文=高橋 剛/写真=高橋克也/イラスト=北極まぐ/図版=宮原雄太

悪条件が重なる「信号機のない横断歩道」で歩行者優先が守られているかチェック!

交通量が多い、スピードが乗りやすい、歩行者が視認しにくい…

JAFの「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査」によると、信号機のない横断歩道に渡ろうとしている歩行者がいる際の車の一時停止率は、全国的に年々高まっている。 歩行者優先意識はかなり浸透しているようだ。だが、ドライバーにとって難条件が重なる横断歩道では、「ついうっかり……」という実態も。そこで今回は、あえてドライバーが止まりにくい条件が揃った横断歩道を選び、歩行者優先意識を調査。すると恐るべき結果が……! モータージャーナリストの菰田潔さんに解説をお願いした。

目次

追突の恐れ、物陰、歩行者の多さ…。 調査したのは難易度の高い横断歩道

横断歩道における歩行者優先意識の実態はいかに──。今回調査したのは、住宅街を縫う片側1車線の道路に設けられた、信号機のない横断歩道だ。

この横断歩道の80mほど手前には大きな交差点があり、流入してくる車が多い。また、速度が乗りやすい下り坂で、この横断歩道で停止すると交通の流れを妨げる上、後続車に追突される恐れもある。

さらに横断歩道の至近にはコンビニがあり、買い物目的で横断する歩行者が目立つ。電柱などによる死角も多く、ドライバーにとっては難しい条件のオンパレードだ。

横断歩道標識

標準的な横断歩道標識。設置困難な場所を除き、原則として横断歩道があるすべての場所に設置されている。

住宅地内の横断歩道

今回調査した横断歩道の手前は下り坂になっている。

この横断歩道を通行する車50台のうち、渡ろうとしている歩行者等がいたときにそのまま通過してしまった車と、横断歩道手前の停止線(または停止線付近)で止まった車の台数をカウント。時間帯は①お昼時の12〜13時、②夕方の17〜18時の各1時間とした。

菰田さんの解説
「非常に難易度が高い横断歩道です。後続車からのプレッシャーに加え、下り坂で横断歩道自体が見えづらく、雑然とした背景に歩行者の姿も溶け込みがちです。ドライバーにとってはかなり酷な条件であり、それだけ注意が必要な横断歩道と言えるでしょう」

横断歩道と停止線

調査現場を取り巻く環境。視点が散りやすく、歩行者をすぐには見つけづらい。

横断歩道と歩行者

もちろん中には停止線で正しく止まるドライバーの姿もあった。

道路交通法を簡単におさらい。横断歩道では、歩行者等に強い優先権が

「横断歩道等における歩行者等の優先」を規定する道路交通法第38条1項は、非常に複雑だが、同時に、非常に重要だ。簡単にまとめると、横断歩道に接近した車がそのまま進行してもよいのは、その横断歩道を渡ろうとする歩行者等が明らかにいない場合に限られる。

逆に、「渡ろうとする歩行者等が明らかにいない」ことが確認できない状況では、横断歩道の手前で停止できる速度で進行しなければならない。具体的には、加速はせず、横断歩道の手前で停止できるよう速度調節するという、減速義務が課せられているのだ。

そして横断歩道を渡ろうとしていたり、渡っている歩行者等がいる場合は、上記のように減速した上で、横断歩道の手前で一時停止しなければならない。もちろんこれも義務だ。

コンビニ前の横断歩道

住宅街付近のコンビニ前にある横断歩道。昼食時と夕方に横断者が増える。

難条件とはいえ、驚愕(きょうがく)の結果に!

信号機のない横断歩道の停止率グラフ

50台中12台が停止(24%)

信号機のない横断歩道の停止率グラフ

50台中6台が停止(12%)

菰田さんの解説
「この結果には、愕然としました。横断歩道では歩行者に強い優先権が与えられているにもかかわらず、過半数どころか大多数の車が一時停止しなかったという事実には、本当に驚かされています。

調査した横断歩道は、止まりにくい条件が揃っている上に歩行者が多く、ドライバーにとって難易度が高い場所です。

大多数の車が止まらないということは、よく通るドライバーたちの間では『この横断歩道は止まらなくてもよい』という誤った共通認識が持たれ、常態化しているのでしょう。

こうなると、初めてこの横断歩道を通るドライバーは、横断しようとする歩行者等がいてもますます止まりにくくなる。最悪の循環が発生し、非常に危険性が高い横断歩道になってしまっています。

