まるでミュージアム! 昭和を“完全再現”して暮らすお宅を訪問!!
昭和の暮らし再現編【前編】これまで、ファミコン、家電、建築、文房具など、さまざまな昭和カルチャーを紹介してきた本連載。が、その多くはいわば時代の“遺物”だった。残念ながら、現役で日々の暮らしに使われることはあまりない……。そう思っていたところ、ある人物が「一軒家で完全に昭和を再現した暮らしをしている」という情報を得た。昭和カルチャー探検隊と名乗るならば、行かねばならぬ! 謎の使命感に駆られた隊員たちは、居ても立ってもいられず緊急出動した!!
埼玉県にある平山さんの自宅。どこにでもある感が、逆にリアルだ。
訪れたのは“焼きとん”などが名物の埼玉県のとある市。住宅街の一角に、その家はひっそりと佇(たたず)んでいた。外観はいたって普通。特段、古さを感じるわけでもない。郊外であれば、こうした家屋はいくらでも現役だ。それが逆にリアルだったりする。というのも、近年レトロブームの中で、昭和の暮らしを再現した“作り物の昭和”があふれているのだ。……が、この家は違う。フツーに昭和なのだ。期待が膨らむ。
ピンポーン♪ 玄関脇の呼び鈴を鳴らすとドアがガチャリ! この家の主(あるじ)の平山 雄さんが現れた。勝手に探検隊モードになっているので、どんな変わり者が現れるかと思いきや、「こんにちは! 遠くまでありがとうございます」とさわやかな第一声。坊主頭の強面(こわもて)だが、やさしい笑顔で出迎えてくれた。
- 平山 雄
ひらやま・ゆう 1968年、東京生まれ。2007年頃より「昭和スポット巡り」と題して昭和を体感できるスポットをブログ、Instagram、TwitterなどのSNSを通じて紹介し続けている。これまで訪れたスポットは「数え切れない」というものの約2,000か所という。現在、昭和47年築の一軒家を購入し、完全に昭和スタイルの暮らしをしている。近著は『昭和遺産へ、巡礼1703景』(303BOOKS)。
「どうぞどうぞ、お入りください」と迎え入れてくれた平山さんに従って、玄関先で靴を脱ごうとした瞬間、3人の隊員が同時に声を発した。「懐かしい!!!!!!」
計算したデザインとはとても思えない和洋折衷の玄関。赤い絨毯(じゅうたん)がレトロ感を増す。
玄関ドアの三方を囲う曇りガラス、それにあしらわれたアーチ状の装飾などを一見すると洋風? と思いきや、壁は繊維壁、三和土(たたき)は玉砂利洗い出し……。洗練という言葉とは一線を画す和洋折衷スタイルの玄関だったのだ。「あったよ、昭和はこんな玄関だったよ!!!」と興奮し、挨拶もそこそこになってしまう隊員たち。
下駄箱の天面に飾られた少女の人形は、昭和にはやった“ポーズ人形”と呼ばれるもの。
玄関に置かれた黒電話は現在、故障中。直せば、すぐに現役!
本体にホースがついたシリンダー型の掃除機を使用。
昭和の玄関らしい小物も勢揃い。シューズクローク(いや下駄箱というほうがふさわしい)の天面には陶器の猫と少女の人形、その横には薔薇(バラ)の造花が飾られていた。赤い絨毯が敷き詰められたその奥にある台には、黒電話が鎮座。そういえば昭和の時代は“玄関に電話を置く”のが普通だった。完璧だ!
興奮冷めやらぬ隊員たちを平山さんが通してくれたのが、玄関すぐ横にある洋間だ。
洋間の入り口には、これまた懐かしいポンポンのれんがかかっていた。
洋間も完璧に昭和スタイル。タイムスリップしたような感覚に!
