レトロな温泉を偏愛する“ひな研”が厳選! 昭和にどっぷりつかれる 全国“ひなびた温泉”8選
温泉好きを公言する人は実に多い。ゴージャスな湯船に最高級のおもてなしを楽しめる高級旅館でのひとときは、まさに至福……。しかし、今回昭和カルチャー探検隊がスポットを当てるのは、それとは対極にある“ひなびた温泉”だ。 お世辞にもゴージャスとはいえない年季の入った浴室と、まるでタイムスリップしたかのように風情のある休憩所。そんなひなびた温泉を愛し、そして応援しているWebサイトがある。その名も「ひなびた温泉研究所」(通称ひな研)。全国各地の素朴な温泉に、約500名の“研究員”たちが入りまくり、その魅力を発信しているという。 同ウェブサイトを運営する岩本 薫さんに、“ひなびた温泉”の何がそんなにも人を引きつけるのか? と尋ねてみると……、 「せわしない現代の時間の流れの外にあるのが、“ひなびた温泉”なんですよ。トレンドなんてどこ吹く風で、飾ることなく、ただただ時間を積み重ねてきているのです。だからこそ、唯一無二の存在感があり、人を魅了するのではないでしょうか。湯の質だけでは評価できない“特別な何か”があるのです」と話す。 しかし、そんなひなびた温泉たちは、地元の人にこそ愛され続けているものの、年々廃業するところが増えているという。これまでも長く愛され続けてきたものをレポートしてきた昭和カルチャー探検隊としても、何かできることはないだろうか? ということで、会員のみなさまにドライブがてら楽しんでもらうべく、岩本さんに全国各地の、一度ならず何度でも行きたくなる“ひなびた温泉”を教えてもらった。 ※入浴料などのデータは2023年3月3日現在のものです。変更される場合がありますので、お出かけ前にご確認ください。
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ひなびた温泉研究所 ショチョー
岩本 薫
いわもと・かおる 1963年、東京生まれ。モノ書き、コピーライター業の取材活動をするなか、全国各地に存在するひなびた温泉の魅力に気づき、全国を奔走するように。好きが高じてウェブマガジン「ひなびた温泉研究所」(ひな研)を運営し、多くの人にその魅力を伝えている。著書は『日本百ひな泉』(みらいパブリッシング)など多数。近著『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』はAmazonの評論部門で予約段階からベストセラー1位を獲得。
【北海道・千歳市】
巨大なボウリングピンがお出迎え
祝梅(しゅくばい)温泉
所在地:北海道千歳市祝梅2142-7
営業時間:13:30~20:50
定休日:水曜 ※年末年始、夏季休業有。詳細要問い合わせ
入浴料:大人(中学生以上)350円、小学生以下250円、1歳未満無料
道路脇に転がったピンが看板代わり。
岩本 薫さん(以下、岩本):周りに観光スポットらしきものがあるわけでもなく、ただ延々と自然が広がる中にポツンと現れる建物……それが「祝梅温泉」です。温泉なのに、なぜか目印は巨大なボウリングのピン。写真では傾いていますが、最近、完全に倒れてしまったそう。もはや看板の意味を成さないのでは? と思うのですが、それもまた“ひなびた温泉”好きにはたまらないポイントです。
民家ではない。よく見ると右に入り口があり看板もある。
実家に帰省したかのような錯覚を覚える休憩スペース
岩本:到着した! と思っても、この温泉をよく知らない人は困惑するかもしれません。なぜならここは、ご覧のようにただの民家のようなたたずまいだから。それでも地元の人のみならず、全国のコアな温泉ファンがこぞって訪れるのは、その湯にこそ魅力があるからです。
露天風呂はなく、内風呂だけ。コーヒー色をした湯は、トロッとした肌触りだ。
岩本:泉質は、ナトリウム・炭酸水素塩泉。植物由来の有機物を含んだ「モール泉」で、皮膚病ややけど、切り傷に良いと言われています。加えて塩化物も入っているおかげで高い保湿効果が期待できるので、入浴後の保湿ケアは必要ないという人も。近くに自衛隊の駐屯地があるのですが、もしかしたら自衛隊のみなさん、肌がすべすべかもしれません(笑)。
