懐かしの「昭和カルチャー探検隊」

高橋名人と芸人・フジタがセレクト! JAF Mate勝手にファミコン大賞

3万5000本超のレトロゲームに囲まれた異空間で、2人のファミコン通が対談!

2022.04.06

文=寺田剛治/撮影=田口陽介

2022.04.06

文=寺田剛治/撮影=田口陽介

一般社団法人 日本自動車整備振興会連合会 グッドオアシスキャンペーン

今や誰もがパソコンを当たり前のように使っているが、日本人の多くが初めてコンピューターと名が付くものを手にしたのが任天堂『ファミリーコンピュータ』(以下、ファミコン)と言ってもいいだろう。〝未来的な遊び〟を享受させてくれたそれは、ゲームは不良が遊ぶものと、親から遠ざけられていた当時の少年少女たちにとって特別な存在に。そんなファミコンが、昨今の昭和レトロブームを受け、再注目されている。今回、JAF Mateの昭和カルチャー探検隊は、古き良き、そして一周回って新しくなったファミコンを大検証! 2人の識者にさまざまなジャンルの中から〝今でもおもしろい〟ゲームを選んでもらった。

高橋名人の「ゲームは、1日1時間」という言葉が、当時の少年少女たちを救った。

高橋名人の「ゲームは、1日1時間」という言葉が、当時の少年少女たちを救った。

たかはしめいじん 1959年、北海道生まれ。ファミコン全盛期の1980年代中頃、特技の16連射を引っさげ〝ファミコン名人〟として活躍し、子供たちのアイドル的存在に。日本におけるプロゲーマーの先駆的存在ということもあり、一般社団法人e-sports促進機構代表理事に就任。現在も〝ゲームプレゼンター〟として、ゲーム文化の発展に力を注いでいる。

東京郊外にいくつも部屋借りて、膨大なレトロゲームコレクションを保管!

東京郊外にいくつも部屋を借りて、膨大なレトロゲームコレクションを保管!

1977年、東京都生まれ。3000万円超をかけてファミコンをはじめとしたレトロゲーム約3万5000本を収集しているゲーム芸人。自慢の超絶技巧をYouTubeの『channel fujita』で披露し、往年のファミコンユーザーはもちろん、ゲーム好きの若者から支持を集める。近著に『ぼくらのファミコンThe Vintage』(ワン・パブリッシング)がある。

選考の舞台は、東京郊外にひっそりと佇むレトロゲームの魔窟だった!

ファミコンをはじめとしたレトロゲームが3万5000本以上も収蔵されている希有な場所があると聞き、昭和カルチャー探検隊は、東京郊外の某所に向かった。一見、何の変哲もないファミリー向けのマンションだが、扉を開けた瞬間、隊員たちはたじろいだ。まず目に入ってきたのが、玄関から廊下まで、天井に届くほど堆(うずたか)く積まれたレトロゲームの山・山・山。日差しも入らない薄暗いその魔窟、もとい部屋の奥からヌッと姿を現したのが、ここの住人、ゲーム芸人のフジタさんだ。「フジタでぇ〜す」。

堆く積まれたレトロゲームの山、その奥に現れたフジタさん。

堆く積まれたレトロゲームの山、その奥に現れたフジタさん。

ゲームやアニメで〝異世界もの〟がはやっているが、まさにそれ! 「我々はどこへいくのかーー」と、躊躇(ちゅうちょ)しまくる隊員を押しのけるように、ズカズカと足を踏み入れてくれたのが、今回の頼もしい助っ人、高橋名人だ。「おーい、何だよこれ! ちゃんと整理しとけって言っただろ」と第一声。まるで我が家のように遠慮なく、レトロゲームのジャングルをぐいぐい進む高橋名人のあとを、恐る恐るついていく隊員たち。すると、奥に2畳分ほど、わずかながら開けた空間が現れた。