平山 雄(以下、平山):いわゆる客間というやつですね。当時の住宅って、生活空間を来客に見せないよう玄関のすぐ脇に客間を設けているところが多かったんですよね。ソファは1960年代に作られたカリモク製。丸テーブルはデンマーク製の当時の物。絨毯は、昭和らしさを感じるものが欲しくて探し回ったのですが、なかなかいいものが見当たらなかったので、専門店に相談して取り寄せました。
昭和の住宅によく見られた折り上げ天井。4灯のシャンデリアはもともと取り付けられていたものだとか。
ナショナル製の白黒テレビ。地上波は見られないがビデオやDVDの鑑賞用に使用している。
昭和47年頃に購入した家具調ステレオは故障中。現在は天面に置いたレコードプレーヤーを使用している。
調度品、家電、何もかもが昭和! 意地悪な探検隊は、どこかに平成や令和を感じさせるものはないかと目を凝らしたが、見つけることはできなかった。しかも、これらの多くが単なるコレクションではなく、実生活で使用しているという。
なぜ、ここまで徹底しているのか? 一体どんな暮らしをしているのか? 平山さんに聞いてみた。すると「その前に……」と、スっと立ち上がってレコードプレーヤーで“あるアルバム”を掛けた。流れてきたのは『伊勢佐木町ブルース』『長崎ブルース』で有名な歌姫・青江三奈の歌声。インタビューは大人の夜を唄う彼女のハスキーボイスをBGMにしながら始まった。
レコードプレーヤーにかけたアルバムは『青江三奈ベスト・コレクション』だった。
平山:昭和の古いものを集めているコレクターは多くいますが、僕の場合はちょっと違うと思いますよ。昭和40〜50年代、昭和中期の生活をリアルに体感できる暮らしをしたくて、この昭和47(1972)年築の一軒家を購入。家具はもちろん、家電、食器、小物までできるだけ当時のもので統一しました。だけど、いくつも同じ機能のものをコレクションしているわけではありません。たとえば、電子炊飯ジャーを柄違いで集めても使いきれませんから(笑)。
平山:なぜ、こんな暮らしを始めたかと聞かれることが多いのですが、別に決定的な出来事があったわけではありません。強いて言えば10代の頃から古いものが好きだったからかな〜。古着を好んで着たり、古いバイクを買ったり。流行曲があると、この歌手は何に影響を受けたのだろうか? と、さかのぼって曲を聴く傾向があったんです。今、思い返せば、当時から無意識に時代を逆行する気質だったんですよね。
なぜ昭和を愛することになったか、記憶をさかのぼってくれた。
平山:もうひとつ言うならば1990年代後半にあった出来事もきっかけかな。20代前半まで住んでいた東京・新宿区大久保の古い団地が再開発で取り壊されることになったんです。自分が育った場所だったのでなくなってしまう前に一度見に行ったのですが、そこには十数年前に暮らしていたときと何ひとつ変わらない風景があったんです。そのとき、単に懐かしいというだけじゃなくて、心が浄化されるような清々(すがすが)しさを感じたんです。感動しちゃったんですよね。
平山:普段の生活で感動することって、そんなにないじゃないですか。だから、この気持ちを大事にしたいと思ったんです。そんななか、昔から通っていた飲食店、レコード店が閉店。そんなことが重なって、“消えていく昭和”に対する関心が強くなったんじゃないかな。
平山さんの“昭和好き”が加速したのは平成17(2005)年。昭和47(1972)年築、2階建て5LDKの家を購入したときのことだという。
愛車は三菱自動車の「デボネア」。これで昭和スポットを巡っている。
平山:「昭和のインテリアや雑貨に囲まれた家で暮らす」という夢を実現したのをきっかけに、昭和好きが加速。古着を着て、旧車でドライブに出かけて昭和スポットを巡るようにもなりました。約15年以上続けているのですが、ブログやSNSでスポットを紹介していたら書籍化されることにもなって、自分でも驚きました(笑)。
平山さんの著書『昭和遺産へ、巡礼1703景』(303BOOKS)
純喫茶、ドライブイン、商店街など、今も残る昭和スポットを掲載。
一体、昭和の何が平山さんをそこまで惹(ひ)きつけるのだろうか?
平山:高度経済成長期、日本の住宅、インテリア、家電、小物のどれをも海外製品に近づけようとしていたと思うんです。でも、現在とは異なり海外旅行は特別な人がするものだったし、当然インターネットもない時代でしたから、海外の情報は少なかったんですよ。中途半端な情報だけで作るうえに、そこに日本人のセンスもミックスされてしまうから完成したデザインにはならなかった。そこかしこに隙があるのが逆にいい味を出していて、愛嬌があるんですよね(笑)。
洋間には暖炉も!「この家を建てた方は裕福な方だったんでしょうね」(平山さん)
洋間の壁に据え付けられた飾り棚。中には民芸品が並ぶ。
平山:それにね、部屋づくりをしているうちに気づいたのですが、古いものには古い場所が一番合うんですよ。イマドキの白とグレーの壁やフローリングなどで構成された、よく言えばスマート、悪く言えば殺風景な住宅に、こんな愛嬌ある古い家電や家具を置いても、違和感しかない。この古い家にあるから、本来の輝きを取り戻していると思いますね。さあ、洋間以外も昭和を完全再現しているので、ご案内しましょう。
後編は、昭和感満載の和室とキッチン……いや、台所を案内する。
まるでミュージアムのような、昭和“完全再現”暮らしの数々をお楽しみください!