活で感じる「幸せ」について綴っていただくリレーエッセーです。
今回は、くまモンの生みの親でもある放送作家・脚本家の小山薫堂さんが子供の頃の思い出を辿り、「幸せ」について考察してくださいました。

幸せの閾値(いきち)

子供の頃、ゴーカートが大好きだった。ある日曜日、父親の運転で遊園地に向かう車内での出来事。渋滞に巻き込まれて疲れ切った表情でハンドルを握る父親に、8歳の僕は熊本弁でこう言った。


「これからゴーカートに乗るとに、どうしてそぎゃんつまらん顔ばしとっと? 嬉しくなかとね?」


すると父親は冷静にこう返してきた。


「お父さんはな、ゴーカートよりも速く走れる車ばここまで運転して来たとよ。だからもうこれ以上、運転はせんでよか。ゴーカートには乗らんけんね」


何てつまらない人間だろう、とその時は思った。ゴーカートに乗る……それは8歳の自分にとって最高に幸せな時間だった。


「閾値」(いきち)という言葉をご存じだろうか? 簡単に言うと「刺激を感じる境目となる値」を意味する学術用語である。嗅覚の閾値を例にしてみよう。ニンニクを臭いと感じるのは、閾値を超えるから。その瞬間、ニンニクを臭いと感じる閾値は上昇するらしい。よってニンニクを食べた本人はその臭さをあまり感じなくなる。食べていない人がそこに来ると、すごく臭いと感じるのは、閾値が正常のままだから。それと同様に幸せにも閾値がある、と僕は思っている。


子供の頃はゴーカートに乗るだけで幸せを感じるのに、大人になると本物の車でなければ幸せを感じなくなる。それは明らかに、幸せの閾値が上がったからだ。最初はどんな車でもワクワクしていたはずなのに、徐々にもっといい車が欲しくなっていくのも、閾値が吊り上がっていくからに他ならない。


自分の幸せの閾値を保つ、もしくは下げる! それこそが、自分が常に幸せでいられる秘訣だと思う。あらゆる閾値が低かった子供の頃の幸せを思い返してみると、実は今の自分が手に入れられる幸せがまだまだたくさん存在していることに気づく。幸せは探し求めるものではなく、気づくものなのだ。


先日、84歳になった父親から久しぶりに電話がきた。免許を返納することにしたと言う。その声はとても淋しそうだった。50年ぶりに父親とゴーカートに乗りに行くのも悪くないと思った。

小山薫堂

こやま・くんどう 放送作家・脚本家。1964年熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。
『世界遺産』『料理の鉄人』などのTV番組を手掛け、映画『おくりびと』では米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。エッセイや作詞などの執筆活動のほか、地方創生にも携わり「くまモン」の生みの親でもある。

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