熱海のレジェンド温泉旅館・竜宮閣に行ったら、湯気の向こうに竜宮城が見えた!?
全国各地の素朴な“ひなびた温泉”を紹介するウェブサイト「ひなびた温泉研究所」(通称・ひな研)を運営する岩本薫さんにナビゲートいただく本企画。前編では、岩本さんがひな研の活動で見つけた全国の温泉を紹介したが、昭和カルチャー探検隊としては、話を聞いているだけではモヤモヤする……。 それを解消するには、実際に“ひなびた温泉”につかってポカポカするしかない! と、岩本さんに無理を言って、編集部のある東京から比較的近い“ひなびた温泉”はないものかと相談してみた。すると、「熱海に“ひなび度”抜群の温泉旅館がありますよ。行ってみますか?」とニヤリ。 待ってました! と言わんばかりに、われわれ探検隊は、ポカポカするため即座に熱海へと向かった。
前編はこちら
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ひなびた温泉研究所 ショチョー
岩本 薫
いわもと・かおる 1963年、東京生まれ。モノ書き、コピーライター業の取材活動をするなか、全国各地に存在するひなびた温泉の魅力に気づき、全国を奔走するように。好きが高じてウェブマガジン「ひなびた温泉研究所」を運営し、多くの人にその魅力を伝えている。著書は『日本百ひな泉』(みらいパブリッシング)など多数。近著『つげ義春が夢見た、ひなびた温泉の甘美な世界』(同)はAmazonの評論部門で予約段階からベストセラー1位を獲得。
JR熱海駅前の「平和通り商店街」を抜けた先に、岩本さんイチオシの温泉旅館はあった。岩本さんが言う“ひなび度”なるものがなんなのか、ひと目見て理解した。ボロいとも違う、古いとも違う、風情があるとも違う。
“ひなびた”としか形容しようがない昭和の旅館、それがこの「竜宮閣」である。
激シブの外観が目を引く。「竜宮閣」「龍宮閣」と、統一されていない旅館名の表記も“味”といえる。
竜宮閣
- 所在地:静岡県熱海市田原本町1-14
- 電話:0557-81-3355
- 入浴料:1,000円 宿泊料:5,650円
- 定休日:第3水曜
※料金は2023年3月3日現在のものです。変更になる場合もありますのでお出かけ前にご確認ください。
岩本 薫さん(以下、岩本):熱海は一時期、観光地としては衰退しましたが、近頃若い人やファミリーの観光客が訪れるようになって、駅舎をはじめこぎれいな雰囲気になりつつあります。
ただ、それがかえって「昭和レトロ」好きの僕にとっては残念な状況になっているんです。でも、この「竜宮閣」は昔も今も変わらぬままでいてくれている。オアシスのような存在なんですよね。
「竜宮閣」の主人・村田幸一さん。両手で抱えるのは、遠縁にあたる作家・堀辰雄の色紙。「向日葵は 西洋人より 背が高い 軽井沢にて 辰雄」と記されている。
「竜宮閣」の創業は昭和13(1938)年。先の大戦が長引くのに伴い、熱海は軍人の静養地としての役割を担うようになっていた。それを受け、現在の主人の祖父母がもともとはそば屋だった店舗を買い取り、1年がかりで旅館に改築したのだという。
元そば屋の名残。今でいうレジカウンターといったところか。
玄関横に配置されている下足箱。長い年月を経てあめ色になっている。
竜宮閣という旅館名だけあり、海亀の剥製がお出迎え。
岩本:玄関を入ると右手に受付みたいなスペースがあるでしょ。これはそば屋時代の名残で、お客さんはそばを食べたらここで会計していたそうですよ。元がそば屋ということもあるので想像がつくと思いますが、宿としてはとても小さくて、客室は5部屋のみ。その中の一室が建築的におもしろいので、さっそく行ってみましょう。
客室に通じる階段を上る岩本さん。そこかしこにあるしつらえに時代を感じる。
案内されたのは2階奥にある角部屋の「月二號(ごう)」。主人に聞くと、映画『火花』の撮影で、俳優の菅田将暉と桐谷健太が休憩する際に使われた客室なのだという。そこは、6畳の主室に、2脚の椅子と小テーブルを置いた広縁(ひろえん)があるシンプルな客室なのだが、奥には謎の階段が見える。
人気の客室「月二號」。テレビ番組などでは、まずこの客室が紹介されるそうな。
岩本:その階段がおもしろポイントです。昔は、広縁から相模湾を一望できたのですが、熱海の観光地としての開発が進む中で大きなホテルが建ってしまい、眺望を遮られてしまったそうなんですよ。そこで増築を行い、部屋の中に展望スペースを設けたのです。