寝床しか空きスペースがないことが発覚!  ここで取材はできるのか!? いや、できない。

寝床しか空きスペースがないことが発覚! 
ここで取材はできるのか!? いや、できない。

フジタさんの寝床でもあるという、その空間に座りながらフジタさんは「すみません! YouTubeの配信とかで忙しくて、なかなか……」と弁解。高橋名人は、その横にズカッと座ると、説教の続きを始めた。「だからさ、集めるだけじゃコレクターとは言えないんだよ。どこに何があるかちゃんと分類しないと〜。今日はファミコンの選考会をやるんだから、話に出たソフトをパッと出せるの? それにJAF Mateさんたち、座るところもないじゃない」。実際、あまりにコレクションが多すぎて、編集はキッチン、ライターは玄関、カメラマンは廊下と、てんでバラバラの空間に。そんな隊員たちを見て、「ここじゃ、取材は無理でしたね(笑)。実は、ここを含めて計4部屋借りているんですよ。どこにします?」とフジタさん。

隊員たちが訪れた部屋が、フジタさんの住居兼倉庫。廊下、キッチンなどすべての空間がゲームで埋まっている。

隊員たちが訪れた部屋が、フジタさんの住居兼倉庫。廊下、キッチンなどすべての空間がゲームで埋まっている。

ファミコン関連のソフトだけを集めたワンルーム。ゲーム配信にも使用しているので、若干、整然としている。

ファミコン関連のソフトだけを集めたワンルーム。ゲーム配信にも使用しているので、若干、整然としている。

ファミコン部屋と同じアパートにもうひと部屋を借りている。そこは完全に倉庫として使用。

ファミコン部屋と同じアパートにもうひと部屋を借りている。そこは完全に倉庫として使用。

「やっぱりファミコンだけが置いてある部屋がいいんじゃない? ぱっと見、みんな座れそうだし」と高橋名人。というわけで、移動!!

クルマで5分移動し、スペースに余裕のあるファミコン部屋に移動。 「ここなら少しは落ち着ける(笑)」と高橋名人。


クルマで5分移動し、スペースに余裕のあるファミコン部屋に移動。
「ここなら少しは落ち着ける(笑)」と高橋名人。


令和の今、なぜファミコンが再注目されているのか

高橋名人は、人生を変えたという『チャンピオンシップロードランナー』を手にしながら、熱く〝ファミコン愛〟を語った。

高橋名人は、人生を変えたという『チャンピオンシップロードランナー』を手にしながら、熱く〝ファミコン愛〟を語った。

高橋名人が話す、ファミコンブーム時の裏話に耳を傾けるフジタさん。どんなことが語れるのか……こうご期待!

高橋名人が話す、ファミコンブーム時の裏話に耳を傾けるフジタさん。どんなことが語られるのか……こうご期待!

名人:ちょっと移動とかあったけれど、早速始めようか。いろんな部門を設けて、選んでいくんだけれど、まずは令和の『ファミコン』事情から話していこう。最近、『Nintendo Switch』とかで往年のファミコンソフトが配信されたり、 フジタくんみたいなレトロゲームをやっている芸人が注目を集めたりして再注目されているよね。どうしてだと思う?

フジタ:ゲームが壮大になりすぎて、シンプルなものが望まれているからだと思いますね。1994年に『PlayStation』(以下、プレステ)とか『セガサターン』が発売されたときも、解像度や立体感が段違いなので驚きましたが、今ではプレステも5代目で、とんでもないスペックになっている。開発者が、その性能を余すことなく使おうとするから、複雑になりすぎちゃっているんだと思いますよ。

名人:確かに。その分ファミコンは、シンプルななかにおもしろさが詰まっている。ただ、それだけが理由じゃないと思うんだよね。1978年頃にアーケードゲームの『スペースインベーダー』が大ブームになったんだけれど、同時に「子供の教育に良くない!」とゲームセンターを出禁にする学校や家庭が増えた。子供たちにしてみれば〝未来的な遊び〟がそこにあるのに、遊べない! そんな状況の中で、1983年にファミコンが登場したわけ。それはヒットするよね。そういう艱難辛苦(かんなんしんく)があって、ようやく思う存分ゲームで遊べる初めての体験がファミコンだった。当時の少年少女たちは、みんな特別な思い入れがある。それも理由だと思うよ。

1983年に発売されたファミコンの累計販売台数は6191万台(全世界)。 この偉大なるプロダクツの成功が、現在のゲーム発展の礎となった。

1983年に発売されたファミコンの累計販売台数は6191万台(全世界)。
この偉大なるプロダクツの成功が、現在のゲーム発展の礎となった。

フジタ:最新ゲームの操作が難しすぎるってのも理由のひとつなんじゃないですか? 僕らファミコン世代、40〜50代の人たちには、LRボタンはギリギリで、L3、R3ボタンまで使いこなさなきゃいけない今のゲームは、ちょっと厳しい! 十字キーとABボタンというシンプルな操作性のファミコンのほうが気楽なのかもしれませんね。

