ごみ清掃車のドアは特注品⁉ ベテラン運転手が明かす“こだわり装備”とは
身近な存在なのに意外と知らない「ごみ清掃車」の世界【後編】「まちじゅう きれいにおそうじ せいそうしゃ(せいそうしゃ)」で、おなじみの「ごみ清掃車」 。子供たちから保護者まで、長年にわたり多くの世代に愛されてきた名曲『はたらくくるま』に登場する身近なクルマであり、地域社会の衛生維持に欠かせない存在です。
そんな普段から見かける機会が多い清掃車ですが、ごみを収集するという用途以外にどんな特徴や機能を持ったクルマなのか、実はなかなか詳しく知る機会がありません。お笑い芸人と清掃作業員の二刀流をつとめるマシンガンズ・滝沢秀一さんに、最大の特徴であるごみの積載装置の仕組みについて教えてもらったのが前回の記事。
後編となる今回は勤続26年目のベテラン運転手に、練馬区練馬清掃事務所にて、まだまだ“神秘のベール”に包まれたごみ清掃車について、カラーリングの意味や、安全のためのこだわりの装備など、知られざる秘密の数々を教えてもらいました。
運転手のテストは実技と筆記
気になる1台あたりのお値段は?
――前回、マシンガンズの滝沢さんが「僕は運転はしません」とおっしゃっていました。収集作業員と運転手で、完全に担当が分かれているんですね。
清掃の仕事では、「運転職員」と、ごみを積みこむ「収集職員」と2種類あります。東京23区内は、分業しているんですが、23区外の都市だと運転も収集も両方やるみたいです。私は運転専門です。この仕事に応募した際には、筆記と実技のテストがありました。
石神井清掃事務所 車両係 担当技能長 高橋浩美さん(59)。CADオペレーターから清掃車の運転手に転職。今年26年目を迎えたベテラン
――「この運転手は清掃車の運転がうまいな!」と、感じるのはどんなところですか?
ごみ集積所へのクルマのつけ方ですね。寄せすぎちゃうと収集作業員が降りるときにごみを踏んじゃったりするので、ちょうどいい間隔で停めるのが熟練の技です。あと集積所ってバックでつけるところが多いのですが、バックするときに安全確認をした上で、スムーズにつけていると「寄せ方うまいな」と思いますね(笑)。
――今回、用意していただいた清掃車では、何か特別な免許は必要ですか?
「小型プレス車」という車種で、パッカー車とも呼ばれています。普通自動車免許で乗れますが、準中型(3.5トン以上7.5トン未満)か、中型8トン限定免許が適用されている免許である必要があります。
※中型8トン限定免許
2007(平成19)年6月1日までに普通免許を取得した人は、車両総重量8トンまでのクルマを運転できる。
小型プレス車。東京23区の清掃車は同じカラーリングで統一されている
――ごみ清掃車1台あたりのお値段は?
最近は値段が高騰していて、車両本体価格に自賠責などの諸費用込みで1000万円くらいですね。
練馬区で保有している清掃車は20台ぐらいで、1日に稼働している小型プレス車は3台です。このほかに委託している車両を合わせると、1日に64台の清掃車両が動いています。団地なんかは大型車で回るなど、積むゴミの量や種類によってクルマを替えています。
――運転はマニュアル(MT)、それともオートマ(AT)ですか?
これはマニュアル車です。昔からマニュアルが主流だったとは思うのですけど、一応、セミオートマのタイプもあって、そちらを導入している区もあります。うちの事業所でも一度セミオートマを入れたことがありました。
――なぜ、マニュアル車が主流なのですか?
PTO(Power Take-Off)といって、ごみの積載装置をクルマのエンジンの動力で動かすのですが、運転から架装へPTOのスイッチで切り替えています。
たとえばごみを収集している際に、後ろから一般車両がきたのでクルマを寄せるという場面があります。セミオートマだと、PTOを切って、ドライブに入れて発進という手順なのですが、PTOが切れていない状態でドライブに入れるとエンストしちゃうんですよ。それが現場としては「ちょっとやりづらい」という声があって、練馬区ではすべてマニュアル車となっています。マニュアルならクラッチを切ればエンストしませんから。
PTOのスイッチ。左側にはごみの積載装置の操作スイッチが並ぶ
――後ろの積載装置も車のエンジンで動かしているのですか?