階段を上がったところにある展望スペース。広さは2畳ほど。
わずか数段の階段を上ると、そこに2畳ほどのスペースが出現。しっかり展望用のスツールも用意されている。期待に胸を膨らませて、ご自慢の眺望を拝もうとすると……眼前にマンションがドーン! と建っていた。
展望スペースの前に立ちはだかるマンション。少しだけ海が見えるのが救い。
岩本:(笑)。この展望スペースを増築した後、さらに新しくマンションができてしまったそうなんですよ。80年以上歴史があると、いろいろなことがあるんですね。こうした紆余(うよ)曲折があって現在のカタチになったエピソードも、「竜宮閣」の魅力のひとつです。
でも、建物の合間に相模湾がチラリと見えるでしょ。それだけでも、この展望スペースを造ったかいがあったと思いますよ。では、次の“ひなびポイント”に向かいましょうか。
読者のみなさん、お待たせしました。隊員たちも待ち望んでいた本題のひなびた温泉に入ることにしよう。岩本さんに続いて、地下1階に2つある浴場へいそいそと向かう隊員たち。
すると、岩本さんが「熱いですよ」とひと言。そして、「竜宮閣は、熱海では珍しい加水なしの源泉掛け流しの温泉なんです。76℃以上ある源泉を自然冷却しているので、日によっては熱湯コマーシャルのような我慢大会になることもあります」と続けた。
覚悟をしつつ一つめの浴場に入ると、岩本さんの忠告を証明するように、ムンムンと湯気が立ち上っている。このままではカメラのレンズが曇って撮影ができない、と浴室の小窓を開けると、晴れた湯気の向こうに見えたのは、まさに竜宮城!
カラフルなタイル張りの浴場は、海底をイメージ?
岩本:向かって左の壁面に浦島太郎のモザイク画が描かれているんですよ。浦島太郎が亀に乗って竜宮城に向かう様子を描いたものなのですが、8ビットのドットで表現されたファミコンのゲームキャラのようにも見えるので、レトロな感覚がアップするんですよね(笑)。
これだけではなく、床と壁に加えて、アーチ状の天井もタイル張り。熱い湯につかってボーッとしていると、海底にいるような気持ちになれますよ。
浦島太郎のタイル画の向かいには、西洋の女性が水浴びをする様子を描いたタイル画がある。
浴場の隅に配されたオブジェ。西洋の子供風だが、鯉(こい)をつかむ金太郎のようなポーズなのが面白い。
岩本:それに熱いといっても、入れないほどではないでしょ。蛇口からチョロチョロと源泉を流し続けていますが、実はその加減を主人が調節して適温にしているんです。絶妙な“湯づかい”ができるから、長く愛されているんだと思いますよ。
もちろん熱すぎると感じる人は無理をしないでください。加水して冷ましてもいいし、かけ湯を繰り返すだけも体がほてってきますから。
おもむろに持参した温度計で湯温を測る岩本さん。45.6℃を示した。熱い!
もちろん、もう一方の浴場にも入ってみた。こちらの扇状の浴槽は、ふたり入ればいっぱいになるほど小さなものだが、やはり惜しげもなく源泉を掛け流し続けている。
こじんまりとした扇状の湯船につかる岩本さん。壁面は錦鯉のタイル画で装飾されている。
三保の松原を描いたタイル画もある。
岩本:こちらは、錦鯉と三保の松原を描いたタイル画で装飾されています。和の雰囲気かと思いきや西洋風の女神(?)の立像があったりして、いい意味でチグハグな和洋折衷が昭和な味わいを感じさせてくれます。
館内に掲示されている「温泉成分等掲示表」
長湯をしたら、ボーッとしてあやうく忘れるところだった。肝心の泉質は、カルシウム・ナトリウム塩化物温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)、pH8.0で、口に含むとかすかに塩味を感じる。ミネラルたっぷりな温泉である。
岩本:昭和レトロな旅館と風呂のダブルパンチはどうでした? 最後のお楽しみは、この宿「竜宮閣」を出る瞬間です。昭和レトロな“ひなびた”温泉宿から外に出るときの感覚は、まるで夢の世界から現実に戻ったかのよう。まさに浦島太郎のような気持ちになれますよ。
今回の「昭和カルチャー探検隊」では、全国のひなびた温泉、そして都内にもほど近い“ひなび度”抜群の旅館を紹介してきましたが、いかがでしたか? 豪華な温泉宿もいいけれど、長い時間をかけて味わい深くなった“ひなびた”湯にも入ってみたくなりますよね。もちろん、ここで紹介したのはほんの一部。気になる方は「ひなびた温泉研究所」をチェックして、ぜひドライブしながら探してみてくださいね。