石田衣良 みんなの幸せ、ひとりの幸せ
「幸せって何だろう」は、小説家、エッセイスト、俳優、タレントなど、さまざまな分野の方にご自身の「幸せ」についての考え方や、日々の生活で感じる「幸せ」について綴っていただくエッセーです。 今回の執筆者は、小説家の石田衣良さん。集団を離れ、個々人の密(ひそ)やかでささやかな楽しみを見つけませんか? とご提案。
みんなの幸せ、ひとりの幸せ
ぼくたち日本人の幸せは、国全体の幸福度に左右されることが多いようだ。バブルの絶頂期から30年、個人もみなうつむき加減で、幸福度もさして上がらないまま日々をやり過ごしている。
そこで他の国に目を向けてみよう。エリザベス女王が亡くなったばかりの大英帝国の最大領土は約100年前、スペインの無敵艦隊が世界を制したのは約450年前。そしてイタリアに至っては、ローマ帝国の最盛期が約1900年前という遥(はる)か昔の歴史的過去となる。
要するに経済的な盛りを過ぎても、国も個人も長くながーく生きていかなければならないのだ。でもイギリス人もスペイン人もイタリア人も、さして幸福度が低いとも思えない。それどころか、長期バカンスをとり、ワインを飲んで、恋愛なんかもして、おおいに人生を楽しんでいるようにみえる。三世代以上も昔の最盛期など、国にも個人にも記憶がないから、もうへっちゃらなのだろう。そういう意味では、バブルの余韻を日本人が完全に忘れるには、もうすこし時間がかかるのかもしれない。まあ、実のところ拝金主義ばかりで、いい時代ではまったくなかったけれど。
さて、ここでひとつ提案。そろそろ集団離れをニッポンの個々人もしてみませんか。国や、世のなかや、みんなから、自分を切り離して、ひとりひとりが自由気ままに幸せになればそれでいい。いつまでたっても経済成長率に幸福度を左右されるなんて、情けないし、おもしろくない。全体としてはいまいちでも、個人は幸せ。これから日本もそんな国になるといいなと思うのだ。みんな、他人の目など気にせず勝手に幸せになって、いいんだからね。
さてさて、そんなぼく個人の最近の幸せは、大学生の頃世界中で大流行していたディスコ・ミュージックのCDをこつこつ蒐集(しゅうしゅう)すること。書斎で大音量で聴く初期マイケル・ジャクソンやシックなどは、懐かしさで増幅されて、キラキラ光り輝くようだ。まあ、音楽自体のレベルも高度で、人類史上最高のダンス音楽といっても、さして過大評価にはならないのだけれど。
最近CDプレーヤーの使いかたがわからない若者も多くなっているという。アナログレコードと同じようにCDも過去の遺産となっていくのだろう。まだ市場に出回っているうちに、好きなシンガーやバンドの銀盤をこっそり備蓄していく。それがぼくのこの冬の個人的なお楽しみです。
石田衣良
いしだ・いら 1960年、東京生まれ。84年に成蹊大学を卒業後、広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターとして活躍。97年『池袋ウエストゲートパーク』でオール讀物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。2003年『4TEEN フォーティーン』で直木賞を受賞。06年『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞、13年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞。『アキハバラ@DEEP』『美丘』など著書多数。近刊は『禁猟区』、『池袋ウエストゲートパーク18 ペットショップ無惨』。