取材・文=寺田剛治/撮影=田口陽介

マニアがご案内! レトロ自動販売機 の聖地「ドライブイン七輿」探訪記

昭和ドライブイン【後編】

昭和44(1969)年、東名高速道路が全線開通し、先に開通していた名神高速道路ともつながったことで、日本の交通事情は大きく様変わりした。高速道路にはサービスエリアやパーキングエリアが設けられ、それまで運転に疲れたドライバーのよりどころになっていたドライブインに取って代わるようになる。 昭和から平成、そして令和になった今、施設の老朽化、店主の高齢化、後継者不足など多くの問題を抱えたドライブインは、絶滅の危機に直面している。が、昭和をそのまま閉じ込めたようなドライブインには、「このまま失うわけにはいかない」と感じさせる、特別な魅力がある。 昭和レトロマニアのYouTuber・越野弘之さんとともに、現存するドライブインの魅力を紹介する本特集。後編は越野さんの案内で、マニアの間で“聖地”とも呼ばれる「ドライブイン七輿」へ向かった。

店前でポーズをとる越野弘之さん。

ビデオカメラを持参して「ドライブイン七輿」に潜入する越野さん。

こしの・ひろゆき
昭和49(1974)年生まれ。ミュージシャンでいて、 昭和マニアのYouTuber。鉄道好きが高じて全国を旅するうちに、昭和の街並みに心惹(ひ)かれるように。そんななかでドライブインやレトロ自販機のおもしろさに気がつき、深く掘り下げるようになる。絶滅の危機に瀕(ひん)する現状と、その魅力を伝えるべく、多数のテレビやラジオ番組に出演。著書に『懐かしの昭和ドライブイン』(グラフィック社)、『昭和レトロ自販機大百科』『昭和レトロ自販機マニアックス』(ともに洋泉社)がある。

【群馬県・藤岡市】
心もお腹も満たされるレトロ自動販売機の聖地
ドライブイン七輿(ななこし)

店前には広々とした駐車場がある。

近年、看板を新調したがレトロな印象のロゴは継承した。

越野弘之(以下、越野):前編で8つのドライブインを紹介しましたが、ぜひ昭和カルチャー探検隊のみなさんに来てもらいたいと思っていたのが、この「ドライブイン七輿(ななこし)」です。昭和50(1975)年に創業したドライブインで、店名は、近くにある6世紀代のものとされる七輿山(ななこしやま)古墳にちなんだもの。何が特別かというと、なんとレトロ自動販売機の“御三家”がそろっているんですよ!!

春になると古墳の上に咲く桜。

店のすぐ裏手にある七輿山古墳。桜の名所としても有名だ。写真提供=藤岡市役所

“御三家”とは一体? 昭和歌謡の御三家といえば、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。その後、新御三家と呼ばれたのは郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎。つまり自動販売機界の“スター”ということなのだろうか。

越野:そうです、スターですね(笑)。熱々の麺類、トーストサンド、ハンバーガーが食べられる自動販売機が、マニアの間で“御三家”と呼ばれているんです。レトロ自販機を売りにしたドライブインはいくつかありますが、3つともそろっているところは僕の調査では、たったの6軒。この「ドライブイン七輿」と、「ピットイン77」、「オレンジハット茂呂店」、「オレンジハット沖之郷店」、「自販機食堂」、「中古タイヤ市場相模原店」だけなんです。

近年、老若男女が楽しめる密かな人気スポットとして、レトロ自販機が注目されている。昭和世代は“懐かしさ”を、デジタルネイティブのZ世代は“新しさ”を求め、休日ともなるとレジャー感覚でレトロ自販機を設置するスポットに足を向けているーーといった報道が、情報番組やバラエティー番組で取り扱われる機会が多くなっている。

ドライブイン七輿のコーヒーカップ型の看板。

ドライブイン七輿はコーヒーカップ型のカワイイ看板が目印だ。

越野:では店内に入りましょう。その前に、入口らしきところがいくつもあることに気が付きませんか? 何度も増築を重ねているんですよ。かつては食堂もあったのですが残念ながら、数年前に店主が体調を崩されたのを機に閉店してしまったので、今は、自動販売機コーナー、ゲームコーナーのみの営業となっています。が、それでも“御三家”目当てのドライバーやファミリーでにぎわっているんですよ。

ゲームコーナー側から見たドライブイン七輿の外観

ゲームコーナー側から見た外観。入口は、こちら側にもある。

メインディッシュの前に、まずはゲームコーナーへ。自販機コーナーを背に、右側はセガのアーケード筐体(きょうたい)「アストロシティ」、左側はコナミの「麻雀格闘倶楽部」、その奥にはメダル台が連なる。昭和レトロを期待していたが、意外と新しいものばかり!? と思いきや、昭和58(1983)年から稼働しているコナミのシューティングゲーム『タイムパイロット』や昭和61(1986)年にブームを起こしたタイトー『アルカノイド』を遊べる筐体を発見! さらには、タイトーが『ブロック崩し』を喫茶店に納入するために、昭和51(1976)年に開発したテーブル筐体も現役で稼働していた。

