「春眠暁を覚えず」!? 実は季節に関係なく起こる“居眠り運転”
年齢別の人身事故件数は20歳代が最多写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
過去の交通事故から、安全運転の方法を探る事故ファイル。今回は、居眠り運転による事故について取り上げる。
運転中、春の陽気につい眠気を誘われてウトウト…
「春眠暁を覚えず」
中国唐代の詩人・孟浩然(もうこうねん)の五言絶句「春暁」に由来するものだが、簡単に言えば「春の眠りは気持ちが良くて、つい朝寝坊をしてしまう」という意味である。
厳しい冬の寒さから解放される春は、朝寝坊だけでなく、ぽかぽか陽気の日中も眠気に誘われやすいという人も少なくないだろう。
もちろん、その誘いは運転中にも起きること。
運転中の眠気は居眠り運転へとつながり、その先に待つのは悲劇でしかない。
東京都内で新型コロナウイルス感染者数が急増し始めた2020年3月下旬のある日の午後、都北部で一件の事故が発生した。
20歳代後半の男性がハンドルを握る普通乗用車が道路左側沿いに建つ住宅の生け垣をなぎ倒した後、門柱に衝突したのである。
ドライバーいわく、事故の原因は居眠り運転だった。
自宅から30分ほどのショッピングモールに向かう途中、ハンドルを握ったまま寝落ちした男性を乗せた普通乗用車は、片側1車線道路の緩やかな右カーブを直進し道路左側へと逸脱。
最初に生け垣をなぎ倒したことで減速したのか、ノーブレーキで門柱に衝突したにもかかわらずドライバーが無傷で済んだことは、不幸中の幸いだった。
「たまたま歩行者がおらず、車両単独の物損事故で済みましたが、現場は通学路だったので、タイミングによっては、多数の死傷者を出すような大事故となっていても不思議ではなかった。3年たった今も、事故のことを思い出すと、人殺しになっていたのかもと震えが止まりません。しかし、あのときは年度末で仕事が忙しかったのは確かですが、前日に一息ついたんです。帰りに同僚らと軽く一杯やって、1週間ぶりに日付が変わる前にはベッドに入り、昼前までたっぷり寝ました。当時はまだ20歳代でしたので体力には自信があり、仕事の疲れなどはほとんど感じていなかったし、午後3時過ぎになんで居眠り運転なんかしてしまったのか……」(男性ドライバー)
気力、体力ともに充実していた20歳代の自分がなぜ、まだ日の高い昼間に居眠り運転などを犯してしまったのかと首をかしげる男性だったが、どのように眠りに落ちてしまったかということは一切記憶にないながらも、事故を起こす前、車内の状態が非常に快適だったことだけは記憶していた。
「あの日は雲一つない晴天だったのですが、風が強くて、体感的には結構寒さを感じ、車に乗り込んですぐにエアコンをつけたんです。しばらくすると、ぽかぽかとしてとても過ごしやすいな、気持ちがいいなと思ったことを覚えています」(男性ドライバー)
エアコンから吹き出る温風と冷たい風をシャットアウトした車内に降り注ぐ柔らかな春の日差しによって、運転席に座る男性にとってはさぞや過ごしやすい状態、まさに春の眠気を誘うぽかぽか陽気に包まれた状態だったのである。
加えて、事故発生時刻は午後3時過ぎ。
午後2~4時頃というのは、「生体リズム」により眠気を感じやすい時間帯。
これらの要因が重なり、男性にとっては予期せぬ居眠り運転に至ってしまったのだろう。
居眠り事故は、春に限らず一年中起きる。人身事故件数が多い20歳代は特に注意しよう
眠気に誘われやすい「春の陽気」が一因となった今回の事故だが、過去の事故統計等を分析し事故の未然防止に積極的に取り組む千葉県警交通総務課は、居眠り運転事故に季節は特に関係ないのではないかと異議を唱える。
2017~2021年の過去5年間に千葉県内で発生した居眠り運転による人身事故件数は486件(うち死亡事故は17件)、年平均100件前後という。
