真夏以外も要注意。車内に放置された子供の熱中症
写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
今回の「事故ファイル」では、車内に放置された子供が熱中症で死亡した痛ましい事件について取り上げる。事件が起きたのは6月だったが、車内の温度は最高50℃超に達していたとみられる。まだ真夏ではないからといって油断は禁物だ。
また、子供を車内に置き忘れることは、誰にでも起こり得る“ヒューマンエラー”だということも認識する必要がある。「自分はそんなことはしない」と思っている読者の方々も、一度この記事に目を通してもらいたい。
最高温度50℃超の車内に7時間近く放置された2歳児は…
子供を車内に放置した結果、熱中症により死亡させてしまったという事例といえば、かつては、夏場のパチンコ店の駐車場が思い浮かべられたものだが、近年は、季節や場所を限定することなく、全国各地で同様の事例が後を絶たない。ちなみに、駐車中の車内で起きたことは、『事故』ではなく、『事件』として警察に処理される。この我が子を被害者とする事件の加害者となることを、呆れた親による他人事だと考えるドライバーがほとんどであろう。しかし、今回の事例は、決して軽視してはならない、誰にでも起こり得るものだったのである。
2020年6月中旬のある晴れた日の午後、北関東で一件の悲劇が起きた。2歳の女の子が車の中でぐったりしているのが見つかり、病院に救急搬送されるも、約1時間後に死亡が確認されたのである。
警察や消防などによると、車内放置された女児の第一発見者は、40歳代前半の父親だった。救急搬送された女児は、共働きの両親と小学生の姉との4人家族。会社員の父親は新型コロナウイルスの影響のため、同年4月頃から在宅勤務をしていたという。それに伴い、父親が娘2人をそれぞれ小学校と保育所に自家用車で送り迎えしており、事件当日は、普段通り午前8時頃、姉妹を車に乗せて自宅を出発した。予定では、先に長女を小学校に送った後、次女を保育所へと送り届けることになっていた。しかし、父親は小学校へ長女を送った後、運転席の真後ろに設置されたチャイルドシートで、寝入ってしまったのか静かに座っている2歳の次女を乗せたまま、保育所に寄ることなく急ぐように自宅へと戻ってしまったのである。
自宅敷地内の駐車スペースに車を止め、ガスコンロの火でも消し忘れたまま外出してしまったかのように、慌てて運転席から降り出て、一人自宅へと戻る父親。当然、用事を済ませたらすぐに車に戻るはずの父親だが、彼が再び自宅玄関からその姿を現したのは、午後3時頃のことだった。
「在宅で行う仕事のことで頭がいっぱいだったため、次女を保育所へ送ることをすっかり忘れてしまった……」
事件後、警察の調べに対し、父親はこう供述したというが、彼が車内に放置した次女の存在を思い出すのは、もう少し後のこと。
自宅を出た父親は、自宅敷地内に駐車した乗用車の運転席に乗り込み、普段通り午後3時過ぎ、娘2人を迎えに行くため、車を発進させた。そして、これまた普段通り小学校の駐車場に車を駐車した後、小学校に隣接して建つ児童館にいる長女を迎えに行き、長女を連れて車に戻った父親の口から、思わず悲鳴が漏れた。チャイルドシートの中でぐったりしている次女の姿を目にし、すべてを思い出した父親は、自分が犯した過ちに激しく動揺しつつも、大声で周囲に助けを求めた。しかし、救急隊が到着したとき、7時間近くも車内に放置されていた次女は心肺停止状態で、その後死亡が確認された。
事件当日、次女ら家族4人が暮らす地域は、6月中旬だったにもかかわらず、正午前に最高気温27.8℃を観測し、7月中旬並みの暑さだったという。ちなみに、2019年5月に実施されたJAFユーザーテスト『5月ならまだ大丈夫? 車内での熱中症の危険』では、外気温23.3℃~24.4℃で、大型SUVの車内温度は1時間後に43.5℃になり、その後も温度は上昇し、最高46.5℃を記録している(グラフ参照)。この結果から推測しても、次女が放置された車内の温度は最高50℃超。救命救急センターの医師によれば、自分で車の乗り降りや窓の開け閉めなどができないような乳幼児は、体温の調節機能が低いこともあり、このような状況の車内に放置されることは、「数分単位で命の危険が迫る、生き地獄のような状態」だと、その恐ろしさを指摘する。子供だけを車内に残す、放置するという行為の先に待つのは悲劇しかないのである。