ずらりと並ぶ「麻雀格闘倶楽部」とメダル台

「麻雀格闘倶楽部」とメダル台。メダルを貯めれば景品と交換できる。

懐かしすぎるテーブル筐体。

懐かしすぎるテーブル筐体。稼働していたゲームは「ブロック崩し」風のものだった。

並んでいるのはアーケード筐体「アストロシティ」。

『アルカノイド』をプレーする越野さん。「今でも、面白い!」

越野:全国的には珍しいかもしれませんが、もともと群馬県には、こういった「ゲームコーナー+自動販売機」を売りにしたスポットがあちこちにあったんですよ。時代の流れでずいぶんと減ってしまったんですけどね。さて、ひと遊びしてお腹も空いたので、いよいよ“御三家”に会いに行きましょう!

昭和感あふれる食堂。

昭和感あふれる食堂。夏休みということもあり家族連れが頻繁に来店していた。

扉を開けると、食堂の左右に計17台の自動販売機がずらり。その中にデデーン!! と“御三家”が鎮座していた。

ホシザキ製のハンバーガー自動販売機。

ホシザキ製のハンバーガー自動販売機。

太平洋工業製のトースト自動販売機。

太平洋工業製のトーストサンド自動販売機。

越野:ここがレトロ自販機の聖地です。その始まりは、七輿山古墳近くの池で釣りをしていた人の要望で飲料自販機を設置したのがきっかけなんだそうですよ。その人も、まさかここが“聖地”と呼ばれるようにまでなるとは、みじんも思わなかったでしょうね。さあ、何から食べましょうか? 麺類は「天ぷらそば」「天ぷらうどん」「チャーシューメン」の3種があるのですが……。おっと、まだ13時なのにそばとうどんは売り切れなのか。でも、七輿の名物は「チャーシューメン」なので、それから食べてみましょう。

出来上がりまでの時間をカウントダウンする自販機の表示版。

硬貨を入れると、出来上がりまでの時間をカウントダウンしてくれる。

チャーシューメンを取り出す越野さん。

取り出し口は狭いうえ、スープが熱々なので注意しよう。

麺類の値段は、いずれも350円。硬貨を入れるとニキシー管(電流を流して数字を光らせる放電管の一種)が、出来上がるまでの秒数を表示し、カウントダウンを始める。出来上がると、ガタンという音とともに、取り出し口にプラスチック製の丼に盛られた熱々の「チャーシューメン」が出てくる。スープがなみなみと入っているので、テーブルに運ぶまで注意が必要だ。では、実食!

チャーシュー、ほうれん草、ネギ、メンマがトッピングされているチャーシューメン。

チャーシュー、ほうれん草、ネギ、メンマがトッピングされている。

あまりの旨さに、思わずほほ笑んでしまった越野さん。

「安定の味だね」と、あまりのうまさに、思わずほほ笑んでしまった越野さん。

越野:食べる前に注意なのですが、濃縮スープが底に沈んでしまっているので、よくスープをかき混ぜたほうがいいですよ。…ズズッ。あっさりとしたしょうゆ味でうまい! 麺はうどんのような太麺が特徴で、もちもちっとした食感がたまらない! なぜこれが名物かというと、チャーシューが自家製なんですよ。店主と奥さんが毎日仕込みをしているのですが、群馬県産の豚肉に何十年もつぎ足した秘伝のタレが染みた絶品です。

越野さんがチャーシューメンを食べていると、売り切れだった「天ぷらうどん」の補充が始まった。店主に頼んで、自動販売機の中を見せてもらうことに。

補充用の天ぷらうどん。

補充用の天ぷらうどん。ゆでたうどんとエビ天が丼に入っていた。

中のらせん状の棚にうどんを補充する店主の木村さん

中にはらせん状の棚が! 写真は店主の木村さん。

エビ天、ネギ、わかめが載った天ぷらうどん

エビ天、ネギ、わかめがのった「天ぷらうどん」。

越野:これは「富士めん類自動調理販売機」という会社のモデルなのですが、らせん状の棚に、ゆでた麺と具材が丼にセットされており、注文が入るとそのうちのひとつがスライド。まず麺を温めるためのお湯が注がれた後、自動でふたをして回転、遠心力を用いて湯切りをする作業を2回します。最後にスープが注ぎ込まれます。この工程を、わずか25秒で完了するのに驚きます。

次の“御三家”は「チーズバーガー」230円。硬貨を入れると内部の電子レンジが稼働。待つこと60秒。箱を開けると……。

ハンバーガーと外箱。

ハンバーガーは箱ごと温められて出てくる。

越野:いい感じにしわくちゃです(笑)。バンズは温められた際に出た湯気で、少ししっとりとしているのですが、逆にこれがいい! パテも肉厚。もはやパテというよりハンバーグがそのまま入っている印象です。チーズもいい感じに溶けていて、ボリュームもあって、これひとつでけっこうお腹が満たされますよ。

大口を開けてガブリ! と食べる越野さん。

厚みがあるので大口を開けてガブリ! 越野さんが、よりワイルドなルックスに!