名人:それに最新のゲームは、きっと今の子供たちのほうが、多分、うまい。でもファミコンに関しては、お父さんお母さんたちのほうがうまいのは間違いない。だって昔、やり込んでいるんだもの! 『スーパーマリオブラザーズ』なら、どこにコインやキノコが隠れているか覚えているし〝しゃがみすり抜け〟なんてワザもできる。「昔取った杵柄」で、子供たちに自慢できるプレーが見せられるんだよね。

任天堂『スーパーマリオブラザーズ』(1985年発売)。社会現象ともいえる空前の大ブームを巻き起こした。©️1985Nintendo

任天堂『スーパーマリオブラザーズ』(1985年発売)。社会現象ともいえる空前の大ブームを巻き起こした。©️1985 Nintendo

カメ一族に侵略されたキノコ王国のお姫様、ピーチ姫を救うべく、マリオとルイージが陸海空のステージを突き進む。

カメ一族に侵略されたキノコ王国のお姫様、ピーチ姫を救うべく、マリオとルイージが陸海空のステージを突き進む。

フジタ:そんなワザを身に付けられたのも、名人の名言「ゲームは1日1時間」あってのものじゃないですか? 当時は、ゲームはやればやるほど怒られた。そんななか、この言葉を名人が言い始めたのを機に、少しずつ親の圧力が弱くなった覚えがあります。

名人:当時は、まだゲーム=悪で、不良がやるものというイメージが強かったんだけど、なんとか〝楽しいもの〟と認識してもらいたかったんだよ。そのためにはお財布を握っているお母さんを味方につけるしかなかった。そこで思いついたのが、あの言葉。お母さん方が「1時間でやめるんなら……」と子供を信じてくれたから、今があるーーと、俺は思っている。感謝しかないよ。

フジタ:今はeスポーツも盛んになって、それは僕たちが親の目を盗んで勝ち取った〝ゲームの市民権〟だと思っていました。でも、言われてみれば、確かに、親がなんだかんだで僕らを信じてゲームを買ってくれたからですよね。ありがとう、母さん!

名人:そろそろ選考を始めましょうか。今回は下のような部門にしたんだけど、俺たちの独断と偏見で決めちゃうってことで(笑)。 

興奮したカー&バイクレースゲームde賞

フジタ:では、まずはJAF Mateさんということで、クルマやバイク関連のゲームを選びましょう。ファミコンでカーレースは、いっぱい発売されていますが、何が印象的ですか?

名人:やっぱりファミコン初のカーレースゲーム『F1レース』じゃないかな。操作系が非常にシンプルなんだけれど、ある条件を満たすと時速400kmぐらい出る! コース取りが命で、カーブをできるだけインから入ってアウトに抜ける。ボタンをチョンチョンチョンと小刻みに押したり、ずっと離さなかったり、とにかくハンドル操作によるコース取りだけに集中できるところにエキサイトしたね。

フジタ:でも、あれってムズイですよね。コースから少しでも外れるとスピードが極端に落ちちゃう。でも、そのギリギリを攻める感じがいい! エキサイトしたって言えば、僕は『エキサイトバイク』がお気に入り。〝デザインモード〟というのがあってオリジナルのコースを作れるのが楽しかったなぁ〜。ウィリー走行しないと転倒しちゃうフェンスがあったり、ジャンプ台で思いっきり飛べたりして、爽快感が抜群でした。

任天堂『エキサイトバイク』(1984年発売)。のちに『VS.エキサイトバイク』としてアーケードゲームに逆移植もされた。(C)1984 Nintendo

任天堂『エキサイトバイク』(1984年発売)。のちに『VS.エキサイトバイク』としてアーケードゲームに逆移植もされた。©︎1984 Nintendo

ファミコン版は5つの中からひとつチャレンジレースを選ぶ。規定タイムをクリアすれば本戦に出られる。

ファミコン版は5つの中からひとつチャレンジレースを選ぶ。規定タイムをクリアすれば本戦に出られる。

名人:ちゃんとエンジンを冷やさないとオーバーヒートしてしまうところもいいよね。ずっとBボタンでターボを利かせっぱなしにしておくと、止まっちゃう。クールパッドの上を走ると冷えるのはゲームならではなんだけれど、これで少しはバイクやクルマの仕組みを子供たちが知ることができたんじゃないかな。

