車のある風景

老人ドライバー雑感

松任谷正隆
2022.03.15

イラスト=唐仁原教久

2022.03.15

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音楽プロデューサーでありモータージャーナリストである松任谷正隆さん。無類のクルマ好きとして知られる松任谷さんのクルマとの深い関わりをエッセーでお届けします。今月のエピソードは、松任谷さんが考える高齢ドライバーについて。


老人ドライバー雑感

70歳になった。69とあまり違いはないだろう、と高をくくっていたのがいけなかった。70になった途端、がっくりきた。体ではない。メンタルだ。今の時代、60代で死んだら、「あら早かったのね」なんて言われそうだが、70はもう正々堂々と死ねる。というか、どうぞ、大丈夫だから死んでください、と言われているような気がする。参った。これで80になったらどうなるのだろう。「まだですか?」と言われているような気になるのだろうか。では90だったら「詰まっているので、とっととどうぞ」なんて言われている気になるんだろうな。さすがに100になったら率先して姥捨山(うばすてやま)に行くかもしれない。冗談はさておき、気持ちは若いのに年齢だけ年寄り、というのは本当にヤバい。ちゃんと自覚をしなくちゃ、と思う。


視野に関しては40代の頃から少しずつ狭まってきたし、動体視力は測るたびに情けない思いをするようになった。それに以前にも書いたけれど、アクセルとブレーキの踏み間違い、はシリアスなテーマだ。ただ、これについてもう一度書いておくが、この問題、実は年齢に関係なく、誰にでも起こる可能性がある。事故が起こるたびに、年齢を問題にされがちだが、そういう切り口で語るコメンテーターは何もわかっていない、と思う。つまり、こういうこと。


毎回毎回、ブレーキとアクセルを踏み間違える可能性を疑いながら踏む、なんてドライバーは皆無なはず。そりゃあ借りたクルマとか、慣れない靴で運転する場合は、最初おっかなびっくり踏むかもしれない。でも、慣れてくれば毎回毎回疑うこともしなくなってくるはず。悪魔はこんなときにやってくる。ドライバーがブレーキを踏むようなシーンを想像すればわかる通り、踏むときは減速しなくてはならないか、止まらなくてはならないときである。そんなに余裕を持ってだいぶ前から踏むドライバーなんてほぼいないはず。いたとしても、仮免許で路上に出たてのドライバーくらいだろう。つまり、余裕はほぼない、と考えるのが正しい。余裕がほぼないときにブレーキがアクセルだったらどうなるか……。おっといけない、と踏み替えられるはず、というのがコメンテーターの論理だが、ここが違うぜ、と言いたい。つまりドライバーはブレーキだと思ってアクセルを踏むのであって、意に反してクルマが加速した場合、「なんで?」と思うのが正しい。つまり脳みそが「なんで?」から「いけない、間違っているかもしれない」と発想を転換するまでの時間を計算していないのだ。で、気付いたときにはきっと間に合わない。老若男女を問わず、追突事故の何割かはこれではないだろうか、と踏んでいる。


今から54年前の話。軽自動車を持っている友人が我が家に遊びに来て、どういう話の成り行きか、先輩の家に行こう、ということになった。訪ねていくと、この先輩、へえ、いいクルマだな、運転させろよ、と言う。軽自動車を持っている友人は断り切れず、先輩にキーを譲り、狭い狭い後席に潜り込み、僕は助手席に座り、いざ玉川上水沿いの細い道を走り始めた。はじめはおっかなびっくりだったからよかったのだ。ところがこの先輩、いいところを見せようと、この細い道を飛ばし始めた。若造にはよくある話である。数十m先に一時停止の標識。ご想像通り、クルマは加速。一同クルマの中ではおったまげるわけである。ブレーキ! ブレーキ! とみんなが叫ぶ。クルマの中はパニック。拙い僕の記憶では止まりきれずにさらに数十m走ったように思う。ようやく止まったあとの車内の空気といったら……。それぞれがいろいろなことを考えていたのだと思う。暫くしてから先輩はぼそっとこう言った。
「このクルマは欠陥だな。アクセルとブレーキが近すぎる」
ま、何事もなかったから良かったものの、もちろん一歩間違えたら僕は今頃先祖たちと一緒に壺(つぼ)の中だ。


そう、年齢に関係なく踏み間違いは誰にでも起こる。これは心しておくべきだ。もちろん「なんで?」から「そうか!」となるまでの時間は加齢により長くなる。そしてもうひとつ。年寄りは「柔らかく」ができなくなる。極端に言えば「オン」か「オフ」になってしまう。例えばドアノブを必要以上の力で回している、とか、箸(はし)を必要以上の力で持っている、とか。実を言えばこのあいだ、家のドアノブを回して手を擦りむいた。もう、本当にがっかり、である。当然、アクセルもブレーキも同じことになっているに違いない。


あまりしたくないけれど、自分の運転に関してはつくづく疑ってかからないといかんな、と思う今日この頃。そして今後のテーマは優しい年寄りになることだ。優しくしておかないと、何かあったときに誰も助けてくれない気がする。

松任谷正隆

まつとうや・まさたか 1951年東京生まれ。作編曲家。日本自動車ジャーナリスト協会所属。4 歳でクラシックピアノを始め、20歳の頃、スタジオプレイヤー活動を開始。バンド「キャラメル・ママ」「ティン・パン・アレイ」を経て多くのセッションに参加。現在はアレンジャー、プロデューサーとして活躍中。長年、「CAR GRAPHIC TV」のキャスターを務めるなど、自他共に認めるクルマ好き。

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