イエローの箱もレトロでかわいい。

イエローの箱もレトロでかわいい。

越野:箱に記載してあるのですが、製造元は地元・群馬県伊勢崎市にある「マルイケ食品」という会社。実はここのハンバーガーを食べられるのは、関東では七輿だけなんですよ。以前は、「鉄剣タロー」というドライブインでも食べられたのですが、閉店してしまったんですよね。だから、希少です!

“トースト中”と点灯する様子。

液晶が当たり前の今、この“トースト中”の表示も懐かしい。

今回、“御三家”のしんがりを務めるのは、「トーストサンド」。ここまでハズレなしだったので期待が高まる! メニューは「ピザ」と「ハム」の2種。ここは迷うことなく、両方とも食べることに。お金を投入すると“トースト中”という表示が点灯。その下に「40秒おまち下さい」と記されているので、待っていたのだが……あれ、いつまでたっても出てこない。

越野:使い古されたレトロ自販機なので、たまにあるんですよね、こういうこと。ほら、「トラブル、その他はこちらにご連絡ください」と事務所の電話番号が書いてあるでしょ。すぐ店主がきて対処してくださいますよ。

自動販売機のトラブルを解消する店主。

店主が自動販売機を開けて問題を解消。どうやら、中でトーストサンドが引っかかってしまっていたらしい。

少しトラブルもあったが、いよいよお待ちかねの「トーストサンド」を実食! と思ったら、アルミホイルに包まれていて、その全貌(ぜんぼう)はすぐに確認できず。やはり、スターは焦(じ)らして登場するようだ。

アルミホイルに包まれたトーストサンド。

熱々なので注意しながらペリペリとアルミホイルを剥(は)がす。

いい感じの焦げ目がついたトーストサンド。

すると、いい感じの焦げ目がついたトーストサンドが現れた。

「ハム」の中には、ハムが1枚、中にはマスタードが塗られている。

「ハム」にサンドされているのは、文字どおり薄切りハムが1枚。中にはマスタードが塗られている。

「ピザ」はサラミ数枚をサンド。味付けはピザソース。

「ピザ」はサラミ数枚をサンド。味付けはピザソースだ。

ようやく、実食! こんがりとトーストされた食パン部分は、アルミホイルで包まれていたため、カリカリとした食感を残しつつも、少ししっとりとした食感。「ハム」は、これぞハムサンド! と思い浮かべる安定の味。ピザもシンプルな食材だけで構成されているものの、お味は本格派だった。

越野:このトーストサンドも「マルイケ食品」がつくったものなんです。今、同社の自動販売機用の食品は「岐阜レトロミュージアム」や岩手県釜石市にある「928(くにや)自販機コーナー」とコインランドリー「090(センターク)」にある自販機コーナーの2か所にも納品されています。群馬発の自動販売機用フードが各地で食べられるようになったのもおもしろいですね。

YouTube用の動画を撮影しながら食レポする越野さん。

YouTube用の動画を撮影しながら食レポする越野さん。

「チャーシューメン」、「天ぷらうどん」、「チーズバーガー」、「トーストサンド」2種を平らげ、お腹はパンパン。取材を終えて帰ろうとすると、店主の奥さんがふらりと現れた。すると……

「チャーシューメン」を補充する、店主の木村さん。

店主の木村さん。レトロ自動販売機が人気のため、何度も補充をされて忙しそうでした。いつまでもお元気で!

「何にうちが掲載されるの?」「今回は取材してくださってありがとう」「さっきはうどんが売れ切れになっちゃっていて、ごめんね。今日はもう仕込みをしなくていいと思ったんだけどねぇ」「今ね、息子が帰ってきているんだけどさ……」と、取材に対するお礼が、いつの間にか世間話に。

夜間の「ドライブイン七輿」。ネオンがともり、美しい。

夜はネオンがともり、群馬なのにここだけアメリカのように!

越野:こうした触れ合いがドライブイン最大の魅力なんですよ。外食ならコンビニでもファミレスでも済ませられますが、一人なら黙々と食べるだけ、仲間と行っても会話はその中だけで完結してしまいます。でもドライブインは違う。読者のみなさん、ドライブインを訪れた際は、勇気を出してお店の方に声をかけてください。そうすれば、「どこから来たの?」という言葉をあいさつがわりに、話をしてくれます。人情も味わいにいく。それが、ドライブインなのです。


昭和、平成、令和。目まぐるしく変わる時代の中で、変わらずに飾らないホスピタリティでドライバーを受け入れてきたドライブイン。行楽の秋、運転に疲れたら、空腹だけでなく心まで満たしてくれる人情たっぷりの昭和レトロなドライブインに、立ち寄ってみてはいかがだろうか。

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