フジタ:今は、あまりボンネットを開けてラジエーターを冷やしているのを見かけないけれど、昔のクルマは結構、オーバーヒートしていましたよね。JAFさんの出番も多かったんじゃないですか(笑)。

旅情を感じさせてくれたde賞

フジタ:続きまして、コロナ禍もあってなかなかドライブにいけないJAF Mate読者の皆さんに、旅気分を味わってもらおうと思って、旅情を感じさせてくれたソフトを選びたいと思います。僕は、ズバリ! 『かんしゃく玉なげカン太郎の東海道五十三次』ですね。横スクロールのアクションなんですけれど、武器のかんしゃく玉が放物線を描いて飛ぶんですよ。どこまで届くか計算しなきゃいけないのがめっちゃエグいんですけれど、その分、やりごたえがあります。

サン電子『かんしゃく玉なげカン太郎の東海道五十三次』(1986年発売)は、横スクロールのアクションゲーム。©SUNSOFT

サン電子『かんしゃく玉なげカン太郎の東海道五十三次』(1986年発売)は、横スクロールのアクションゲーム。©SUNSOFT

花火職人「カン太郎」を操作。悪徳商人・剛左衛門一味を倒しながら、愛する「ももこ」のいる江戸を目指す。

花火職人「カン太郎」を操作。悪徳商人・剛左衛門一味を倒しながら、愛する「ももこ」のいる江戸を目指す。

道中に設けられている関所は、鈴鹿関、新居関、箱根関などを再現。改めて見ると、微妙なグラフィックも味!?

道中に設けられている関所は、鈴鹿関、新居関、箱根関などを再現。改めて見ると、微妙なグラフィックも味!?

名人:ステージ1の三条大橋からステージ21の浅草まで、なぜか日本橋がゴールじゃないけど(笑)、ステージの通過点が東海道五十三次になっているんだよね。ファミコンだからグラフィックはしょぼいけど、ちゃんと富士山やお城が表示される。これで東海道五十三次を覚えた子もいるんじゃないかな。

フジタ:うっ、僕は覚えられなかったです(汗)。

名人:地理の勉強にもなったゲームといえば、やっぱり『桃太郎電鉄』でしょ! 令和になっても新作がリリースされているけれど、ファミコン版が始まりだからね。主要な駅で地域を象徴する店の物件が買えるシステムが画期的だったと思う。

ハドソン(現・KONAMI)『桃太郎電鉄』(1988年発売)。『ジャンプ放送局』で有名なさくまあきら氏が日本の鉄道を双六に見立てたゲーム。©さくまあきら ©土居孝幸 ©Konami Digital Entertainment

ハドソン(現・KONAMI)『桃太郎電鉄』(1988年発売)。『ジャンプ放送局』で有名なさくまあきら氏が日本の鉄道を双六に見立てたゲーム。©さくまあきら ©土居孝幸 ©Konami Digital Entertainment

フジタ:そうですよね。宇都宮は餃子が、仙台は牛タンが名物だと知ったのは〝桃鉄〟のお陰でしたもの。

名人:その地域のベスト5的なものを物件に入れているとは思うんだけれど、中には開発者のさくまさん自身が、実際に行った店も入れているそうだよ。青森に「揚げたい焼き屋」という物件があって、「何ですか?」と聞いたら、「じゃあ、行こう!」という話になって、現地まで赴いたんだけれど、たい焼きを油で揚げている店が本当にあるんだよね。砂糖もまぶしてあるからめちゃくちゃ甘い! 同じく青森の黒石駅には「つゆ焼きそば屋」なんてのも! 文字どおり、スープに焼きそばが浸かっているご当地グルメなんだけれど、B級グルメまで知ることができるのがおもしろい。

フジタ:教科書には載っていない地理を覚えられるのが、桃鉄の魅力ですよね。令和版は容量も増えて、ますますそんな物件が増えているから、そんな視点で楽しむのいいかも。でも、キングボンビーの破壊力がエグすぎますけれど(笑)

