「自賠責保険の運用益」が交通遺児の修学支援に! 交通遺児育英会が取り組む、未来を担う人材育成
交通事故の被害者に対する損害賠償を補填するため、すべての自動車やバイクに加入が義務付けられている「自賠責保険」。その保険料から生じる「運用益」が、実は被害者支援や自動車事故防止など公益性の高い事業に活用されていることをご存じでしょうか。
この運用益の使い道について、2025年度の全3話の特集に続き、2026年度も全3回(第4話~第6話)にわたってご紹介します。第4話は、交通遺児への奨学金の無利子貸与などを通じて修学を支援する公益財団法人交通遺児育英会。石橋健一会長をお迎えし、事業内容や支援に込める思いをうかがいました。
自賠責保険で「運用益」が生まれる仕組みと、その使い道
自賠責保険では、保険会社が契約者から保険料を預かり、被害者に保険金を支払うまでの間に一時的に資金が滞留します。この資金を運用して得られるのが「運用益」です。
自賠責保険は、損失も利益も出さない「ノーロス・ノープロフィット」の原則に基づいて運営されています。そのため、保険会社は運用益全額を他と区分し、準備金として積み立てることが法令で義務付けられています。
自賠責保険の運用益は、自賠責保険の収支改善のための財源とするほか、自動車事故防止対策、救急医療体制の整備、自動車事故被害者支援など、被害者保護に関する幅広い分野に活用されています。こうした取り組みは「自賠責運用益拠出事業」と呼ばれ、法律(自賠法第28条の3)に基づいて行われています。
日本損害保険協会は、各損害保険会社からの運用益の拠出を受け、1971年から自賠責運用益拠出事業を運営。2026年度には全国56の事業に対して、総額約18億円を支援しています(一般社団法人日本損害保険協会発表)。
自賠責運用益拠出事業——交通遺児の修学を支援する「交通遺児育英会」
公益財団法人交通遺児育英会 石橋健一会長
交通遺児育英会は、交通事故によって保護者が亡くなられた、あるいは重度の後遺障がいを負われたことで、経済的に修学が困難になった子どもたちを対象に、奨学金を無利子で貸与(一部給付)して、高校や大学への進学を支援する公益財団法人です。
同会の設立は1969年。背景には、交通遺児を抱える保護者たちの「せめて高校にだけは進学させたい」という切実な願いがあったと石橋会長は語ります。
「高度経済成長の陰で、1959年以降は交通事故による死者数が毎年1万人を超えていました。こうした痛ましい状況のなか、『交通事故遺児を励ます会』などの支援団体が全国で立ち上がり、保護者の方の声が国に届いたのです。1968年末に国会決議がなされ、翌年5月に交通遺児育英会が設立されました」
同会が2023年に実施した「奨学生の生活実態に関するアンケート」において、事故被害の形態別では死亡・障がいが7対3、被害者の父母別では9対1という結果に。これを受けて石橋会長は「通勤時の事故が多いと推測されます。主たる稼ぎ手の事故だけに影響は大きく、高校進学さえ難しくなる家庭も少なくありません。そうした子どもたちを支援するという使命から、当会の事業は始まりました」と明かします。
こうした背景により設立された同会は、奨学金の貸与にとどまらず、学生寮の運営など多様な修学支援を通じて、交通遺児の支援と社会に有用な人材の育成に努めています。
交通遺児とその保護者をサポートする多面的な事業内容
左上:学生寮「心塾」東京寮、右上:海外語学研修、左下:語らいカフェ、右下:無料出張講演
奨学金の無利子貸与(一部給付)/給付型の修学支援金/学生寮の運営
交通遺児育英会は設立以来、約5万9,000名の交通遺児に対して、総額589億円(うち2020年以降の給付は約10億円)を支援してきました。しかし石橋会長は次のように続けます。
「高校や大学を卒業できても、社会人になって奨学金の返還で苦労するのは、私どもの望むところではありません。そこで給付型の奨学金にも力を入れ、2020年から大学生に月2万円、2023年からは高校生にも月1万円を給付しています」
また、給付型の修学支援として、2015年から自宅外通学者への「家賃補助」、翌年からは「進学受験費用補助」を開始。「自動車運転免許費用補助」は2025年に上限を引き上げ、ほぼ全額を賄える水準としています。さらに、外国語検定や簿記、IT系など100種類以上の資格試験受験費用を、受験回数や金額の上限なく全額給付しています。
設立9年後の1978年には、東京都日野市に学生寮「心塾(こころじゅく)」を開設。2005年には、関西寮も開設しています。寮費は東京・関西ともに朝夕食事付きで月1万円とし、奨学金で生活できる環境を整えています。