だからでしょう、横断歩道を予告する道路標示であるダイヤマークはもちろんのこと、赤い路面ペイントが施されている上、立て看板でも注意を促しています。

にもかかわらず、ほとんどのドライバーが渡ろうとする歩行者等がいるのに一時停止しないとは、かなり悪質と言わざるを得ません。

ドライバーの立場から言えば、構造的に一時停止しにくい条件が揃っているのは確か。改善すべき点は多いですし、行政への働きかけも必要でしょう。しかし、横断歩道で歩行者等を優先しその命を守ることは、諸条件や法律にかかわらず、ドライバーが常に意識すべき大原則です」

横断歩道と歩行者

横断歩道と歩行者

歩行者を守り交通の流れも妨げない、難易度が高い横断歩道の徹底攻略法

「繰り返しになりますが、調査した横断歩道は非常に難易度が高く、ドライバーにとっては意地悪とも言える条件になっています。それにしても、調査結果はあまりにひどい。ここでは具体的な解決策をお伝えします。

まず重要なのは、スピードを出しすぎないことです。今回調査した横断歩道がある道路の制限速度は時速30km。歩行者が多く見受けられる道路で制限速度を超えて走るなど、まったくの論外です。歩行者の優先や保護を第一に考えて、スピードは控えめに。

次に大切なのは、周囲に十分な注意を配ることです。今回の横断歩道には、事前の予告や注意喚起の方策が複数施されています。これに気づかないのは、完全に注意不足。自分が前に進むことばかり考えるのではなく、道路状況、交通状況全般に注意を払ってください。

さて、渡ろうとする人がいるのに一時停止しないドライバーの言い訳としてもっとも多いのは、「後ろから追突されるかもしれない」というものでしょう。今回調査した横断歩道も交通量が多くペースも速いため、止まりにくい条件でした。しかし追突は、原則的に追突する側、つまり後続車の問題。ほとんどの追突事故が、追突した側に100%の過失を問うことからも明らかです。

ですが、追突事故ももちろん避けるべきです。横断歩道に差しかかり、ダイヤマーク(横断歩道を予告する道路標示)があったら、軽くブレーキをかけてブレーキランプを点灯させ、後続車に注意を促すとよいでしょう。

横断歩道を渡ろうとする人が明らかにいない場合以外は、減速義務があります。渡るかもしれない人が多く見られる横断歩道で、このブレーキは適切だと思います。

また、横断歩道を渡ろうとする人、渡っている人がいて横断歩道の手前で一時停止する場合、ブレーキのかけ始めをやや強めにして、自分に止まる意思があることを明確に示すことも有効です。

先行車のブレーキランプが点灯してもあまりスピードが落ちない場合、後続車は『止まるつもりはないのだろう』と誤解しがちです。ブレーキのかけ始めを少し強めて、減速していること、止まる意思があることがしっかり伝わるようにしましょう。もちろんこれは、安全な車間距離が保たれていることが前提です。

最後にお伝えしたいのは、横断歩道は人と車が交差する非常に危険な場所だ、ということです。車が時速10km、15kmしかスピードを出していなくても、人と衝突すれば重大事故になる可能性があります。そして万一事故を起こせば、被害者の人生はもちろん、加害者であるドライバーの人生をも壊しかねません。

歩行者を守ることは、運転するあなたを守ることでもあります。改めて横断歩道での歩行者優先、そして歩行者保護を強く意識してもらいたいものです」

横断歩道と自転車

横断歩道と歩行者

車と人が交差する横断歩道は、もっとも危険な場所という意識を

「横断歩道での歩行者優先について考えるとき、ふたつの光景を思い出します。

ひとつは私自身の体験です。ある横断歩道に差しかかり、ゆっくりと走っていた私の車の目の前に、いきなり子供が駆け出してきたのです。事前にその姿はまったく見えませんでした。

幸い、ガツンとブレーキを踏んで停車でき、子供は私の車に触れることもなく、避けてそのまま走り去っていきました。

ドライバーの立場からすると、子供にとんでもなく危険な飛び出しをされたことになるわけですが、歩行者を保護し、事故を回避するのがドライバーの義務です。

そのときのスピードはドラレコに残った映像から解析すると時速16kmでした。もしもっとスピードを出していたらと思うと、今でもぞっとします。

もうひとつは、山手線の大きな駅前の横断歩道で見かけた光景です。駅前だけあり、横断する人の流れが途切れません。横断歩道を進みたい車がいらだっているのがわかります。実際、何台かのタクシーは、横断している人の間を縫って進んでしまっていました。