任天堂『Nintendo Switch』用。KONAMI『桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!』(2020年発売)。©さくまあきら ©Konami Digital Entertainment

任天堂『Nintendo Switch』用。KONAMI『桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!』(2020年発売)。©さくまあきら ©Konami Digital Entertainment

2021年6月には300万本(ダウンロード版も含む)の出荷を達成し、シリーズ最大の売り上げとなった。

2021年6月には300万本(ダウンロード版も含む)の出荷を達成し、シリーズ最大の売り上げとなった。ふりがな(ルビ)機能を追加するなど、アップデートもしている。

クリアするのが困難だったde賞

名人:キングボンビーは確かに〝エグい〟けれど、ファミコン版の『ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々』も、なかなかのものだったよ。あれはチューニングがやばい!

エニックス『ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々』(1987年発売)。最大3人でパーティを組むのが、当時としては斬新だった。Ⅱの人気が、Ⅲを大ヒットへ導いた。

エニックス『ドラゴンクエストⅡ 悪霊の神々』(1987年発売)。最大3人でパーティを組むのが、当時としては斬新だった。Ⅱの人気が、Ⅲを大ヒットへ導いた。

セーブ用のメモリが搭載されないため用いられた「ふっかつのじゅもん」。長すぎて書き間違える人が続出した。 © 1987 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

セーブ用のメモリが搭載されないため用いられた「ふっかつのじゅもん」。長すぎて書き間違える人が続出した。 © 1987 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

フジタ:ラスボスの大神官ハーゴンがいるロンダルキアに通じるダンジョン(洞窟)ですね。

名人:そうそう。迷路になっているうえに落とし穴がいくつも仕掛けられているから、なかなか抜け出せない。ようやく出られた! と思ったら、そこは次元が違う強さのモンスターの巣窟っていう……。「何これ!」って(笑)。

ロンダルキアへ通じる洞窟。落とし穴だらけのため、方眼紙にその場所を記す慎重派もいた。

ロンダルキアへ通じる洞窟。落とし穴だらけのため、方眼紙にその場所を記す慎重派もいた。

ロンダルキアにたどり着いても、次元が異なる強さのモンスターだらけ。何度も全滅する憂き目にあった。

ロンダルキアにたどり着いても、そこは強力なモンスターだらけ。何度も全滅する憂き目にあった。

フジタ:しかも、ザラキ(即死させる呪文)を使うモンスターもいるから、一発でアウトっていうこともありましたね。

名人:『ドラゴンクエスト』の発売から、わずか数か月で発売に至ったから、チューニングがしっかりできていなかったんじゃないかなぁ。実際、『スーパーファミコン』のリメイク版では〝あのザラキ〟はかなり減っていたし。

即死呪文のザラキを唱えるモンスターが出現! 運まかせの戦いを強いられた!

即死呪文のザラキを唱えるモンスターが出現! 運まかせの戦いを強いられた!

フジタ:随分、マイルドになりましたよね。でも、エグすぎるファミコン版のドラクエⅡをクリアしたときの達成感はたまらなかったなぁ。

名人:確かに、ファミコン版のドラクエⅡを体験した人は、少し物足りないと思うかもしれないね。
マイルドになっている、といえばスーパーファミコンの『ファイナルファンタジーⅣ』もそう。日本版と海外向けのインターナショナル版でチューニングが違うんだよ。海外向けのほうは、かなりチューニングが甘くなっているんだけれど、そう考えると、日本の子供たちって、どんだけプレーがうまかったんだろう、忍耐強かったんだろうって思うね。

フジタ:名人! ご自身の名を冠したゲームを忘れていませんか。 『高橋名人の冒険島』ですよ。あれって、クリアできなくないですか? あのコウモリとか焚き火のところで斧を落とすところとか。

名人:あれはもともとアーケードゲームの移植だからね。失敗したらコンティニューしてお金を入れたくなっちゃうーーそういうチューニングだから仕方ない。

ハドソン(現・KONAMI)『高橋名人の冒険島』(1986年発売)。文字通り、高橋名人が主人公の横スクロールアクションゲーム。 ©Konami Digital Entertainment ©2020 SUSUMU MATSUSHITA ENTERPRISE

ハドソン(現・KONAMI)『高橋名人の冒険島』(1986年発売)。文字通り、高橋名人が主人公の横スクロールアクションゲーム。
©Konami Digital Entertainment ©2020 SUSUMU MATSUSHITA ENTERPRISE

スケボーを取ると移動速度がアップするが、停止、後進ができなくなる強制スクロール状態に!