奨学生の指導・育成と交流「つどい」「語らいカフェ」
交通遺児育英会は、奨学生や保護者との交流を重視しています。1970年から「高校奨学生と保護者のつどい」を開催し、2026年には過去最多の205名が参加しました。また、地域保護者懇談会「語らいカフェ」は、コロナ禍による「つどい」の中断をきっかけにスタート。現在では年5か所で開催し、3年かけて全国を一巡しています。
「保護者の方の声に真摯に耳を傾けることが、事業の改善・改革にとって何より大切です。例えば学生寮の開設や、浪人生への進学支援金も、お母さん方のご意見から生まれた施策です。こうした交流の場は、保護者同士がご友人となり、何かあれば相談し合える関係を築く機会にもなっています」
また同会では、近年注目されるヤングケアラーの支援にも取り組んでいます。自らがヤングケアラーであった奨学生OBの訪問と助言を機にアンケートを実施したところ、奨学生の約12〜13%がヤングケアラーに該当。一般的な割合より高いことがわかり、2025年からサポートを開始しています。
さらに、英会話能力の向上や異文化交流を目的とした「海外語学研修」を実施。心塾においては、専門家による「読書感想文講座」「文章講座」「スピーチ講座」も開講し、社会に出て活躍できる奨学生の育成に努めています。
交通安全推進運動への協賛・協力
深刻な社会問題である飲酒運転の撲滅など、交通事故防止に向けた活動も重要な事業の一つです。2025年には、企業研修や自動車学校などでの無料出張講演を全国で46回実施しています。
きっかけは2014年、広島のタクシー会社からの電話でした。「運転手の研修会で参考になるような話をしてもらえないか」という依頼が、活動の始まりだったと石橋会長は振り返ります。それ以来、保護者と子どもがそれぞれの立場から被害体験を語り、事故の悲惨さと交通安全の大切さを訴え続けています。
石橋会長は、ある保護者が講演で語った「ハンドルの重みは命の重み」という言葉が忘れられないといいます。「そのお話には、お父さんを亡くされた当時2、3歳の娘さんが登場します。玄関で音がするたびに『父ちゃんおかえり』と駆け出しては『父ちゃん帰らへん』と、とぼとぼ戻ってくるのだと……」。こうした体験談を広く知ってもらうため、先の言葉をタイトルにした小冊子を発行し、ホームページにも掲載しています。
「『ハンドルの重みは命の重み』。それを常に忘れずに、ハンドルを握ることが大事だと思います。私は今でも、初めて自動車を動かしたときに感じた、1トン半の物体が簡単に動く恐ろしさを覚えています。そのように、一人ひとりが初心を忘れずに運転すれば、事故は減っていくのではないでしょうか」
修学支援のさらなる拡充と、事業の安定的な継続のために
広報紙『君とつばさ』
石橋会長は、交通遺児育英会の展望について次のように語ります。
「当会の存在を知って、『学校に行ける』とほっとされる方が大勢いらっしゃいます。そうした声に触れるたび、当会の意義を実感します。しかし奨学金は貸与が基本のため、現在も約1万1,000名の元奨学生が返還中です。この負担をいかに軽くできるかが、今後の大きな仕事だと感じています。給付型や免除型の制度には大きな予算が必要ですが、さまざまな可能性を検討し、有効な施策につなげたいと考えています」
とはいえ同会の支援も、必要とする人に知られなければ利用されません。実際、「上の子のときには知らなかった」という声もあり、石橋会長は悔しい思いをしたといいます。そこで近年では、あらためて広報に力を注いでいます。
「奨学生や保護者の生活の様子、支援者の声を掲載した広報紙『君とつばさ』を年5回発行しているほか、警察や教育機関に紹介パンフレット・願書を年間約3万3,000部送付しています。また、各地域で交通安全運動に取り組む方や、俳優、スポーツ選手との対談記事を地方紙に掲載し、認知拡大を図っています」
こうした広報活動は利用者だけでなく、支援者への周知にも大きな役割を果たしています。同会は1979年から「あしながおじさん奨学金制度」という募金活動を行っていますが、地道な活動によって寄付金が増加し、高校生への給付型奨学金の実施につながったといいます。
最後に石橋会長は「事業を安定的に継続していくうえで、自賠責運用益拠出事業のサポートは欠かせません。たくさんの方々のご支援を賜りつつ、今後も交通遺児とその保護者の方を支えていけるよう努めてまいります」と結びました。自賠責運用益拠出事業は、交通遺児育英会への支援を通じて、交通遺児とその保護者を支えています。
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