田中俊之 子どもは他人
「幸せって何だろう」は、小説家、エッセイスト、俳優、タレントなど、さまざまな分野の方にご自身の「幸せ」についての考え方や、日々の生活で感じる「幸せ」について綴っていただくエッセーです。 今回の執筆者は、「男性学」研究の第一人者・田中俊之さん。子育てを中心とした日々を送る中で得た、幸せについての気づきとは?
子どもは他人
2016年に長男が誕生して以来、基本的に17時30分には帰宅する生活を続けている。この時間に家にいなければ、子どもと一緒に食事をするのは難しい。
その後は、お風呂に入れたり、寝かしつけをしたりしなければならない。
2019年に次男が生まれ、子どもの世話は2倍になるかと思っていたが、それどころではなく何倍も忙しくなり、ますます僕たち夫婦の生活は子育てを中心に回るようになった。
どうして育児に時間を費やすのか。
普通の能力しか持たない男性、言わば「フツメン」の僕からすれば、子育てと仕事の両立は非常に難しいことだ。
ごく単純に、仕事を取れば、育児が疎かになってしまうし、育児を取れば、仕事はある程度諦めざるを得ない。
どちらかを選ぶしかない状況で、子どもと一緒に過ごす生活を選んだわけである。
先日、小学校一年生の長男が、大好きなクワガタを主人公にした漫画を描いていた。
それを読んで笑っていたら、子どもはもう一回読んでみてと何度も頼んできた。
その度に、大いに笑った。
僕のリアクションを見ていた長男の表情は、本当に幸せそうだった。
人に認められること、そして、人を喜ばせることの二つが人間の幸せには大切なのだろう。
こうした話をすると、さも育児がうまくいっているようだが失敗も少なくない。
子どもを喜ばせようと、仮面ライダーやウルトラマンのこれから放送される回の情報が載っている雑誌を買ってあげていた。
でも、ある日、雑誌の発売日だから本屋さんに行こうかと長男を誘うと、行きたくないと言ってきた。
理由を聞くと、雑誌を読むとまだテレビで放送していない回の内容がわかってしまうので嫌だということだった。
子どものためにとやっていた行動が、長男からすれば迷惑だったのである。
3歳になった次男はイヤイヤ期の真っ最中である。
特に困るのは、仕事の時間が迫っているのに、保育園に行きたがらないときだ。
ある日、泣き叫ぶ次男を無理やり抱き抱えて登園すると、保育園の先生が「そういう日もあるよね」と優しく次男に声をかけてくれた。
親の都合とは別に、子どもは子どもでその日の体調や気分というものがある。
自分の気持ちを理解してもらった次男は、落ち着きを取り戻して、先生に抱っこされながらバイバイと手を振ってくれた。
自分の子どもとはいえ二人とも、決して思い通りにはならない。
まさに他人なのである。
一人の個人としてお互いに尊重し、わかりあうのは簡単ではなくても、わかりあおうと努力する。
子どもたちとこうした親密な関係を築けることに幸せを感じるからこそ、僕は子育ての時間を中心とした生活をしているのだと思う。
田中俊之
たなか・としゆき 1975年東京都生まれ。 大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻准教授。 男性の働き方問題や生きづらさについて考える「男性学」研究の第一人者として知られる。 著書に『男性学の新展開』『男がつらいよ―絶望の時代の希望の男性学』『〈40男〉はなぜ嫌われるか』『男が働かない、いいじゃないか!』『男子が10代のうちに考えておきたいこと』など。