スケボーを取ると移動速度がアップするが、停止、後進ができなくなる強制スクロール状態に!

フジタ:『高橋名人の冒険島Ⅱ』も激ムズですけど!

名人:ま、当時は難しくしなきゃいけないという使命感みたいなものが、開発側にあったんじゃないかな。子供たちにとってゲームを手に入れる機会って、誕生日とかクリスマスとか、年間に多くて4〜5回しかない。そのときにワクワクしながら、お金を握りしめて買いに行っているから期待値が120%とか200%になっている。だから、どんなに後半が難しくても、最初がおもしろければ、ガッカリさせることはない。結果、長く遊んでもらえるようにしたつもりだよ。

フジタ:確かに当時って、簡単にクリアできちゃうと〝クソゲー〟扱いにしていました。小学生としては大枚払って手にしているのに、すぐ終わっちゃったら悲しすぎますから。

エポックメイキングだったde賞

名人:ところでさっきから気になっているんだけれど、あそこにある箱って、もしかして……。

フジタ: 『パワーグローブ』ですよね。見つけちゃいました!?

1989年、アメリカのマテル社が発売した米国版ファミコンの『Nintendo Entertainment System』専用コントローラー。 日本ではパックスコーポレーションが、当時1万9800円で販売した。

1989年、アメリカのマテル社が発売した米国版ファミコンの『Nintendo Entertainment System』専用コントローラー。
日本ではパックスコーポレーションが、当時1万9800円で販売した。

名人:懐かしい! 任天堂が公式ライセンス製品としてアメリカで発売したやつだけど、数あるファミコン周辺機器の中でも、ひと際、異彩を放っていた。今ではVRが当たり前だけど、これはその走りといえると思う。

『パワーグローブ』を腕に装着して得意げな高橋名人。一方、フジタさんは希少、かつ高額で取り引きされているものなので心配そう……。

『パワーグローブ』を腕に装着して得意げな高橋名人。一方、フジタさんは希少、かつ高額で取り引きされているものなので心配そう……。

フジタ:そうなんですよ。説明書に「指先を軽く弾くだけで攻撃軍を打ち負かせる」「レーシングカーのハンドルを実際に握っているような感じがする」「ボクシングゲームでは本当に相手を殴れる」と書いてあるんですけれど、1989年の技術ですから……。

名人:あ、説明書にすごいことが書いてある。「操作性が大変微妙なため、使いなれるのに何日か練習が必要です。イライラせず、あきらめないで練習を続けてください」って(笑)。

「練習によって使いこなせるようになる」との一文も。 正直すぎる説明書に、当時の販売元の誠意を感じる。

「練習によって使いこなせるようになる」との一文も。
正直すぎる説明書に、当時の販売元の誠意を感じる。

フジタ:名人、まだありますよ、変なの。

バリエ『トップライダー』(1988年発売)。キリンやヤマハとコラボした限定版も販売された。

バリエ『トップライダー』(1988年発売)。キリンやヤマハとコラボした限定版も販売された。

パッケージを見ると小学生が乗ってプレーしている。小柄な成人男性ならギリギリ使える?

パッケージを見ると小学生が乗ってプレーしている。小柄な成人男性ならギリギリ使える?

空気で広げるバイク型のボディーを「広げるとこんな感じ!」と名人。

空気で広げるバイク型のボディーを「広げるとこんな感じ!」と名人。

名人:出た! 『トップライダー』。空気で膨らませるバイク型コントローラーを使って、ハンドル操作をするやつだ(笑)。ねぇ、膨らませていい? 

フジタ:ダメです。高かったんですから。それに体重制限は60㎏までなんで。

名人:そっか。それにしても、本当にファミコン時代にはいろんな試みがなされていたよね。それがどんなものであれ、最新のゲームの礎になっている。開発者のみんな、頑張っていたんだなぁ〜。

理由あってレアde賞

名人:ところで、この『トップライダー』って、いくらで買ったの?