【青森県・むつ市】
“あの世とこの世”の境目でつかる無料の極上温泉
恐山(おそれざん)温泉 花染の湯ほか
所在地:青森県むつ市田名部字宇曽利山3-2
開山期間:毎年5月1日〜10月末日
開門時間:6:00〜18:00
入浴料:無料(別途、入山料500円)
岩本:恐山というと死者の魂を下ろして憑依(ひょうい)させるイタコの口寄せが有名な霊場ですよね。僕は寺山修司の映画『田園に死す』で見たこともあって、霊験あらたかな場所ではあるけれど、先入観でどうしてもおどろおどろしいイメージがありました。
だから、最初はそんなところに温泉があるなんて思ってもみませんでした。しかも、入山料500円こそかかるものの、「花染の湯」「冷抜の湯」「古滝の湯」「薬師の湯」と四つある温泉すべてが、なんと無料で入れるのです。
「花染の湯」の湯小屋。更衣室はなく、浴室の一角に着替えスペースがあるだけ。
岩本:恐山とひと言でいいますが、「恐山菩提寺(ぼだいじ)」という寺院なので、事前に身を清める手水舎(ちょうずや)のような役割を、これらの温泉が担っているのかもしれません。実際、身を清めるのに適した(?) 強酸性温泉で、硫黄の香りがぷんぷんします。壁には「長湯はしないでください」と注意書きがあるほどなので、5分以上はつからないほうが身のためです。
陽光を受けてコバルトブルーに光る湯が美しい。
岩本:そんな泉質なこともあり、おそるおそる湯につかると、熱くピリッとした浴感で身が引き締まります。でも、すこしするとじんわりと体の芯まで温まってくるんです。“現世とあの世”の境目で湯につかるシチュエーションも手伝って、思わず「極楽、極楽」と口にしてしまいますよ。
湯上がりに、風車がカラカラと回る賽(さい)の河原をそぞろ歩くのも乙。
【栃木県・日光市】
山道を登った先に現れるレトロな“秘湯”でデトックス
奥鬼怒温泉郷 日光澤(にっこうざわ)温泉
所在地:栃木県日光市川俣874
入浴料:日帰り入浴500円〜
宿泊料:7,500円(素泊まり)〜
岩本:よく温泉ガイド本などで“秘湯”という言葉が多用されていますが、この「日光澤温泉」にこそふさわしいと思っています。というのも、山道を1時間半ほど歩いて行くしかアクセスする手段がないからです。アクセス手段が徒歩しかない理由は、環境保全のために一般車両の乗り入れが禁止されているから。覚悟を決めて、歩いていくしかありません(笑)。
郷愁を感じさせる木造の宿。主人が飼っている柴犬たちが出迎えてくれる。
岩本:道中は険しくはないのですが、山道に慣れていない人には十分きつい「奥鬼怒歩道」をえっちらおっちら登っていくと、宮沢賢治の『風の又三郎』に出てきそうな木造校舎のような宿にたどり着きます。
当然、この時点で疲労困憊(ひろうこんぱい)。だから宿泊客の多くが、チェックインするとともに、何はともあれ温泉につかりに行きます。苦あれば楽あり、ほどよい疲労感が湯で癒やされて、最高の気分に。
温泉だけでなく、廊下もひなびている。
食堂脇には、いろりを囲む談話スペースがある。
岩本:宿の湯はすべて源泉掛け流し。内湯は男女別で、混浴の露天風呂がふたつあり、白濁した湯と透明の湯が楽しめます。聞けば、透明の湯はもともと白濁していたそうで、ある日突然、透明になったそう。温泉って、生き物なんだなぁと感じさせる話です。
露天風呂のひとつ。混浴だが、19:00〜21:00は女性専用になる。
岩本:この宿には、当然のようにテレビなんか置いていません。なので、いっそスマホの電源もオフにしてデジタルデトックスをするのがおすすめです。俗世間から離れて、自然の中に身を置きつつ温泉を楽しむ……特別な時間になると思いますよ。
【長野県・北安曇郡小谷村】
武田信玄も愛した? 豪快な源泉掛け流し
小谷(おたり)温泉 大湯元 山田旅館
所在地:長野県北安曇郡小谷村中土18836
入浴料:元湯700円、新湯外湯700円
宿泊料:14,300円〜
別館にある外湯の展望風呂。最高の眺め!
