冬場の日没前後は魔の時間帯…予期せぬ事故に要注意
人命を奪う大事故につながる可能性も写真はイメージです。車種や撮影場所は記事内容と関係ありません。
過去の交通事故から、安全運転の方法を探る事故ファイル。今回は、秋から冬にかけて多くなる、日没前後の時間帯の事故について取り上げる。
日没30分後の薄暗い時間帯。道路を横断する歩行者に気づくのが遅れて…
一日のうちで事故が起こりやすい時間帯が存在することが警察庁の分析により確認されたことを、知っているというドライバーは少ないかもしれない。
2017年から2021年までの5年間について、時間帯別の死亡事故発生状況をみると、17時台、18時台、19時台の3つの時間帯が突出していたのである。
この時間帯は、季節や地域によって差はあるが、いわゆる「夕暮れ時」や「黄昏(たそがれ)時」「日暮れ時」などと呼ばれる日没前後の時間帯。
警察庁では、日没時刻の前後1時間を「薄暮(はくぼ)時間帯」として、月別にこの時間帯における死亡事故件数を調べたところ、10月から12月にかけて最も多く発生しており、日が短くなる秋から冬に事故が多発していることがわかった。
さらに、この時間帯の死亡事故件数(1時間あたり)を当事者別にみると「自動車対歩行者」が490.5件と約半数を占め、その数は昼間の約3.6倍、夜間の約2倍に上った。
そして、薄暮時間帯における自動車対歩行者の死亡事故の86%が「歩行者が道路を横断しているとき」で、そのうちの76%が「横断歩道以外」で発生していた。
日没により周囲の視界が徐々に悪くなり、車や歩行者、自転車などの発見が互いに遅れたり、距離や速度がわかりにくくなったりする薄暮時間帯。
ちょっとした気の緩みや誤認、ミスなどが命に関わる事故へと直結する。
2020年1月初旬のある晴れた日の午後5時頃、栃木県南西部を縦断する片側2車線の県道を、背の高い軽ワゴン車が南進していた。
両サイドにさまざまな店舗が建ち並ぶ県道の交通量は、高さ20㎝弱、幅80㎝の縁石による中央分離帯で区分された上下線ともに少なくないが、渋滞するほど多くもない。
日没後30分もたたないなか、暗さを増しつつある空の下で周囲の視界も次第に悪くなりつつあるが、道路脇に建ち並ぶ店舗の明かりが路上の暗さを和らげる。
軽ワゴン車のハンドルを握る通勤途中の60歳代半ばの女性にとって、毎日のように利用する通勤路のいつもと変わらぬ道路状況。
彼女が事故の危険や不安を感じることは露ほどもないはずだった。
しかし、事故は起きた。
「えっ、なんで人が歩いているの!」
片側2車線道路の信号も横断歩道もないところを横断する歩行者の姿が、右側の車線を南進していた彼女の両目に飛び込んできたのだ。
慌ててブレーキペダルを踏み込むドライバー。
ドンッ。
必死の急ブレーキも間に合うことなく、左から右へと横断する歩行者を前部右端付近ではね飛ばしてしまった……。
栃木県警の調べによると、はね飛ばされた歩行者は対向車線内にたたきつけられるように倒れた後、対向車両にもひかれたという。
「対向車両にひかれたといっても、コツンという感じで、最初の衝突時点でほぼ即死状態だったと思われます。歩行者は70歳代後半の男性で、事故現場前の飲食店で食事をした後、県道を挟んで反対側の商業施設に行こうとして、右折入店する車両のために設置された中央分離帯の切れ目を通って、横断しようとしていたと思われます」(栃木県警交通企画課・湯澤宙輝課長補佐)
片側2車線の県道を横断するには、一息つける中央分離帯まででも7m近くある。
しかも交通量も多いとなれば、信号機のある横断歩道以外の場所を渡ろうと考える人は少ないと思われるが、この付近は数分ごとに車の流れが途切れる瞬間があった。
事故現場から北方約150mの地点と南方約300mの地点にそれぞれ設置された信号機により、上下線ともに車の流れが途絶えるときがあったのだ。
確かに、歩行者がこの瞬間を目にしたなら、横断できそうだと考える人がいてもおかしくないかもしれない。ただし、年齢が70歳代後半となれば、話は別だろう。