動力はエンジンからです。マニュアル車の場合はクラッチを切ってから、PTOのスイッチを入れると動力が架装へと切り替わります。その時はギアが入らないので、基本的にクルマは進まない構造になっています。ダンプ車なんかも荷台を上げるときは、PTOで動力を架装へ切り替えて動かしています。ごみ清掃車はスイッチで切り替えますが、ダンプなんかはレバーでやったりするようです。
ごみ清掃車に死角なし⁉
バックモニターで視界良好
――車内で長時間過ごすと思うのですが、運転のしやすさや乗り心地はいかがですか?
フロントガラスの視界も広くて運転はしやすいですよ。むしろ自家用車の方が運転しづらいですね(笑)。
座席に関しては運転手は乗り心地がいいと思います。でも、収集作業員としては助手席が2人掛けなので、体の大きい人が乗っちゃうと結構ぎゅうぎゅうで、狭そうだなと思うこともあります(笑)。
運転席からの眺め。視界はかなり広いという印象
運転席の様子。助手席には作業員2人が座れるようになっている
――ごみ清掃車に特有の死角はありますか?
昔はバックモニターがなかったので、後ろがまったく見えませんでした。それでバックするときの事故もあったみたいですが、バックモニターが導入されてからは、運転中も後方確認がしっかりできるようになりました。サイドミラーも大きいので、死角に関しては一般の乗用車よりも少ないと思います。
運転席後部の窓ガラスからは荷箱しか見えないが……
車両後部に取り付けられているカメラ
運転席のバックモニター。カメラがとらえた車両後方の様子を映している
さまざまな角度で取り付けられている、複数のサイドミラー。車両前方から側面まで広範囲がカバーできる
――ごみ清掃車の近くで、一般の方に注意してほしいことはありますか?
清掃車の近くで、自転車のすり抜けをされると、これはとても怖いので、注意をしてほしい。あとはトラックと同じようにバックするときは「バックします」、左折する時は「左に曲がります」とアナウンスが流れますので、近くを通る際は、その音声も意識してほしいです。あとは基本的なことですが、一般車のドライバーには、ウインカーやハザードランプなど、クルマの合図をよく見てほしいですね。
――運転する際に、特に気を使うのはどんな場面ですか?
やはり発進のときですね。集積所での収集が終わると、作業員に「オーライ!」と声をかけてもらって、安全を確認してから発進します。あと収集作業時は窓を開けていますので「自転車来ているよ!」とか、3人で声をかけ合って未然に事故を防ぐようにしています。
――圧縮板の操作ボタンの横に「連絡ブザー」がありますが、どんな時に使うのですか?
今はバックモニターが付いたので、収集作業が終わったかどうか目視で確認できるようになりましたが、昔はブザーでピッ!ピッ!と鳴らして「収集が終わったよ」と作業員が合図していました。このクルマには付いてないのですが、会話ができるマイク付きのタイプもあります。
ごみの投入口の横にある圧縮板の操作ボタン類と、運転席へ合図する「連絡ブザー」のスイッチ
ドアは東京23区だけの特注品⁉
ごみ清掃車ならではの装備の数々
――架装を動かすPTO以外に、清掃車ならではの装備や機能はありますか?
車両火災に備えて消火器を必ず積んでいます。昔はライターが主な出火原因だったのですが、最近はリチウムイオン電池が多いですね。可燃ごみの袋の中に入れられちゃったりすると、衝撃に弱いのでプレスしたときに出火してしまったり、運転手としては車両火災が一番怖いですよ。
――実際に車両火災に遭ったことはありますか?
一度だけあります。当時、私は運転席にいたのですが、収集しているときに煙が出てきて、作業員がすぐに気づいてくれました。たまたま清掃工場の近くの現場だったので、作業員に「工場の近くで車両火災が発生したので、とりあえず清掃工場に向かいます」と、電話で連絡してもらってから向かいました。清掃工場には広い駐車場があるので、そこで消火器を噴射して事なきを得ました。
――ちなみに出火原因は?
可燃ごみの中に混ざっていたリチウムイオン電池です。鎮火したあとも消防隊の方に立ち会ってもらって、地面の上に荷箱の中のごみを全部出して、どれが車両火災の原因になったのか、一つひとつ袋を開けて調べます。
――清掃工場が近かったのは不幸中の幸いでしたね。
これが清掃工場の近くじゃなかったりすると、まずどこにクルマを停めるか難しくなります。住宅街のど真ん中だったりすると、広い空き地があればいいですが、適当な場所が近くにないとなると、どこに停車して消火作業をするかという難しい判断を迫られることになります。
――収集作業のために作業員が頻繁に乗り降りすると思いますが、開け閉めしやすい工夫などはありますか?
