車のある風景

タクシードライバー

松任谷正隆
2022.10.16

イラスト=藤井紗和

2022.10.16

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1年点検を受けると、だれにでもチャンス

音楽プロデューサーでありモータージャーナリストでもある松任谷正隆さん。無類のクルマ好きとして知られる松任谷さんのクルマとの深い関わりをエッセーでお届けします。今月のエピソードは、松任谷さんが乗ったタクシーの車内での会話について。


タクシードライバー

今は会社のスタッフに送迎してもらうことが多くなったが、ちょっと前まではある特定のタクシー会社のクルマを利用することが多かった。我が家は共稼ぎだから、そして彼女の方は免許を持っていないから、多いときはその月の請求書を見てびっくり、なんてことがざらにあった。


タクシーの利点は、それが職業だから気楽に頼めるということ、それにドアtoドアであること。欠点はドライバーによって運転がずいぶん違うこと。こちらが気を使ったりして疲れること、などなど。タクシーは利用しているんだ、という気持ちと、運転していただいているんだ、という気持ちが半々にあるからなかなか複雑である。


昔、ここに書いたことがあるかもしれないけれど、初めてのドライバーと車中でこんな会話をした。「割合この近くに、ある悪役の俳優さんと、大御所のコメディアンの人が住んでいて、たまにお乗せするんですけど、普段は性格が全く逆なんですね……」


つまり、悪役は実は優しく、コメディアンは意地悪である、ということが言いたいのだ。この話はちょっと深い。悪役は役の上で悪人をやっているだけだから、普段からそんな性格なはずもない……とは誰でもが考えることだが、僕はそうでもないんじゃないか、と考える。悪役をやれるということは、悪い人相であるということで、悪い人相は性格のどこかにそれがあるからで……と。逆もしかり。コメディアンは、テレビの前ではオーバーにやるのが仕事な訳で、僕の知り合いもたいていは大人しいというか、静かだ。それが陰険かと言えば、そうではなく、次の面白いことを考えていたりするのかもしれない。ま、たいていの人はテレビの中でついたイメージと比較をするから、彼の言い分のようなことになるのだろう。


こんな話を聞かされた直後は、ちょっと困ってしまう。さて、どんな態度でこのタクシーに乗っていればいいのか。第一、このドライバーはなぜそんな話を僕にするのだろうか。つまり、いい客でいろ、ということなのだろうか……。差し障りのない話題を選んで、別のお客を乗せたときに、僕のことを変なふうに言われないようにしなきゃ、なんて思いながら、お天気の話をしたり、とか、ワイドショーをネタにしたり、とか。それが嫌だというわけではないけど、なぜこんなに気を使わなくてはならないのだろう、とふと考える。


ま、でも、乗り合いとはそういうものなのだ。ドライバーと客の関係であっても乗り合いには違いない。


そのタクシー会社の中で僕と仲良くなったドライバーも3人くらいいる。ひとりは元旅行会社の代理店に勤めていた人で、海外のことにやたら詳しく、だから車中の会話が楽しかった。まだまだ自分の知らないことはたくさんあるのだな、と毎回感じさせられた。運転も割合スムーズで、疲れているはずなのにそれを感じさせないのが良かった。今はもう会うこともないけれど、もう年齢からいってリタイアしているかもしれない。


もうひとりは、これが面白い人で、永ちゃんファンのドライバーである。永ちゃん、つまり矢沢永吉さんのファンは濃い。もう一筋って人ばかりだ。ところがこのドライバー、それを隠そうとするのである。いろいろなところに「E.YAZAWA」のステッカーなんか貼っているくせに、「いや、あの人はもうだめだ」なんて言う。そんなことこれっぽっちも思っていないことは見え見えなのに、そんなことを言うのは、きっとこっちに気を使っているからに違いない。いやあ、あの人は最高、などと言った瞬間、それに比べてあんたの音楽はつまらない、と言っているような気にでもなるのだろうか。でも、そういう気づかいはうそでも気持ちがいい。永ちゃんファンのドライバーは阿波踊りもやっていて、どこで踊った、とか、どこへ行ってきた、とか、そんな話もする。いや、僕の方から「最近は踊ってますか?」などと尋ねることが多いのだけれど。


うちに帰って、かみさんに今日のドライバーの話なんかをすると、僕の倍はタクシーを利用しているくせに、あまり知らなかったりする。第一、ドライバーとはあまり話をしないらしい。何で? と聞くと、あとあと面倒だから、と言う。何も言わないのが一番、らしい。クルマに乗り込むとすぐにイヤフォンをとりだし、音楽を聴き始めるらしい。嫌な客である。僕がドライバーだったらちょっと嫌だ。ルートの確認をしたくても、耳をふさいでいるから話が出来ない。それであとで何か文句でも言われたら……。


ま、でもドライバーに向かっておまえ呼ばわりする客よりはましかな、とも思う。あいつらはいったい何を考えているのだろう。ドライバーが怒ったら怖いぞ、と言いたい。クルマもろともどこかの壁に激突だって出来るんだぞ。でも、僕がドライバーだったら、最も嫌な客は酔っ払って車内でゲロを吐くやつだ。間違いない。

松任谷正隆

まつとうや・まさたか 1951年東京生まれ。作編曲家。日本自動車ジャーナリスト協会所属。4 歳でクラシックピアノを始め、20歳の頃、スタジオプレイヤー活動を開始。バンド「キャラメル・ママ」「ティン・パン・アレイ」を経て多くのセッションに参加。現在はアレンジャー、プロデューサーとして活躍中。長年、「CAR GRAPHIC TV」のキャスターを務めるなど、自他共に認めるクルマ好き。

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