岩本:新潟県と長野県の県境、小谷から妙高にかけての県道を上った山腹に「小谷温泉」があります。その一角にポツンと建つ一軒宿が「大湯元山田旅館」です。本館を含む6棟が登録有形文化財に指定されていて、建物を見て回るだけでもタイムトラベルをしているみたいで楽しいのですが、やはり気になるのは温泉のほう。
「現夢の湯」。写真奥に見えるモルタルで覆われた長細い空間から源泉が落ちてくる。
岩本:その名も「現夢(うつつ)の湯」。なんでも、武田信玄の家臣の夢枕に観音様が立って、この湯の存在を告げた……という逸話があるのだとか。“信玄の隠し湯”とうたう温泉はけっこうありますが、ここは山を越えれば上越。ライバルの上杉謙信との戦において重要な場所とも思えるので、信憑性は高いのではないでしょうか。
この湯が武田軍の兵の傷を癒やしたのか、なんて思いながら湯につかると、日々の疲れがより癒やされる感じがします(笑)。
湯の華でできた、巨大な析出物。展示されたり、ベンチのように使われていたりする。
岩本:こちらの湯の見どころは、2〜3mの高さから滝のようにドバドバかけ流される源泉! こんなに高低差をつけているのには理由があります。なんとそのままでは源泉が熱すぎるので、距離を稼いで湯船に注ぐことで、適温に冷ましているのだそう。“甲斐(かい)の虎”と呼ばれた武田信玄のように豪快です。
【大阪府・豊能郡能勢町】
ギャップが魅力!? 進化系“ひなびた温泉”
山空海(さんくうかい)温泉
所在地:大阪府豊能郡能勢町下田尻801
営業時間:[4月〜9月]10:00~18:00(平日)、10:00~17:00(土曜)、8:00~19:00(日曜・祝日)
[10月〜3月]10:00~17:00(平日)、10:00~16:00(土曜)、8:00~18:00(日曜・祝日)
定休日:木曜、金曜(祝日は営業)
入浴料:800円
パッと見、農機具小屋のよう。「男湯」と見て取れるのれんから浴場と判断できます。
浴場の周囲に雑然と配置されている休憩スペース……のようなところ。
岩本:誰もここに温泉があるとは思わない川沿いにポツン。さらに、建物からしても温泉という感じでもない。屋根に大きな温泉マークを記しているから、ようやくそれと判断がつくのが「山空海温泉」です。この、ひなびまくった湯小屋を見ると、内湯もそんな感じかと想像しますよね。
ふたつに仕切られた湯船。手前は40〜43℃、奥は32〜36℃の湯が入っている。
川のせせらぎを聞きながらの入浴は格別。
岩本:ところが、その見かけとは違って中にはイマドキの湯船があるんですよ。以前は、味わい深い湯船で、まごうことなき“ひなびた温泉”だったのですが、被災して改装されてしまったのです。かつての姿を愛する常連さんが「プールみたいやん」と大阪人らしくツッ込んでます。ひな研としては、これを紹介していいのか迷うところでしたが、今回外さなかったのは、本当に湯がいいからです。
冷たい湯が入った湯船。一人しか入れないので、順番に。
岩本:ふたつに仕切られた大きな湯船は、ぬる湯と熱い湯。ひとつあるちっちゃな湯船は冷たい湯。そのどれもがトロトロの源泉で、ぬる湯→熱い湯→冷たい湯のトリプル交互湯を楽しめるんです。
冷たさで体が引き締まって、それがぬるま湯に入るとゆるやかに弛緩(しかん)し、温かい湯に入ると「ドバァ〜」と開いていく感じになります。それが気持ちよく、なかには湯船でうつらうつら寝ちゃう人も。人をダメにする温泉です(笑)。
【島根県・邑智(おおち)郡美郷町】
ひな研ランキング1位にも輝いた“癒やし”の湯
千原温泉 千原湯谷湯治場(ちはらゆだにとうじば)
所在地:島根県邑智郡美郷町千原1070
営業時間:[4月〜10月]8:00~18:00
[11月〜3月]8:00~17:00
定休日:木曜
入浴料:大人500円、子供300円、部屋休憩(5時間以内)1,200円/人
湯船はそれほど大きくなく、3人入ればいっぱい。
岩本:全国に500人ほどいる「ひなびた温泉研究員」による投票で、2021年に“ひなびた温泉”を100位まで選定したのですが、ぶっちぎりで1位に輝いたのが、この「千原温泉」です。よく「温泉で傷を癒やす」と言いますが、近隣の人は「塗り薬」として源泉を瓶に入れて常備しているのだとか。実際、かつては一般客お断りの“療養専門”の湯だったそう。
