誰にでも起こり得る! 急病や発作による運転中の意識喪失
そのとき、助手席の同乗者はどうすればいい?写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
過去の交通事故から、安全運転の方法を探る事故ファイル。今回は、運転中の急病や発作による事故について取り上げる。
運転中の夫が突然意識を喪失し、パニックに陥る助手席の妻。車は速度を保ったまま進み続け…
もしドライバーが運転中に意識を失ったら、どうなるか?
誰もが容易に想像できるように事故につながることはほぼ確実であり、多数の死者を生むような大惨事につながる可能性もある。
急病や発作により意識を喪失することは、普段の生活の中で老若男女を問わず誰にでも起きることであり、そこには、もちろん運転中も含まれる。
2021年初夏のある晴れた日の午後、北関東の農村地帯を縦断する市道を一台の普通乗用車が北進していた。
ハンドルを握る40歳代後半のA氏。
助手席に妻・B子さんを乗せた彼は、自宅から30分ほどのところに開店したショッピングモールへと車首を向け、黒色の愛車を走らせていた。
水田が両脇に広がる片側1車線の直線道路は、車も人も信号も少なくとても走りやすい。
買い物前の短いドライブを楽しむ二人が事故の危険や不安を感じることは露ほどもなかった。
「秋の黄金色の稲穂もきれいだけど、初夏の稲も緑が鮮やかできれいだね」
助手席の窓から果てしなく広がる水田を眺めながら、感動の声を漏らすB子さん。
しかし、その声に対し無反応を続ける運転席のA氏。
不思議に思った彼女が窓の外から運転席の夫へと目を移すと、その目に入ったのは、両手でハンドルを握ったままうつむき加減で眠っているような状態の夫の姿だった。
「キャーッ、どうしたのよ!」
悲鳴を上げながら、とにかく目を覚まさせなければと必死に夫の左肩を揺らすB子さんだったが、まるで気を失っているかのようにA氏は目を開かない。
パニック状態となったB子さんは彼の左腕をつかんで強く揺らしたところ、左手がハンドルから外れた。
その瞬間、ハンドルを握ったままの右手側へと車首を向け始める普通乗用車。
白色破線のセンターラインを越えた車は対向車線内を斜めに横切り、道路脇の約1m下に広がる水田へと飛び込むように転落。
事故は起きた。
時速40㎞前後の速度で、道路脇の水田内へと転落した単独事故。
夫婦ともにシートベルトを装着していたこともあり事故による外傷を負うことはなかったが、意識を失った状態のままの夫は救急搬送された。
「仕事が忙しかった夫は睡眠不足が続いていたので、最初は居眠り運転かと思ったのですが、声をかけても身体を揺らしても目を覚まさず、初めてパニック状態というものを経験しました。搬送先の病院でいろいろと検査してもらった結果、夫は不整脈による失神症状が運転中に現れたようで、不整脈の原因は狭心症だということでした。夫は搬送されたその日のうちに意識を取り戻しましたが、事故のときのことは何も覚えていません。タイミングによっては、対向車両との正面衝突や歩行者を巻き込むなど、私たちだけでなく他人の命を奪っていた可能性もあり、何もできなかった自分のことも含め、今でも事故のことを思い出すと震えが止まりません」(B子さん)
てんかん、心疾患、脳疾患など、体調急変の原因はさまざま
以前のデータではあるが、交通事故総合分析センターの統計によると、2008年から2012年の5年間に発生した急病や発作による事故は1,248件で、年平均約250件。
正常な運転が妨げられる体調急変を起こす要因としては、脳梗塞・脳出血・くも膜下出血・てんかんなどの『脳の病気』と、大動脈瘤・狭心症・心筋梗塞・心不全などの『循環器の病気』に加え、呼吸器や消化器の病気などもある。
事故件数全体から見れば250件はかなり少ないものだが、2011年4月に栃木県鹿沼市で起きたクレーン車暴走事故を記憶している人も少なくないだろう。
クレーン車の運転者がてんかん発作を起こして意識を消失し、登校中の小学生の列に突っ込み児童6人を死亡させた事故は世間を震撼(しんかん)させた。
さらに、翌年4月には京都市祇園でてんかん発作による暴走事故が発生し、19人もの死傷者を出したこともあり、運転中の急病や発作による事故は大惨事につながる危険なものとして多くの人に記憶された。
特に、てんかん発作による大事故が続いたことで「急病や発作=てんかん」と記憶してしまった人も少なくないかもしれない。
しかし、その認識はまったくの誤解であるという。
日本てんかん協会などによれば、てんかんのある人は100人に1人の割合でいると言われ、予想以上に多く感じられるかもしれない。
しかし厚生労働省の統計によれば、脳血管疾患や心疾患の患者数がてんかんを大きく上回る。
また、てんかん患者の70~80%は薬や外科治療などにより発作を抑制(コントロール)できるという。
てんかんは治療可能な病気であり、『特発性部分てんかん』が最も治りが良く、100%の患者の発作が治療を開始してから2年以内に止まったという。
