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ハイブリッド、予防安全、EV…新たな時代の到来を実感させたエポックメイキングな国産車

記憶に残る「時代を変えた」名車たち【2000年代〜編】

高橋アキラ
2023.02.05

構成=ダズ/文=高橋アキラ(モータージャーナリスト)

2023.02.05

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いまや世界に通じるクルマへと成長した国産車。その進化をリアルタイムで感じながら、今なおモータージャーナリストとしてクルマに触れ続けている高橋アキラ氏に、エポックメイキングなクルマたちを時代背景とともに紹介してもらう本企画。後編となる今回は、2000年代、国産車のECO化を飛躍的に進めたハイブリッド車の登場から紹介していこう。

「21世紀に間にあいました。」
環境を考慮したハイブリッドの時代へ

1997年 トヨタ・プリウス(10系)

1997年 トヨタ・プリウス(10系)。1997年10月、世界に先駆けて量産型ハイブリッドとして登場したトヨタ・プリウス。5人乗りのセダン車の燃費が28.0km/L(10・15モード)。「21世紀に間にあいました。」というキャッチコピーは今でも覚えているほど衝撃的だった。

2003年 トヨタ・プリウス(20系)S ツーリングセレクション

2003年 トヨタ・プリウス(20系)Sツーリングセレクション。2003年にフルモデルチェンジし、2代目へと移行したプリウス。初代はセダンだったが、2代目は5ドアハッチバック。ハイブリッドシステムは新世代のTHSⅡへと進化し、10・15モード走行の燃費は35.5km/Lと世界最高レベルに。世界初のEVドライブモードなども搭載。

このクルマの登場はインパクトが大きかった。“大事件”とでも表現したくなるほどの鮮烈な出来事でキャッチフレーズは「21世紀に間にあいました。」で、初代プリウスがデビューした。

「おいおい“ハイブリッド”ってなんだよ?」

これはみんなが思っていた。
自動車雑誌を作るスタッフも「俺に聞くな」と言いたげな顔をしつつ、「あ〜あれね、すごく燃費が良くなる仕組みでモーターも使うあれだよ」と。

「……」

本当にわかっているんだろうか。

今でこそハイブリッドと言われれば「あ〜燃費がいいあれね」って答えるだろう。

「ん?」……答えは変わってない。でもそれだけでも意味は伝わるようになってきた。

当時のトヨタ自動車の奥田碩社長は「環境課題に対するひとつの答えを用意した」と語っていた。2022年に国連気候変動枠組条約のCOP27がエジプトで開催されていたが、プリウスが発表されたときはCOP3(京都)の時代だ。世界は地球環境の変化を問題視し、いち早くトヨタの出した答えのひとつがハイブリッドだったわけだ。

だからプリウスの登場は、一般ニュースメディアも含め、報道は加熱し大フィーバーになった。

となれば一刻も早く乗ってみたい。ということで編集スタッフと共にすぐに試乗しに行った。

「お〜、フツーに走れるじゃん!」

それほど画期的な技術的ハイライトでもあった。

しかも車両価格は「21世紀へGO!」という語呂合わせで215万円(税抜き)。カローラクラスが150万円前後の価格だから、現実的な価格でデビューしたことも大フィーバーの理由の一つだろう。

さっそく購入に走ったのは文化人たちだ。当時のガソリン価格は1L=100円の時代。かなり意識の高い人でなければ手を出さないが、逆に所有していれば周囲からは尊敬のまなざしが向けられていたに違いない。

ここにプリウスのステータスが誕生し、のちにハリウッドスターたちがレッドカーペットへプリウスで乗り付けるまでに格上げされたのだった。

追いかけるように、その2年後にホンダからはインサイトがデビュー。しかし、リアタイヤを半分覆うという近未来の空力カーデザインで2シーターという潔さだった。意気込みは伝わるものの、ライフスタイルと環境性能の両天秤は庶民にはいささかハードルが高かったようだ。

2009年 トヨタ・プリウス(30系)G“ツーリングセレクション”

2009年 トヨタ・プリウス(30系)Gツーリングセレクション。2009年5月に登場した3代目プリウスは、システムの90%以上を新開発したリダクション機構付きTHSⅡを採用。世界トップレベルの空力性能(Cd値0.25)とも相まって10・15モード走行燃費は世界トップの38.0km/Lを達成した。モデルが変わる2015年11月までの間に販売された台数は約227万台。