フジタ:これはオークションで2万円くらいでしたね。

名人:そんなにするんだ!!

フジタ:もっと高いものがありますよ。出しましょうか? まずは、この『ギミック!』は、箱・説明書付きで11万円ほどで取り引きされています(2022年3月現在)。アニメーション、グラフィック、BGMなど、ファミコンの限界に挑戦したとも言えるほどの出来栄えです。『星のカービィ』の制作者も「このゲームには負けた」というほど。

サン電子『ギミック!』(1992年発売)。2020年にアレンジ版の『ギミック!EXACT★MIX』 がアーケードで稼働開始。 ©SUNSOFT

サン電子『ギミック!』(1992年発売)。2020年にアレンジ版の『ギミック!EXACT★MIX』 がアーケードで稼働開始。 ©SUNSOFT

真のエンディングを見るには「ノーコンティニュー」と「アイテムの全回収」、2つの条件をクリアしなければならない。

真のエンディングを見るには「ノーコンティニュー」と「アイテムの全回収」、2つの条件をクリアしなければならない。

名人:ファミコン後期に発売されたので、販売本数が少ないのも高値の要因だよね。

フジタ:続いては、カーアクションゲームの『バトルフォーミュラ』です。これの取り引きは、5万円ほどで行われています(2022年3月現在)。『ギミック!』ほどではないですけど、こちらも完成度が高く、音楽もいい。

サン電子『バトルフォーミュラ』 (1991年発売)。ステージによって自機がクルマから戦闘機に変形する。©SUNSOFT

サン電子『バトルフォーミュラ』 (1991年発売)。ステージによって自機がクルマから戦闘機に変形する。©SUNSOFT

アイテムを積載したトレーラーを撃破して自機をパワーアップさせながら進める縦スクロールのアクションゲーム。

アイテムを積載したトレーラーを撃破して自機をパワーアップさせながら進める縦スクロールのアクションゲーム。

名人:あれも出てくるんでしょ?

フジタ:あれですよね。もちろんです。『高橋名人の冒険島Ⅳ』ですよね。

ハドソン(現・KONAMI)『高橋名人の冒険島Ⅳ』(1994年発売)。ハドソンのファミコンソフトの中では最も販売本数が少ないとか(編集部調べ)。 ©Konami Digital Entertainment © 2020 SUSUMU MATSUSHITA ENTERPRISE

ハドソン(現・KONAMI)『高橋名人の冒険島Ⅳ』(1994年発売)。ハドソンのファミコンソフトの中では最も販売本数が少ないとか(編集部調べ)。
©Konami Digital Entertainment © 2020 SUSUMU MATSUSHITA ENTERPRISE

名人:ファミコンソフトの最後となったゲームなんだよね。売れる気満々で作ったんだけれど、スーパーファミコンが発売された4年後に出したから、もうファミコン用ソフトの棚がなくなっていて、あまり買ってもらえなかった……。だから希少なんだよ。ところで、俺がもらえるのはどれ?

フジタ:何を言っているんですか。お見せしているだけなので、あげませんよ(笑)。

人生を変えたゲームde賞

フジタ:ところで、名人が名作と思うファミコンのソフトって、何ですか?

名人:名作はありすぎて絞れないよ。だから個人的な思い入れでいい? だったら『チャンピオンシップロードランナー』かな。なんと言ったって、俺が〝名人〟になるきっかけとなったゲームだから。1985年に銀座松坂屋で「コロコロマンガまつり」というイベントがあったんだけれど、そこでハドソンの社員としてデモンストレーションをやったのが『チャンピオンシップロードランナー』だったんだよ。そのイベントに子供たちが1,000人くらいも集まってくれてね。だったら、このデモンストレーションを全国でやったらおもしろいんじゃないかーーという話になって、それで〝高橋名人〟というキャラが生まれたんだ。

ハドソン(現・KONAMI)『チャンピオンシップロードランナー』(1985年発売)。オリジナルは米・ブローダーバンド社が1983年にAppleⅡ用ソフトとして発売した。前作に当たる『ロードランナー』未経験者はお断り! の警告付で、激ムズすぎることで物議を醸した。

ハドソン(現・KONAMI)『チャンピオンシップロードランナー』(1985年発売)。オリジナルは米・ブローダーバンド社が1983年にAppleⅡ用ソフトとして発売した。前作に当たる『ロードランナー』未経験者はお断り! の警告付き。激ムズすぎることで物議を醸した。

©Konami Digital Entertainment  Lode Runner and Tozai Games are trademarks of Tozai, Inc. registered or protected in the US and other countries. Lode Runner is protected under US and international copyright laws ©1983-2020 Tozai, Inc. All rights reserved.