てんかん発作に起因した事故の多くは、服薬や治療など、やるべきことをきちんとやっていれば防げた可能性が高いもの。
一方、脳血管疾患と心疾患の初めての発作や発症を予見することは極めて困難であり、ドライバーができる事故防止は、日頃から健康管理に努めることぐらいしかない。
つまり、急病や発作に起因する事故は誰にでも起こり得るものであり、ドライバーは決して他人事(ひとごと)などと軽視してはならないのだ。
2011年4月にクレーン車暴走事故が起きた栃木県では、事故後に運用を始めた「事故情報データベース」を活用し、運転中の急病や発作による大惨事の未然防止につなげるべく取り組んでいる。
栃木県警は県内で発生した人身事故10年分、物件事故5年分の交通事故情報データベースを運用し、2回以上の事故当事者を抽出し、「一定の病気」の疑いで捜査。
一定の病気に該当した事故当事者には、医師の診断を受けてもらい、運転免許の取り消しや停止の処分へとつなげているという。
「このデータベースを活用した『頻回事故歴者捜査』と、日々発生する事故の中で、病気の疑いのあるものについては、本部に報告を上げる『速報捜査』により、道路交通法で定められた『一定の病気』に起因する事故が、多数の死者が出るような大事故に発展する前に防げればと思っています」(栃木県警交通指導課・高木賢司警部)
免許の取り消しや停止となる『一定の病気』とは、意識が急になくなったり、身体が痙攣(けいれん)して動けなくなったりする病気をはじめ、認知症や統合失調症、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害、無自覚性の低血糖、脳卒中などが道交法で定められている。
てんかんも一定の病気に含まれるが、発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運転障害がもたらされないもの、発作が睡眠中に限り再発するものは除かれる。
「一定の病気による免許の停止や取り消しは、飲酒運転や速度違反等による懲罰的なものとは違い、病気なので今は一旦、運転はやめましょうというもの。医師から治ったとのお墨付きをもらえれば、一定期間後に再取得もできます。しかし、一人で運転している場合、意識がなくなったりすれば、事故は避けようがありません。これは誰に起きてもおかしくないことなので、日頃から健康管理をしっかり行い、体調の不良を感じたら、運転はやめること。急病や発作に起因する事故は、路外逸脱の単独衝突と対向車との正面衝突が多く、他人を巻き込めば、どちらの家族も不幸になります。その意味では、家族ぐるみの健康管理も大切となります」(高木警部)
ドライバーが意識を失ったとき、助手席の同乗者にできることとは?
意識を消失したドライバーは何もできなくとも、家族や友人などが助手席に乗っていれば、「かなり難しいことではあるが、やれることはある」と、モータージャーナリストの菰田潔氏がアドバイスする。
「アクセルを踏んでしまっている場合は、加速を止めなければならないので、まず、シフトレバーをDからニュートラルに入れて、動力を遮断することが大事。これで減速させた後に、サイドブレーキを引けば、大概の車は止まりますから。パーキングブレーキがフットブレーキの場合は、ドライバーを押しのけて、助手席から踏むことはまず無理ですが、最近の新車ならば、電動パーキングブレーキ(EPB)が緊急ブレーキとして使えるようになっているものが多いので、助手席からEPBのスイッチを引けばいい」(菰田氏)
しかし、車の仕様は年代やメーカーによってさまざま。
ニュートラルにもできない、パーキングブレーキも無理となったら、次はハンドル操作となるという。
「運転免許を持っている人なら、助手席からでも右手一本である程度は想像しながら操作できると思うので、人や車などがいない方向へハンドルを切って、車両の側面をガードレールなどに擦(こす)るように当てること(※)。擦り始めたら、そのままさらにハンドルを切れば、衝撃も少なく止まれると思います」(菰田氏)
もしものとき、菰田氏のアドバイスを生かせるか否かは日頃の準備が肝要だが、今回の事故例のB子さんのようにパニック状態に陥る人がほとんどかもしれない。
しかし、どんな状況になろうが、自らの命綱となるシートベルトだけは絶対に外さないということだけは記憶しておこう。
- ※ガードレールを破損させた場合は、修理代金等の支払い義務が発生します。
ドライバーが意識を失ったままアクセルを踏み続けている場合、まずシフトレバーをDからN(ニュートラル)に入れて加速を止める。
電動パーキングブレーキ(EPB)が緊急ブレーキとして使えるようになっている車の場合、助手席からスイッチを引くだけで緊急ブレーキとして使うことができる。
パーキングブレーキが引けない場合は、助手席の同乗者がハンドルを操作し、危険を回避する。