これを月別に見た場合、春に該当する3月は36件、4月は40件。
ワースト3の12月の54件、6月の52件、11月の51件より10件以上少なく、居眠り運転による事故が春に特に多いわけではないという。
「最少は5月の27件ですが、50件以上のワースト3より下は、4月の40件を除けば残りは30件台ですので、春は特に多くありませんし、季節別に見て特にこの季節が多いということはありません。逆に言えば、季節や時期などに関係なく、居眠り運転による人身事故はいつでも起こり得る危険が常にあるとも言えるわけです。統計には表れない物損事故件数は人身事故の数倍に上ると思われますし、一歩間違えれば人身事故になっていてもおかしくないケースも少なくないので、ドライバーの方々には、季節などに関係なく居眠り運転に対する注意を忘れずに、安全運転を心掛けていただきたいと思います」(千葉県警交通総務課・高戸敦課長補佐)
免許更新時に受け取る交通教本にも書いてある通り、長距離運転のときは特に、自分の運転技能と車の性能に合った運転計画を立てることが、居眠り等を防ぐ安全運転への第一歩だという。
地図やナビ等を利用して、運転コースや所要時間、休憩場所、駐車場所などについて計画を立て、長距離運転の際は2時間に1回は休憩を取ること。
また、眠気を感じたら速やかに休憩を取って、眠気を覚ましてから運転することが肝要だという。
「居眠り運転を防止するためには、疲れているときや睡眠不足のときに運転を控えることが重要であることはもちろんですが、運転前に催眠作用のある風邪薬や頭痛薬、花粉症の薬などの服用も厳禁。居眠り運転に直結する飲酒運転は、当たり前ですがご法度。また警察庁の調査で、運転免許保有者の中に睡眠時無呼吸症候群(SAS)に罹患(りかん)している疑いのある方が相当数存在していることも明らかになっています。SASのドライバーは、日中でも強烈な眠気に襲われたり、運転中に眠気を感じる前に突然眠ってしまったりといった症状も見受けられるためとても危険です。SASの疑いのあるドライバーは運転免許証の更新時に申告することが定められているので、不安のある方は専門医の診察を必ず受けていただきたい」(高戸課長補佐)
また、確かな理由はまだ不明だそうだが、居眠り運転による人身事故を年齢別に見たところ、20歳代が32.5%と他の年代に比べ圧倒的に多かったという。
「居眠り運転というと、中高年や高齢者の話と考えている人が多いように思われますが、30歳代が15.8%、40歳代が13.7%、50歳代が10.2%、18、19歳が8.6%、60歳以上が18.9%で、予想に反して、20歳代が最多でした。これは個人的な推測でしかありませんが、20歳代のドライバーは心身ともに健康であれば、過労も睡眠不足も自分には無縁だと、若さを過信してしまうところがあるのでは。その結果、春のぽかぽか陽気や体内リズムなどによる眠気に誘われていることに気が付かず、事故を起こしてしまっているのかもしれませんね」(高戸課長補佐)
居眠り運転は時季に関係なく、いつ何時、誰にでも起こり得るものだが、20歳代のドライバーはより注意したい。
車線逸脱警報や衝突被害軽減ブレーキなどの先進安全技術は、あくまでも安全運転のサポートでしかないという。
標識を見落としたり、まぶたが重くなったり、あくびが止まらないなど、いつもの運転中と異なる兆候は眠気のサイン。
これらのサインを感じたら速やかに休憩を取り、思い切って15分から20分の仮眠を取るのがベスト。
ただし、30分以上の深い眠りはかえってだるさを増し眠気も強くなるという現象を起こすので、その際は身体を動かすなどして、しっかり脳を覚醒させてから運転することをお忘れなく。
眠気を感じたら無理に運転を続けず、車を止めて仮眠を取ろう。15~20分ほどの仮眠がベスト。
30分以上仮眠をとった場合は、身体を動かして脳を覚醒させてから運転を再開しよう。