「車が来ないうちに渡り切れると思ったのでしょうが、横断するのは身体能力が低下した高齢者。目的地が道路を挟んだ場所であったとしても、150m先の信号機のある横断歩道を利用してさえいれば起きなかった事故ですので、残念でなりません」(湯澤課長補佐)
もし車が来たとしても、止まってくれるはずという勝手な思い込みもあったのではないかという。
もちろん、今回の事故の原因が車側にもあることを、そして、薄暮時間帯が大きく関わっていることを、ドライバーの皆さんは忘れてはならない。
今回の事故が発生したのは午後5時頃。
この地域の1月の日没時刻は午後4時36分。
事故は薄暮時間帯に起きていた。
当日は晴天だったこともあり、空は徐々に暗さを増しつつも、明るさはまだ残っている状態だった。
人間の目は明るい所では色彩のコントラストなどをはっきり見ることができるが、暗い所では色を判別することができなくなる。
そのため、明暗が徐々に切り替わっていく薄暮時間帯に見にくいと感じることは当然のことであり、また、薄暗い所では極端に視力が落ちる人がいることも判明している。
薄暮時間帯に周囲の視界が徐々に悪くなるのは、人間の目の特性の問題でもある。
だからこそ、それを防ぐための最も効果的は対策として「夕暮れ時の早めのヘッドライト点灯」が、近年全国各地で呼びかけられているのだ。
「事故時、軽ワゴン車のドライバーは、下向きにヘッドライトを点灯していました。また、道路の左右に建ち並ぶ店舗の明かりもあり、道路上の視界はそれほど悪くなかったと思われます。軽ワゴン車の後方を走っていた車の運転手の『横断を始めた歩行者の姿を見て、危ないことをする人もいるなと思った』という証言もあり、しっかり前を見て走っていれば、横断者を視認し、手前で停止できたと思われますが、実際には衝突直前まで気づかなかった。走り慣れた道ということもあり、こんな場所を横断する人はいないはずという思い込みによる漫然運転が一番大きな原因だと考えられますが、薄暮時間帯で昼間よりは視界が悪かったことは確か。下向きのヘッドライトを点灯していたとはいえ、黒系の服装だった歩行者の見落としにつながったことは否定できません」(湯澤課長補佐)
また、日没前後は学校や仕事からの帰宅、夕食の買い物などで、老若男女、多くの人が行き交う時間帯と重なるという。
どうしても車も人も先を急ぎたくもなるし、その一方で、一日の疲れで注意力も散漫になりがちだという。これらに、見えにくさが加われば、事故が起きやすくなるのも当然というわけだ。
秋冬は、午後4時には前照灯を点灯して事故を未然に防ごう
警察庁の分析同様、栃木県内でも例年、日没が早まる10月以降の午後4時から6時までの時間帯に車と歩行者が衝突する事故が多発する傾向があり、2018年10月から、事故を未然に防ぐ対策に取り組み始めている。
「前照灯を早めに点灯しましょうという呼びかけ自体は2002年から実施していましたが、時期や時間帯が曖昧で県民にあまり浸透していなかったので、具体的な時間を示すことでドライバーに対する意識づけを図ることにしました。かつての人気テレビ番組名にひっかけた『16時だよ! 全員点灯』をキャッチフレーズに、10月1日から翌年2月末まで、午後4時に前照灯を点灯する『ライト4(フォー)運動』を展開し、事故の未然防止を図っています」(湯澤課長補佐)
前照灯の点灯は、人間の目の特性による問題をカバーすると同時に、歩行者や自転車、対向車、後続車など周囲に自分の存在を知らせるため、発見してもらうためでもあるのだ。
新車への装備が義務化されたオートライト機能の有無に関係なく、ドライバーは、自分はまだ見えているから大丈夫などという独りよがりな判断を下してはならない。
また、速度の出し過ぎに注意し、道路上にダイヤマーク(この先に横断歩道または自転車横断帯あり)を視認したら速度を落とし、横断者の存在確認に努めること。
残念ながら、反射材を着用しライトを携行している歩行者は少ない。
違反の有無に関係なく、命を奪うのは車側だということを忘れてならない。
薄暗い時間帯に前照灯を点灯していないと、歩行者や周囲の車などに自分の存在を見つけてもらいにくくなる。
前方を照らして視界をよくするためだけでなく、周囲に見つけてもらうためにも、早めに前照灯を点灯しよう。