文=山岸朋央/撮影=乾 晋也

信号機のない横断歩道で起きた悲劇

写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。

過去の交通事故から、安全運転の方法を探る事故ファイル。今回は、信号機のない横断歩道で起きた追突事故に歩行者が巻き込まれた事例を取り上げる。


歩行者を見つけて一時停止した車の後ろから、別の車が突っ込んで…

「信号機のない横断歩道では歩行者が優先」

この交通ルールを知らなかったというドライバーはいないであろう。しかし、基本中の基本ともいえるこのルールを、常にしっかり守っていると断言できるドライバーは、残念なことにかなり少ないというのが現実だ。
JAFが2016年から全国で毎年実施している、信号機のない横断歩道における歩行者優先についての実態調査では、歩行者が渡ろうとしている場面で、一時停止した車の割合の全国平均は、最初の2016年は7.6%。それ以降は、2017年は8.5%、2018年は8.6%、2019年は倍増の17.1%、2020年は21.3%、そして、2021年は30.6%と、一見すると向上しているように思えるが、まだ7割近くの車が、渡ろうとしている歩行者がいたとしても、横断歩道の手前で一時停止することなく、車が優先かのように走り抜けているのである。
交通ルールを軽視、あるいは無視した運転の先に待つのは、当然ながら、悲劇しかない……。


2019年の大晦日(おおみそか)の昼前、曇り空の岐阜県南部を横断する市道を黒色のミニバンが走っていた。ミニバンの運転席に座るのは40歳代前半の女性。助手席に座る親戚と2人で買い物に出かけていた彼女は、自宅近くの走り慣れた駅前の真っ直ぐに延びる対面通行区間を東進し、数十m先に迫ってきた信号機のない横断歩道を渡っている歩行者や渡ろうとしている歩行者がいないかどうかを素早くチェックした。

「駅のほうに横断歩道を渡ろうとしている女性がいるわ。一時停止しなければ」

アクセルペダルから浮かせた右足を、ブレーキペダルに移し替え、静かに踏み込むドライバー。横断歩道の手前でゆっくりと止まるミニバン。渡り始める歩行者。歩行者優先のルールはしっかり守られたはずだった。
しかし数秒後、思いもよらぬ衝突音が静かな駅前に轟(とどろ)いた。
事故は起きた。
横断歩道の手前で一時停止したミニバンに、後方を走っていた軽四貨物車が追突したのだ。

一時停止していたミニバンは、当然、ブレーキペダルを踏んだ状態での停止であった。不意の追突にブレーキペダルから右足が離れるのは必然。制動力を失ったミニバンは、追突された衝撃で真っ直ぐ前方へと押し出された。その結果、さらなる事故が起きた。押し出されたミニバンが、横断歩道上を渡っていた歩行者をはねてしまったのだ。

岐阜県警の調べによれば、ミニバンにはね飛ばされた歩行者は現場近くに住む50歳代半ばの女性で、病院に搬送された後、死亡が確認された。また、最初に追突事故を起こした軽四貨物車の運転手と追突されたミニバンの運転手ら3人は無傷だったという。

「軽四貨物車を運転していた50歳代前半の男性は『発見が遅れた』と供述していますので、事故原因は脇見あるいは漫然運転が推測されます。また、ブレーキペダルは踏んだと言っていますが、間に合わなかったことはもちろん、追突の衝撃で押し出されたミニバンの状況等から考えると、ブレーキが利き始める前に追突した可能性も排除できません」(岐阜県警交通企画課・河野昭彦交通事故分析官)

今回の事故は類型別に見ればいわゆる玉突き事故となるが、歩行者が絡んだものとなると、非常に珍しいという。

「レアケースというか、これまで一度も経験したことがない事故パターンですが、玉突き事故の一種と考えれば、いつ起きても不思議ではない事故であることも確か。赤信号待ちの車への追突で横断中の歩行者が巻き込まれるケースも珍しくありませんから。事故現場は、ミニバンの運転手と同様に現場近くに暮らす軽四貨物車の運転手にとっても走り慣れた道。当然、信号機のない横断歩道の存在も知っていたはず。ミニバンの運転手のように、横断歩道は歩行者優先のルールを常日頃から意識していれば、脇見や漫然運転等を防げたのではないかと思われるのですが……」(岐阜県警交通企画課・谷口慎一次席)

路面に標示されたダイヤマークを見ても、その先に信号機のない横断歩道があることを気にもせず、横断歩道を渡ろうとしている歩行者は車の通過を待つものと思い込んでいるからこそ、今回のような悲劇も起こり得るのだということをドライバーは忘れてはならない。

事故図


信号機のない横断歩道での歩行者優先のルールを、しっかり再確認しよう

前述のJAFの調査における岐阜県の一時停止率は、2018年は2.2%で全国ワースト7位だったが、2021年は全国平均の30.6%を上回る35.5%(全国ベスト17位)まで向上した。これには、2019年4月から開始した、シマシマの横断歩道にちなみ命名された『シマシマ作戦』が大きく寄与しているようだ。毎月11日を含む1週間を『シマシマ週間』、11月は『シマシマ月間』と定めるなどし、横断歩道は歩行者優先を呼びかけ、ダイヤマークが見えたら車は減速することなどを周知し、横断歩道付近での見守り活動や街頭指導、交通取り締まり強化などを続けているという。

「信号機のない横断歩道に近づいたとき、横断しようとする人や横断中の人がいる場合、車は必ず停止し、歩行者を安全に横断させることはもちろんですが、横断しようとする歩行者がいないことが明らかな場合を除き、停止できる速度で進行する義務があることをドライバーはしっかり身に付けていただきたい。加えて大事なのが、信号機のない横断歩道に近づいたことを知らせるダイヤマークの道路標示。横断歩道の約50m手前と約30m手前に設置されていますが、今回のような事故を未然に防ぐためにも、ドライバーはこのマークを決して軽んじないでいただきたい」(谷口次席)

岐阜県警による横断歩行者妨害の取り締まり件数は、2017年の542件から、シマシマ作戦を開始した翌2020年には5,564件と増え、2021年は12倍超の6,517件となった。ちなみに、横断歩行者妨害の違反点数は2点、反則金は9,000円(普通車)となる。

今回のような事故の場合、加害者として責任を問われるのは、最初に追突した軽四貨物車の運転手であることは当然だが、歩行者と直接衝突したのはミニバンの女性ドライバー。責任は問われなくとも、彼女の心の中には自分の車で人をひき殺してしまったという大きな傷が一生残るであろう。
ドライバーは交通ルールを守ることの意味を、その大切さを常に考え、実践し続けることが肝要だ。

横断歩道を渡ろうとする歩行者を見つけて一時停止する車

信号機のない横断歩道を横断しようとする人がいたら、車は必ず一時停止し、その通行を妨げないようにしなければならない。

信号機のない横断歩道の手前に描かれているひし形のマーク

ダイヤマークの道路標示は、信号機のない横断歩道の約50m手前と約30m手前に設置されている。

信号機のない横断歩道に設置されている標識

横断歩道があることを知らせる標識。幼稚園や小学校周辺の横断歩道には子供2人が描かれた標識が設置されている。

まとめ

信号機のない横断歩道を横断しようとする人や横断中の人がいたら、車は必ず一時停止し、その通行を妨げないことが義務付けられている。
ダイヤマークの道路標示や標識を見落とさないようにし、歩行者優先のルールを徹底しよう。

この記事はいかがでしたか?
この記事のキーワード
あなたのSNSでこの記事をシェア!