幸せって何だろう

片岡義男 マイ・ハピネス

片岡義男
2022.03.15
2022.03.15
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「幸せって何だろう」は、小説家、エッセイスト、俳優、タレントなど、さまざまな分野の方にご自身の「幸せ」についての考え方や、日々の生活で感じる「幸せ」について綴っていただくリレーエッセーです。
今回は『スローなブギにしてくれ』の著者・片岡義男さんが、とある歌にまつわる考察をしてくださいました。

マイ・ハピネス

『マイ・ハピネス』という歌がある。昔のアメリカでヒットした歌だ。この題名を日本語にするなら、私の幸せ、となる。いろんな人が歌ってレコードにしている。何点か僕も持っている。インク・スポッツという黒人グループのコーラスで聴いてみた。部分的には英語で歌えるのだ、という発見がまずあった。


好きな歌だからかつて何度も聴いた。歌詞は耳に入るけれど、聴くそのたびに、旋律を優先していたようだ、という発見もあった。この際だから歌詞を始めから終わりまで、きちんと聴いてみよう、と僕は思った。だからそのとおりに聴いた。


イマジネーションの歌だ、と僕は思った。きみといっしょにいることが出来るなら、どこにいてもそこに幸せがある、というようなイマジネーションだ。想像だからどのようなことも可能だが、きみ、というひとりの女性を設定して、彼女が共にいるならそこに自分の幸せがある、と言っているのだから、これはリアリズムではない、と断言してもいい。そんな女性がこの世のなかのどこにいるのか。どこにもいないではないか。


イマジネーションにもいろいろあり得る、とも僕は思った。この人といっしょにいつまでもいてこそ、自分の幸せは実現するのだ、と一度は思ったものの、その思いに失望した人が、失望から立ち直るにあたっては、もう一度、理想の女性を、イマジネーションのなかに作るのではないか。失望は一度ではないはずだ。失望とそこからの立ち直りを何度も繰り返した人が、『マイ・ハピネス』というような歌を作るのではないか、という思いは現実的に過ぎるだろうか。


イマジネーションのなかに理想を描くとき、その理想はひょっとして、いつまでもほぼおなじなのではないか。おなじ理想に対して現実はひとつひとつ違っている。理想と現実とが一致するわけがない。イマジネーションのなかに描く理想は実現することなく、失望だけが重なっていく。このことを歌にするのは簡単なことだろう。このような歌が、すでにいくつもあることだろう。


よく出来たメロディに単純な歌詞の言葉。僕がいまでも部分的に歌うことの出来る『マイ・ハピネス』という歌は、どのような状況で歌っても、あるいは、さしたる状況なしに歌っても、その都度、いい歌として立ち上がる。だからヒットしたのだろう。歌詞に特別な意味はないのだ。

片岡義男

かたおか・よしお 作家。1939年東京生まれ。
1974年『白い波の荒野へ』でデビュー。1975年『スローなブギにしてくれ』で野性時代新人文学賞受賞。2017年より約1年間、『JAF Mate』にて「あの道がそう言った」を連載。
数々のオートバイ小説をはじめ、サーフィン、音楽、アメリカン・カルチャーなど、その創作は多岐にわたる。

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