しかしそこに差しかかった路線バスは、まったく動じることなく、歩行者が途切れるまでずっと待っていました。後続車が詰まってもお構いなし。歩行者が完全に来なくなるタイミングまで待ち続け、左右どちらからも渡ろうとする歩行者がいなくなったことを確認してから、悠然と進行したのです。

横断歩道に差しかかった車としては、最も正しい模範的な姿でした。

運転士教育がきちんとなされているのでしょう。時刻表通りの運行より、歩行者保護が徹底されていることがうかがえます。

実際のところ、万一事故を起こした場合、被害者はもちろんのこと、運転士や会社にも非常に大きな損害を与えてしまう。絶対に動こうとしなかったバスの姿は、横断歩道の危険性を改めて教えてくれるものでした。

よく言われることですが、車はたとえ低速でも人に大きなダメージを与える『凶器』になりかねません。そして横断歩道は、凶器になり得る車と人とが交差する場です。改めてそこに隠れている危険を強く意識し、最大限の注意を払ってほしいと思います」

誤解していませんか? 道交法第38条を詳細解説

道路交通法第38条第1項(抜粋)

車両等は、横断歩道又は自転車横断帯に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。

ここでは、ふたつの義務が定められている。ひとつは、横断歩道に差しかかったときの減速義務。もうひとつは、横断歩道を渡っている、または渡ろうとしている歩行者や自転車(以下歩行者等)がいる場合の一時停止義務だ。

まず、前段の減速義務について。「横断歩道を横断しようとする歩行者等がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前で停止できるような速度で進行しなければならない」とある。

これは、「横断歩道に近付いたとき、渡ろうとしている歩行者等が明らかにいない場合以外は、停止できるような速度で進行せよ」ということ。見通しの悪い横断歩道など、渡ろうとしている歩行者等がいるかどうかはっきりとわからないなら、横断歩道の直前で停止できるような速度で進行することを義務付けている。

つまり、横断歩道に差しかかってそのままの速度で進行できるのは、渡ろうとしている歩行者等が確実にいない場合だけに限られているのだ。横断歩道においては、歩行者等にかなり強力な優先権が与えられていることがわかる。

なお、「停止できるような速度」とは、徐行(直ちに止まれる速度。おおむね時速10km以下とされる)とは異なる。ここで求められているのは「横断歩道の直前で安全に停止できる速度」での進行であり、具体的には「横断歩道の手前で止まれるように速度調節(減速)せよ」ということだ。

また、ここでは信号機の有無について言及していない。歩行者の進行方向に対して赤信号が出されている場合は、常識的に歩行者は横断しないものとみなされる。ゆえに「渡ろうとしている歩行者等が確実にいない」状況であり、そのまま進行することが可能、ということだ。

歩行者が赤信号を無視して事故に遭った場合、保険過失割合は「車:歩行者等=30:70」が一般的。赤信号で横断しないはずの歩行者が横断したことによって起きた事故なので、歩行者の過失割合が大きい。一方で、ドライバーには道交法第70条によって安全運転義務違反が課せられており、原則的に歩行者を保護しなければならない。たとえ赤信号を無視した歩行者であっても安全運転義務は免れないので、30%の過失割合となる。

もうひとつは、一時停止義務。横断歩道を渡っている、または渡ろうとしている歩行者等がいる場合、車は横断歩道手前で一時停止しなければならない。「渡っている」とは横断歩道上に歩行者等があることなので明白だが、判断しづらいのが「渡ろうとしている」かどうかだ。

ドライバー目線からすると、横断歩道の手前でスマホをいじっていたり、立ち話をしている歩行者が、横断歩道を渡ろうとしているのかどうかは判断が難しい。

令和3年に改正された「交通の方法に関する教則」には、歩行者が信号機のない横断歩道を安全に横断する方法として「横断するときは、手を上げるなどして運転者に対して横断する意思を明確に伝えるようにしましょう」と明記された。43年ぶりのことだ。

ドライバーと歩行者の双方が横断歩道の危険性を強く認識し、お互いに注意し合うことの重要性が改めて呼びかけられている。

菰田 潔

こもだ・きよし モータージャーナリスト、日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会長、BOSCH認定CDRアナリスト、JAF交通安全・環境委員会委員など。ドライビングインストラクターとしても、理論的でわかりやすい教え方に定評がある。

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