助手席のドアが「スライドドア」になっています。集積所につけた時に道幅が狭かったり、電柱があって普通のドアだと開けづらいような場所でも、乗り降りしやすくなっています。
昔は普通のヒンジドアだったのですが、狭い道でバイクがすり抜けて来たりもしますので、そういった追突事故を防ぐためにも、道幅に対して最小限に開くということで特注のスライドドアになったそうです。
東京23区では助手席のみ特注のスライドドアを採用している
――特注ということは、東京だけということですか?
東京23区内でしか見たことないですね。いすゞ自動車さん、日野自動車さんなどの車体メーカーに、「スライドドアにしてほしい」と現場の要望を伝えて、設計図を作ってもらったという経緯があります。ちなみに運転席側は普通の一般的な車のドアです。
――空調やオーディオなど普通の乗用車に付いている装備はありますか?
もちろんあります。トラックとほとんど一緒ですよ。空調なんかはありますね。ラジオも付いていますが、作業員の誘導の声が聞こえないと困るので、ほとんど使わないです。
ごみ清掃車のインパネ。オーディオや空調のツマミなど見慣れた装備が並ぶ
収集作業中は車両後方にあるLEDが点灯する
――実は練馬区には、特別なごみ清掃車があると聞いたのですが……。
「スケルトン車」という荷箱の両側が透明になっていて、中の構造がわかる清掃車があります。環境学習などに使われる車両ですが、これを運転して小学校や保育園に行くと「なんか変わった清掃車がいる!」と、子供たちが目を輝かして見ているので、いつも以上に緊張しちゃいます。襟を正さないといけないというか(笑)。
清掃車は小さい子供に人気があるんですよ。街中ですれ違うときも余裕があれば手を振ったりしますし、このクルマを運転する前は思わなかったんですけど、清掃車を運転するようになって「見られている」という緊張感を持つようになりました。
スケルトンごみ清掃車。小学校などの環境学習に使われている広報用のクルマ(写真=練馬区環境部)
「生ごみは絞ってください」
一番汚れが気になる箇所は?
――清掃工場でゴミを出したあとは、どんな作業があるのですか?
車庫で洗車します。練馬では谷原(やはら)清掃事業所というところが、車庫になっています。朝、車庫を出発すると、練馬と石神井(しゃくじい)と2つの清掃事務所があるのですが、そこで作業員2人と合流して集積所を回っていきます。収集が終わって清掃工場で荷箱のゴミを排出したら、事務所で作業員を降ろして、車庫へ戻って洗車するというのが一日の仕事の流れです。
――洗車の方法は?
コイン洗車場で見かけるような高圧洗浄機の強力なやつで洗浄水をクルマ全体に当て、運転席を拭いたりして、30分くらいかけて車全体をきれいにします。洗車はほぼ毎日していますが、雨の日だと少し時間がかかります。
荷箱の裏側の扉。ここも開けて、中を高圧洗浄機で掃除するそう
――とくに念入りにメンテナンスや掃除をする箇所は?
圧縮板を動かす油圧のローラーなんかは摩耗するので傷んでないか確認します。でも、それよりも一番気になるのは「汚水タンク」です。投入口の下に穴が開けてあって、ごみ袋を潰した時に出る水分が全部ここに溜まるようになっています。
生ごみは特に出るので「できるだけ水分を切ってからごみを出してください」とお願いしたいですね。水分が大体においのもとになりますので、タンクを開けて汚水を処理してという感じで、念入りに掃除します。
テールゲートや圧縮板を動かす油圧シリンダ。メンテナンスのためにカバーが開閉できる
ごみの投入口の下には水分を逃すための穴が開けられている
押しつぶされたごみから出た水分を溜める汚水タンク。容量は最大80リットル
――最後の質問です。練馬区の清掃車は、青と白のカラーリングです。これには何か意味があるのですか?
コバルトブルーのボディは「空」、そしてアイボリーホワイトのキャビン(運転席部分)は「雲」ということで「爽やかな空」をイメージしています。たとえ車両メーカーが違っても、東京23区はすべてのごみ清掃車がこのツートンカラーで統一されています。昭和43年(1968年)に当時の東京都清掃局によって選定されました。それ以前は、ごみ収集車や作業服の色はグレーだったそうです。
――そんな意味があったのですね。
私はこのさわやかなカラーリングに、とても愛着を持っていますし、社会生活に欠かせない清掃車のハンドルを握っていることに、とても誇りを持っています。私の生活の糧にもなっている清掃車ですので、これからも大切に大切に乗っていきたいと思っています。