【1969年5月26日】日本の高度成長を支えた大動脈、東名高速が全通した日!|Today's memoriesあの日の記憶
1969年の東名高速道路開通式の様子(写真=NEXCO東日本)
文=津島 孝

東名高速が全線開通した日──1969年、日本の高度成長を加速した“大動脈”の誕生!

物流効率化、観光の大衆化、沿線都市の発展。東名高速が日本にもたらした変化とは?

東名高速道路が東京〜小牧間で全通し、日本の高度経済成長を支える大動脈が誕生。国道1号の渋滞や輸送力不足を背景に建設された東名高速は、物流の効率化、観光の大衆化、沿線都市の発展を一気に加速させた。その影響は現在も続いている。

【1969年5月26日】
東名高速道路の全区間が開通!

1969年5月26日、東京ICから小牧ICまで約346.7kmが開通し、東名高速道路は日本の大動脈として本格的に動き始めた。

ちょうど日本は高度経済成長の真っただ中で、自家用車が急速に普及していた。国道1号は慢性的な渋滞と輸送力不足に悩まされ、工業地帯が連なる太平洋ベルト地帯では、大量輸送を担う新たな幹線道路が強く求められていた。さらに翌1970年には大阪万博も開催予定。こうした背景のもと、名神高速に続く第二の大動脈として東名高速の建設が進められた。

全通によって東京〜名古屋間の移動時間は大幅に短縮され、物流は劇的に効率化した。東名高速は開通直後から「物流の大動脈」として機能し、沿線の工業団地や住宅地の開発を後押し。静岡・神奈川の沿岸部では観光需要が拡大し、サービスエリア文化もこの頃に形成されていく。自家用車での旅行が一般化し、レジャーの大衆化が一段と進んだことも大きな変化であった。

さらに、東名高速は災害時の緊急輸送路としても重要な役割を担うようになり、社会インフラとしての価値を高めていく。近年は交通量の増大や老朽化に対応するため、新東名高速道路が整備され、その6車線化が進み、最高速度120km/h区間の導入など、時代に合わせたアップデートが続いている。

薩埵(さった)峠より富士山を望む。海岸寄りに東名高速が走る

東名高速道路の全通によって、都市間の移動時間が縮まり、太平洋ベルト地帯の一体化が進行。東京一極集中が進むなかで、周辺都市の成長を支える役割も果たした。写真は薩埵(さった)峠から望む東名高速道路と富士山

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