たっぷり析出物がついた湯船。それだけで、なんだか効きそうな感じ。
岩本:湯温は34℃。体温に近い温度なので、30分以上、いや1時間以上つかっていられます。おもしろいのは、湯船の底に張られた板の隙間から、ぷくぷくと源泉が湧き出ていること。ともに出てくる炭酸ガスの泡のくすぐるような感触と、たえず「ぷくぷく」「ボコッ」と響く音とが相まって、実に心地いい。
「ありがたい液体につかっている」というと、過ぎたホメ言葉のようですが、断言します! 確実にカラダがよみがえってくるような感覚になりますよ。
ありがたすぎて、もはや神秘的にさえ感じる黄褐色に濁った湯。
【徳島県・三好市】
こんなところに温泉が? めっけもんの穴場温泉
賢見(けんみ)温泉
所在地:徳島県三好市山城町黒川3-3
定休日:正月元日のみ
料金:素泊まり6,200円、一泊朝食のみ7,000円、一泊2食付き10,000円
一見すると、ここに名湯があるとは思えない。看板とタヌキの石像が目印だ。
岩本:別子方面から吉野川へと流れる銅山川沿いにある、こちらの温泉宿。宿泊だけでなく、食堂、さらにはウォーターアクティビティのラフティングも運営するなど、マルチすぎてとても名湯があるとは思えないのですが、実はここにもあるんです。しかも1990年にNTTが「泉質日本一」に認めたというお墨付き! ていうかなんでNTTが?(笑)
外階段を降りて露天風呂に向かう。いや応なしに期待が膨らむ。
岩本:温泉は露天風呂と内湯のふたつありますが、おすすめはやはり前者。崖に沿うように造られた湯小屋は、建物にして3階分ほど下りたところにあります。それだけに天井も高く、ご覧のように前面がバーンと開けていて、夏ともなれば緑の山々が眺められる、最高のロケーションなのです。
夏は、森林浴をしながら入浴を楽しめる。
岩本:泉質はナトリウム/塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉で、ほのかに硫黄の香りがするのが特徴。トロリとした肌触りで、筋肉痛や五十肩などに効能があるそう。だから行楽シーズンには、ラフティングを楽しんだ人たちがぞくぞくとつかりにやってきます。ゆったり温泉だけを楽しみたい人は、土・日・祝日は避けたほうがいいかもしれませんね。
【鹿児島県・指宿(いぶすき)市】
“ひなび”の圧力が段違いのラスボス湯
村之湯(むらのゆ)温泉
所在地:鹿児島県指宿市大牟礼3-16-2
営業時間:8:00~22:00
入浴料:大人350円、子供100円、幼児50円
岩本: 指宿というと、「砂むし温泉」を真っ先に思い浮かべる人が多いと思いますが、ひなびた温泉を愛する僕はそちらには目もくれません。なぜなら、指宿周辺には共同浴場がいくつもあって、その多くが昭和レトロな風情にあふれているからです。中でも“ラスボス”といって過言ではないのが、「村之湯温泉」。
受付は民家の縁側にある。料金箱に入浴料を支払う仕組みだ。
鹿児島の英雄・西郷隆盛に見守られながら裸でザブンと入る。
岩本:建物が古いので最低限の補修こそされてはいますが、趣のある木造建築は健在。写真を見ればわかるように、湯気だけでなく、年季が醸しだすオーラさえも立ち込めている状態! 梁(はり)に飾られた西郷隆盛と島津斉彬の肖像画が、さらにオーラを増大させているような気がします。
ふたつの湯船は、それぞれ温度が異なる。手前がぬる湯で、奥が熱い湯だ。
岩本:風情以上にすごいのが、湯そのもの。緑がかった薄い褐色の湯の泉質はナトリウム-塩化物泉、いわゆる食塩泉で硫黄成分が微量に含まれているので、香りもよし。それに加えて、島根県の「千原湯谷湯治場」と同じく、希少な足元湧出湯なのです!
湯船の底に張られたスノコの隙間から、絶え間なくフレッシュな源泉が湧き出しています。ちょっと深めの湯船なので、カラダ全体が湯に包まれたような感じになるのがたまらないですよ。
北から南へと、全国の“ひなびた温泉”を紹介してきた前編、いかがでしたか? 後編では、昭和カルチャー探検隊の隊員がどうしても自分たちもつかりたいというので、編集部のある東京から近い、熱海のレジェンド湯「竜宮閣」を案内します。