GT-Rのルーツはこの一台だった! 日産が生んだ幻のミッドシップスポーツ「MID4」
フェラーリに挑んだ日産の幻のスーパーカー「MID4」は、なぜ発売されなかったのか?1985年のフランクフルトモーターショーで披露されたNISSAN MID4は、横置きエンジンとフルタイム4WDを組み合わせた日産初の本格的なミッドシップモデル。HICASなどの先進技術を結集し、未来のスポーツカー像を提示した。
【1985年9月10日】
フランクフルトモーターショーに「NISSAN MID4」出品を発表!
外板にはFRPを使用し、デザインの自由度を高めながら「流麗かつ精悍(せいかん)なボディーフォルム」を実現。そのプロポーションは、欧州スポーツカーに真っ向から挑む姿勢を感じさせた
1985年9月10日、日産は西ドイツ(当時)で開催される第51回フランクフルトモーターショーに、新開発のミッドシップスポーツカー「NISSAN MID4」を参考出品すると発表した。
当時のニュースリリースでは、MID4を「新世代の本格的な2人乗りスポーツカー」と位置づけ、市販化を視野に入れた日産初の本格ミッドシップモデルとして展示すると紹介されている。
MID4の特徴は、ミッドシップ横置きエンジンとフルタイム4WDの組み合わせである。
センターデフ+ビスカスカップリング式4WDにより路面状況を問わず確実な駆動力を確保し、さらに新開発の「ダイアゴナルAアーム式リヤサスペンション」を採用。A字型のアームを斜め(ダイアゴナル)に配置した独立懸架式のサスペンションで、これによって高速操安性、不整路旋回性、タックイン特性、旋回制動安定性など限界性能の向上を実現した。
さらに、日産独自の4輪操舵システム「HICAS」(ハイキャス)を組み合わせることで、低中速域での鋭い応答性と高速域での安定性を両立。4輪ベンチレーテッドディスク+電子制御4輪アンチスキッドシステム(ABS)など、総合運動性能も当時として極めて先進的だった。
日産がフランクフルトモーターショーで掲げた出展テーマは「昨日、今日、明日」。高度な運転テクニックを必要としないで安全に運転できるMID4 は、そのテーマを象徴する存在として話題となった。その後、1987年には後継試作車「MID4-II」へと発展し、市販化を強く意識した内容へ進化したが、当時の日産は財政状況が悪化し、コスト的に先進技術による高品質を実現するのは困難との理由で市販化は幻に終わった。
【日産 NISSAN MID4】
●全長×全幅×全高:4150×1770×1200 mm ●ホイールベース:2435mm ●車両重量:1230kg ●搭載エンジン:
PLASMA-VG30DE
型
(2960cc 水冷V型6気筒DOHC24バルブ)
PLASMA-VG30E型をベースに4バルブDOHC化した新開発のPLASMA-VG30DE型(参考出品)を搭載。最高出力はネット値で230PS/6000rpm、最大トルク28.5kgm/4000rpmを発生し、当時の日産の技術の粋を集めた高性能ユニットだった