2009年 トヨタ・プリウス(30系)搭載ハイブリッドシステム

3代目プリウスに搭載されたハイブリッドシステム。1.8Lエンジンを採用することで、高速走行時のエンジン回転数を抑え、高速燃費を向上。バッテリーの電力を使ったトヨタ初の電動ウォーターポンプ採用など、あらゆる高効率化が図られていた。

1999年 ホンダ・インサイト(ZE1)

1999年 ホンダ・インサイト(ZE1)。初代プリウス発売から2年遅れで登場したインサイト。空力特性向上を狙ったリアスパッツが特徴的な2人乗り。1.0Lエンジンとモーターの組み合わせとなる「Honda IMAシステム」を搭載し、アイドリングストップ、回生ブレーキ、モーターアシストにより10・15モード走行燃費は35km/L。

2009年 ホンダ・インサイト(ZE2) G

2009年 ホンダ・インサイト(ZE2) G。3代目プリウス登場の数か月前、一足先に2代目へとフルモデルチェンジしたインサイト。プリウスと同じ5人乗りの5ドアハッチバックとなり、ガチンコ対決。プリウスの車両本体価格が205万円(消費税5%税込み)からだったのに対し、インサイトは189万円(消費税5%税込み)からとリーズナブルだった。

「ぶつからないクルマ」を目指し
予防安全技術の大衆化

スバルの運転支援システム・アイサイトのイメージ図

2008年 スバル・アイサイト。1999年発売のレガシィ・ランカスターに搭載されたADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)を皮切りに進化を続けるスバルの運転支援システム、アイサイト。ステレオカメラにより前方の状況を把握し、プリクラッシュブレーキや追従機能付きクルーズコントロールなどを備える。

1970、80年代は技術革新がさまざまな領域で起こり、ABSもその頃搭載され始めた。搭載当初は「俺の“人間ABS”のほうが優秀だから、そんなの関係ねぇ〜」って言う腕自慢も多くいた。

が、2000年代になるとABSはもはや当たり前の技術として搭載され、技術はさらに加速し、「予防安全」という考え方が開発思想に入ってくる。各社、短・中・長距離レーダーやカメラ、ソナーなどのセンサーを駆使し、衝突を未然に防ぐシステムの開発を始めた。

2008年、TVCMでひときわ注目を集めたのは、スバルの「ぶつからないクルマ」という表現だった。

「マジか! これはいいね」と世間も反応し、事故件数の減少にも貢献した。そして「板金屋の仕事が減った」という話も嘘か誠か囁(ささや)かれたものだった。

PR展開の大成功によって、ディーラーに「ぶつからないクルマください」と訪れる客がいたというスバル武勇伝は、業界内でも有名な話だ。予防安全技術対策は国交省も推奨し、のちに搭載が義務化されたほか、経済産業省から補助金が出る(補助金は現在終了)「サポカー(安全運転サポート車)」には、「衝突被害軽減ブレーキ」の項目も含まれていた。

こうして予防安全技術は軽自動車にも広がり、安全技術の大衆化へとつながったのだ。

2008年 スバル・レガシィツーリングワゴン(BP型)2.0GT EyeSight

2008年 スバル・レガシィ ツーリングワゴン(BP型)2.0GT EyeSight。2008年登場のレガシィは、スバルとして初となるプリクラッシュセーフティ(衝突軽減)機能を持った先進運転支援システム「EyeSight(アイサイト)」を採用。プリクラッシュブレーキ、AT誤発進抑制制御、全車速追従機能付きクルーズコントロールなどを実現。

2008年 スバル・アイサイトの新型ステレオカメラ

2008年 スバル・アイサイト。2008年登場のレガシィシリーズに搭載された「EyeSight」の肝となる新型ステレオカメラ。新開発3D画像処理エンジンを用いることで、歩行者、自転車も対象としたプリクラッシュセーフティを実現した。

2003年 ホンダ・インスパイア(UC1型)

2003年 ホンダ・インスパイア(UC1型)。ホンダが「世界初」と謳(うた)った衝突被害軽減ブレーキを搭載した。ミリ波レーダーで前方約100mにわたり、車両を検知し、警報音などによりドライバーに危険認知や回避操作を促す。さらにブレーキアシストや乗員拘束力を高めるシートベルト制御、衝突前のブレーキ制御による速度低減も行った。