©Konami Digital Entertainment Lode Runner and Tozai Games are trademarks of Tozai, Inc. registered or protected in the US and other countries. Lode Runner is protected under US and international copyright laws ©1983-2020 Tozai, Inc. All rights reserved.

フジタ:これも激ムズですよね。隠し落とし穴の場所がわからないから、全部落ちてみないとクリアできないって、物議を醸しました。

名人:これは『ロードランナー』の中でも難しいステージだけを集めたものだから、物議を醸されても……。だからこそやりこみ要素がめちゃくちゃある。じゃあ、フジタくんの思い入れがあるゲームって、どれなの?

フジタ:マイナーなんですけれど『アトランチスの謎』です。全部で100面もあるアクションゲームなんですが、操作性の癖が強すぎてクソゲーとも言われています。ただ、そのすごい癖に慣れてクリアできるようになると、すごくおもしろく感じましたね。

サン電子『アトランチスの謎』(1986年発売)。ステージの多さが『スーパーマリオブラザーズ』を超えたと話題に。©SUNSOFT

サン電子『アトランチスの謎』(1986年発売)。ステージの多さが『スーパーマリオブラザーズ』を超えたと話題に。©SUNSOFT

フィールド上にある扉の出入りによって、ほかのゾーンにワープできるが、ゾーンが多すぎて、疲れ果てる人が続出!

フィールド上にある扉の出入りによって、ほかのゾーンにワープできるが、ゾーンが多すぎて、疲れ果てる人が続出!

名人:100面もあると全部行きたくなるね。

フジタ:そうなんですけれど、絶対に行けないステージがあるんです! 何とそこに行くための扉がどこにもない(笑)。それに100面もあると、どことどこの扉をつなげたらいいか、だんだん面倒くさくなっちゃう……。

名人:チューニングが甘かったんだろうけど、ファミコンの場合は、やり込み要素をふんだんに盛り込んで、1本のゲームで3〜4か月は楽しんでもらえるように作っていたんだよ。それだけじゃなくて、たとえば『高橋名人の冒険島』だったら、スケボーに乗ったままクリアしてみよう! なんて提案して、そのゲームの寿命が尽きにくくするーー。いや、尽きるところを延ばす! みたいな。

フジタ:確かに、 制限とか縛りがあるからこそおもしろくなりますよね。『ゼルダの伝説』で、最初の剣を取らずに冒険するとか(笑)。爆弾だけで、結構、後半まで行けるんですよね。ラスボスのガノンは倒せないけれどーー。

ディスクシステムでローンチした任天堂『ゼルダの伝説』(1986年発売)。今もシリーズが続くほどの人気だ。©︎1986 1992 Nintendo

ディスクシステムでローンチした任天堂『ゼルダの伝説』(1986年発売)。今もシリーズが続くほどの人気だ。©︎1986 1992 Nintendo

名人:ドラクエなら、薬草を持たずに冒険するのもいい。いっそ、武器だけは持つけど防具はゼロで行くとかね。

フジタ:相当、経験値を積まなければクリアできそうにないですけれど、真っ裸でモンスターと戦うとか、想像するだけで楽しい(笑)。最近はハイスペックなゲーム機が出ているけれど、そういう遊び方はファミコンのゲームじゃなきゃできないんじゃないかな。

名人:これですべての部門を取り上げたけれど、思い出すだけでも楽しかったね。この中から大賞決めるのは、もはややぼだと思えてきたよ。

フジタ:そうですね。クソゲーにはクソゲーの魅力があるし、人によってとらえ方はさまざまですから。

名人:ファミコンのゲームは、レトロショップに行けば購入できるし、現行の『Nintendo Switch』で配信されているものもある。読者のみなさん! 久々に十字キーとABボタンを操って〝懐かしい相棒〟と冒険して、あなたの一番を改めて決めてください。あ、大人になっても、「ゲームは1日1時間」だからね(笑)。

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