子供の置き忘れは誰にでも起こり得る。防ぐには対策の習慣化が大切
子供の車内放置に起因する事件は、「置き去り」と「置き忘れ」の2つに大別される。前者は、夏場以外での熱中症の危険性を知らない場合や、夏場でも窓を少し開けてあるから、あるいはエアコンをかけているから大丈夫という勝手な思い込みによる場合など。後者は、今回のように子供を乗せていること、子供の存在を忘れてしまう場合だ。どちらも、世間から非難を浴びるが、特に置き忘れは、子供に愛情がない、育児放棄、虐待などといった批判の声が絶えず、同感だとうなずくドライバーも少なくないだろう。しかし、この置き忘れは、「子供への愛情の有無に関係なく、誰にでも起こり得ること」と、ヒューマンエラーに詳しい芳賀繁・立教大学名誉教授(交通心理学)は警告する。
「どんなに大事な物事であっても、人間は忘れてしまうことがある。たとえば、コンビニのコピー機で免許証や保険証等をコピーした人が、コピーした紙だけを持って、原本を忘れて帰ってしまうということはよくあることですし、遺骨を新幹線の網棚に置き忘れたなんて話もありますから。子供に愛情があろうと、その存在を一時的に忘れてしまうことは誰もが起こし得るエラーであり、乳幼児を持つ親御さんならば、誰もが気を付けなければなりません」(芳賀名誉教授)
この誰にでも覚えがあるヒューマンエラーは、『展望的記憶』というタイプの失敗だという。記憶というと、人の名前や年表などを覚えることを思い浮かべるかもしれないが、展望的記憶は、行動の予定を記憶し、それを良いタイミングで自発的に思い出さなければいけないという特徴を持ったものだという。
「この自発的というのが結構難しい。思い出せとは誰も言ってくれませんから。ハードルの高いことを日々私たちはやっているわけですが、この展望的記憶の失敗は、他のことに注意を奪われたり、時間的切迫があったりすると起きやすい。また、これらがなくとも、普段の行動パターンにない行動は抜け落ちやすくなります」(芳賀名誉教授)
時間的に余裕がない、慌てるということは、結局、注意が足りなくなることと裏腹なのだという。たとえば、電車内でスマホの操作に夢中になり、ふと気が付いたら降りる駅だった。慌てて飛び降りたら、網棚の荷物を忘れて帰ってしまったという経験をしたことがある人は少なくないのではないか。時間に余裕を持つことが、忘れ物を防ぐには欠かせない。
「車内の子供の置き忘れには、時間の余裕を持つことこそが最大の対策だと思います。今回の事件でも、父親が仕事に注意を奪われ、早く自宅に戻らねばと気が急いたことで、保育所に寄ること、子供の存在を忘れてしまったわけですから。これに加え、車から降りる前に、後部座席を含めた車内を必ず振り返り、忘れ物等がないか指差し確認をするという動作を習慣化するのも有効です。これを身に付けられれば、子供だけでなくさまざまな忘れ物の防止につながります」(芳賀名誉教授)
置き去りはもちろん、置き忘れだろうと、これは我が子の命の問題なのだ。保護責任者遺棄の罪に問われることにもなる子供の車内放置は、季節や放置する時間などに関係なく、ドライバーは絶対にしてはならない。
たとえ少しの時間であっても、窓を少し開けているから、エアコンをかけっぱなしにしているから大丈夫、といって子供を置き去りにすることはあってはならない。
車内の子供の置き忘れを防ぐ対策としては、時間の余裕を持つことのほかに、車を降りる前の指差し確認を習慣化することも有効。子供だけでなくさまざまな忘れ物の防止にもつながる。
JAFが出動した「キー閉じ込み」の救援では、子供がリモコンキーのロックボタンを押してしまい、車内に閉じ込められてしまったというケースも。決してリモコンキーをおもちゃ代わりにさせてはいけない。