2019年 日産・セレナ(C27)e-POWER ハイウェイスターV

2019年 日産・セレナ(C27)e-POWER ハイウェイスターV。日産の運転支援技術「プロパイロット」はセレナなどに搭載されてきた。2019年にマイナーチェンジした5代目セレナは、360度の安全を提供する全方位運転支援システムとして、隣接レーンの後側方を走行する接近車両との接触を回避するよう支援する「インテリジェントBSI(後側方衝突防止支援システム)」や、車線逸脱防止支援システム、エマージェンシーブレーキなどあらゆる支援機能が盛り込まれていた。

脱炭素化は世界全体の流れ
電気自動車(EV)への一歩

2009年 三菱・i-MiEV

2009年登場の三菱・i-MiEV(アイ・ミーブ)を皮切りに、国産車でもさまざまなEVが市場投入されてきた。世界中の自動車メーカーがEVシフトを現在進行形で進めている。

地球温暖化対策で語られる温室効果ガス削減や脱炭素化など、世界は化石燃料からの脱却へとシフトチェンジしている。

そのため、ガソリン・軽油を燃やして走るエンジンはCO2を排出し、自然界に悪影響があるという理由で、そうした内燃エンジンからの脱却が欧州では活発化している。

その代替、あるいは“新しい乗り物”として注目されているのが電気自動車(EV)だ。

三菱自動車はこうした脱炭素化に向けていち早く軽自動車規格のEVをデビューさせた。i-MiEVは2009年にデビューし、続けて軽のワンボックス(商用)、軽トラックも発売している。だが、時代の先を行きすぎたのか、アーリーアダプターよりも、さらに新しいもの好きのイノベーターの間でしか熱は上がらなかった。もちろん、車両価格や航続距離に課題はあったにせよ、量販するにはあまりにもハードルが高かったわけだ。

あれから13年、三菱自動車は満を持して再び軽規格のEVを出した。

それが、eKクロスEVだ。今度は多くの人から受け入れられる状況へと変わったのだ(兄弟車となる日産・サクラが同時期に発売)。

さらに、ここにきてカーボンニュートラル燃料が登場。燃料生成時にCO2を回収し、燃焼時に出るCO2よりも回収量が多いことから自然界にCO2を増やしていない、という理屈の燃料が注目を浴びている。

結果的に「tank to wheel」で考えるか「well to wheel」で考えるかによって出せる解に違いが生まれ、混沌(こんとん)としていると言えるかもしれないが、少なくともこれまで以上に電動化が進むことは間違いなく、クルマが大きく変化していく過程であり、エポックメイキングな時代のど真ん中にいる我々は、変革の歴史の目撃者でもあるのだ。

2009年 三菱・i-MiEV

2009年 三菱・i-MiEV(アイ・ミーブ)。世界初の量産型電気自動車として登場した三菱のi-MiEV。三菱・iをベースに、モーター、バッテリー、回生ブレーキなどを搭載。空調なしの状態で120kmの走行が可能(公表値)とされていた。発売当時の価格は459万9000円(消費税5%税込み)。

2010年 日産・リーフ(ZE0)

2010年 日産・リーフ(ZE0)。2010年12月に発売を開始した日産のEV、リーフ。アメリカやヨーロッパなど世界各国の市場に投入され、話題となった。デビュー当時は満充電で200kmの走行が可能とされた。車両本体価格は376万4250円(消費税5%税込み)~。

2018年 日産・e-NV200 バンGX

2018年 日産・e-NV200 バンGX。日産の商用バン、NV200をベースとしたEVがe-NV200。リーフに続く、日産2車種目の量販EVで、初代のモデルは2014年6月に発表された。満充電での走行可能距離は185km。乗用登録のワゴンも設定されていた。

インジェクションから電気自動車まで、2回にわたってお送りしてきた「記憶に残る時代を変えた名車たち」。時代ごとに大胆な進化を遂げていく様は、車好きでなくとも胸躍るものだったのではないだろうか。群雄割拠なEV市場の動向も目が離せず、次のエポックメイキングな変革の目撃者はあなたかもしれない。

高橋アキラ

たかはし・あきら モータージャーナリスト、公益社団法人自動車技術会 モータースポーツ部門委員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、日本モータースポーツ記者会会員。やんちゃなチューニング全盛期の自動車専門誌編集者時代を経て、技術解説、試乗レポートなどに長けた真面目なジャーナリストに。Y30グロリアワゴン、マスタングなど愛車遍歴にはマニアックな車も多い。

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